人生の師

2007年11月 5日 (月)

「名護聖人」-程順則(ていじゅんそく)

teijunsoku1.jpg

「あなたの最も尊敬する人は誰ですか?」と問われたとき、皆さんは誰だと答えますか?

私は、まず「私の両親」と答えます。

両親から受けた御恩はどのようにしても返すことはできないと常々思っております。

以前にも紹介した須永博士さんの次の詩は、私の両親に対する感謝の気持ちを代弁しています。

    父ありて我が強さあり
    母ありて我が優しさあり
    父母の姿いつも忘れられず
    いつも我が人生の心の支えなり
              須永博士

もちろんその他にも私に多くの助けと良き影響を与えて下さった尊敬する人々が大勢います。

今日はその中のお一人、このブロクで今後シリーズで紹介するつもりである「程順則(ていじゅんそく)」についてご紹介します。

程順則は、近世の沖縄を代表する人格教育者であり、文学者、政治家でした。

彼の人となり、その教えには、人を引きつけ感化する珠玉の輝きがあります。

程順則は、1663年那覇の久米村に生まれました。

順則というのは中国名で、沖縄の名前では「寵文(ちょうぶん)」といいます。

20代の頃から5回にわたって中国に渡り、学問を深めました。

彼が中国福州から琉球に持ち帰った教訓書「六諭衍義(りくゆえんぎ)」には、人が人として守らなければならない6つの教え(六諭)が分りやすくまとめられています。

彼は、それを琉球に広め、さらに薩摩を経由して徳川幕府に献上しました。

時の将軍吉宗は、幕藩体制を支える道徳律としてこの「六諭衍義(りくゆえんぎ)」を和訳させ、いわゆる寺子屋の教科書として全国に広く普及させたのです。

これにより、程順則の名は国中に知られることになりました。

彼は、文学者、教育者としても名高く、漢詩集を出したり、1718年に琉球最初の公立学校、明倫堂を設立するなどして、熱心に師弟を教育し、師を敬い、国を思う儒学の教えを実践しました。

66歳のとき、名護間切の総地頭(今の市長)となり、名護親方(ナグウェーカタ)と称しますが、その功績や人徳から尊敬を集め、名護聖人とも呼ばれました。

彼亡きあと、名護間切番所(今でいう市役所)では、毎年旧暦の元旦に「御字拝み(ミジウガン)」といって『六諭』の書を掲げ、彼の遺徳を偲んでいます。

この儀式は現代にも引き継がれているそうです。

さて、この「六諭」および程順則の教えについて、今後シリーズでお届けしますが、まずは「六諭」を以下に簡単に紹介します。

その後の、詳しい記事をお楽しみに!!

「六諭」(聖諭)
 「孝順父母」-父母に孝順なれ:(父母に孝行しなさい。)
 「尊敬長上」-長上を尊敬せよ:(目上の人を尊敬しなさい。)
 「和睦郷里」-郷里を和睦せよ:(村里に打ち解けなさい。)
 「教訓子孫」-子孫を教訓せよ:(子孫を教え導きなさい。)
 「各安生理」-各生理に安んぜよ:(各々の生業に甘んじなさい。)
 「母作非為」-非為を作すなかれ:(悪いことをしてはならない。)

2006年6月 4日 (日)

オバーの鍬一振りで雑草完敗!

Haibiscus004 ある夏の夕暮れ、日中の熱い太陽もようやく西の海に沈みかけた頃のことです。

息子たちを学習塾へ送るその途中、70歳を越えると思われるあるオバーが、家の車庫前でひとりで鍬を振っています。

私は通常ヘラを使って庭の雑草を引き抜ききれいにしますが、そのオバーはなんと鍬で雑草を抜いているではありませんか。

しっかりと根を張り、時折降る夕立に勢いづいてぐんぐん伸びる雑草たちも、オバーの前にあえなく完敗です。

鍬を使って雑草を抜くという大胆さ、スケールの大きさに本当に敬服しました。

またそれだけでなく、そのオバーはなんと裸足なのです。

日中の太陽で道路のアスファルトはかなりの熱を持っています。

それをものともしないオバーの強さに思わず脱帽しました。

戦前、戦中、戦後を通じて生きることに必死だったオジーやオバーたちは、とにかく勤勉です。

健康なオジーやオバーの家へ行くと、どの家も本当にこぎれいにしています。

大抵、屋敷内の雑草はほとんど見られません。

いつもこまめに目を配り、庭の草花を手入れしています。

いつでも誰でも温かく気持ちよく迎えられるようにという心遣いなのでしょうか。

そのような細やかな気配りの一方で、前述のオバーのような大胆さ、力強さ、そしてスケールの大きさを沖縄のオジーやオバーは持っているのです。

私たち若者はちょっと負けているかもしれません。

よいことを行うという点で、勤勉であること、細やかな気配りをいつも心がけること、そして大胆で力強くあること、これをオジーやオバーの模範に習って実行できたら本当にすばらしいです。

 「車庫前の  頑固に伸びる  雑草も  鍬ひと振りで  オバーにやらる」


2006年5月30日 (火)

10の言葉より1つの実行

Umitosora25 私の家の近くには、小さなタクシー会社があって、その建物に大きな看板が掲げられています。

その看板には次のような大きな文字が記されています。

「10の言葉より1つの実行」

お客様への心遣いを何よりも細やかな配慮で態度と行いに示すことにより、より良いサービスを提供しようとの社長さんの強い気持ちの表れだと感じました。

そのような温かい心遣いは必ずやお客様に届き、リピーターを増やしていくことでしょう。

損害保険の代理店を経営する私の親友に、文字通りそのことを地で行っている方がおります。

西郷隆盛を思わせるような風貌と風格を漂わせる彼は、まさにこの業界の風雲児です。

3年間の研修社員時代、数百名の同じ研修社員の中でも常にトップクラスの新規契約を挙げ、一時期は8カ月連続日本一を記録したまさに怪物です。

昨年10月代理店に独立した後も、沖縄支店内の個人代理店では常にトップクラスの新規契約を挙げています。

その彼に成功の秘訣を聞いてみました。彼曰く、

「決して難しいことはしていませんよ。

 ただ以下の3つの事柄を心込めて実行しています。

 1.初心を忘れないこと。

 2.やるべき事柄、やった方がいいと思う事柄をコツコツ地道に行うこと。

 3.自分が得た良いものをお客さんにも分かつこと。

 人は弱いもので、すぐに弱気になります。

 だから、この道で家族を食べさせるという入社当初の決意を

 いつも忘れないようにするんです。

 また、自らの良心に照らして良いと思うこと、

 すべきと思うことを難しく考えないで

 とにかく怠けず地道に実行すれば、必ず道は開けます。

 そして、自分が得た良いものは独り占めしないで

 みんなと分かち合うのです。

 お菓子でも、良い情報でも何でもです。

 そしたら必ずそれ以上のものが帰ってきますよ。

 当たり前のことを当たり前にこなし、

 難しそうなことでも、できると信じ、

 難しく考えないでとにかく実行です。

 そうすれば、本当に何とかなるんです。

 10の言葉より1つの実行ですよ。」

人懐っこい目で、豪快に笑いながら話す彼の顔は本当に輝いていて、この仕事に心から楽しみながら取り組んでいることがよく分かります。

いつも自らの良心に誠実にあろうとの努力を怠らず、良きものを多くの人に分かつ彼のその人柄と、どのような時でもあくまでも前向きに取り組む姿勢と底抜けの明るさが、人々の心を引きつける大きな魅力となり、成功の力となっているのだと思います。

「営業は人なり」

彼を見ているとその言葉の意味がよく分かります。

柔和、謙虚かつ勤勉、そして何でも人に分かつ「かめえかめオジー&オバー」の精神は彼の中にもしっかりと根を張り、彼をして成功者とならしめています。


2006年5月16日 (火)

幼子の祈りから学ぶ

Orangehana01私の大先輩のおひとりに、去る大戦ですべてを失い、なおかつ若くして父親まで失い、母と多くの兄弟たちと共に極貧の幼少時代を過ごしながら、血の滲むような努力と勤勉さで熱心に学び働き、一代で年間数億の収入を得るにまでに成功され、億万長者となった方がおられます。

西郷隆盛のモットーである「敬天愛人」すなわち天を敬い人を愛することを文字通り実践し、そのとおりに生きた人格者です。

成功されてからも父母の教えの中で培った謙虚さを決して失うことなく、誠実さと卓越した指導力で多くの人々の心をとらえました。

数年前に亡くなられたとき、彼を個人的に慕う数千人の方々が彼の葬儀に参列し、その死を悼みました。

彼は若くして億万長者となった後も、日課として一日たりとも欠かさないことがありました。

それは聖典を熱心に学び、朝な夕なにそしてことある度にひざまずき謙虚に頭を垂れて神に祈ることです。

彼のモットーは、まさに「学び、祈り、家族や周りの方々の幸せのために働き、働き、奉仕し、そしてさらに働いてかつ人生を楽しむ」ことのように思われました。

「天は自ら助くる者を助く。」(イギリスの諺)

「神に祈れ、だが岸に向かって漕ぐ手を休めるな。」(ロシアの格言)

そのことを自らの信念として、自然体でしかし確固とした決意を持ちあらゆる難題に常に前向きな姿勢で熱心に取り組む方でした。

私は彼のことを心から尊敬しておりました。

亡くなる前、若かりし頃の彼の幼い娘の祈りにまつわる興味深いエピソードについて、彼自身からお話しをお伺いしました。

今日はそれを短く紹介します。

常日頃正しい祈りはそれが正当である限り必ずや聞き届けられるとの信念を持って幼い子供たちに教え諭し、自らもそのように信じ努力しておられました。

ある晩小学校へ上がったばかりの娘が彼の元にやって来て質問しました。

「お父さん、あしたえんそくだけど雨がふりそうなの。いっしょうけんめいおいのりしたら、神さまははれにしてくれるかな。」

彼はそれに答えて言いました。

「お父さんは、正しい祈りはきっと聞き届けられると思うよ。」

「わかった。じゃあてるてるぼうずつくって、いっしょうけんめいおいのりするね。」

娘は自らの部屋へ戻り、てるてる坊主を作って窓辺にさげてから一生懸命祈りました。

ところが、娘が目覚めた時その翌朝は、何と土砂降りの雨でした。

娘の祈りに対する確信が揺らがないか心配した父親の彼は、娘に

「たまには祈りも答えてもらえないこともあるんだよ……。」

とためらいがちに言うと娘曰く、

「お父さんそんなことはないよ。神さまはかならずいのりにこたえてくださるよ。だってきのうのよるもいのってるとき、神さまは『あしたは雨だよ』っていってたもん。えんそくいけなくてざんねんだけど、雨ふってたすかる人がたくさんいるんだよきっと。」

彼は、明るい顔で語る娘のこの意外な答えから非常に大切な原則を多く学びました。

そして自らの非を悔い次のように決心したそうです。

この人生で、どのようなことについても天の御旨を求め、知り、それを断固として実行しようと……。

この決意が彼をして一代で偉大な成功者へと導く大きな力となりました。

すなわち家庭にあっては誠実で優しい夫、父親、そして経済界にあっては柔和で傑出した影響力を持つ誠実かつ謙虚な力強い指導者です。

彼の子供たちは、莫大な財産を受け継ぎながらも父親と同じように謙虚に各界で活躍し、かつ温かな家庭を築き、幸福な日々を送っております。

「心をつくし主に信頼せよ、
 自分の知識にたよってはならない、
 すべての道で主を認めよ、
 そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる。」

              箴言3章5、6節

彼の生涯はまさにこの聖句そのものでした。




2006年5月14日 (日)

恩師の花-インパチェンス

niwanohana01.jpgわが家の庭は今インパチェンスの花で満開です。

至る所に種から芽を出し生長したインパチェンスが所狭しと花を咲かせています。

私はインパチェンスが大好きです。それには2つの理由があります。

まずひとつは、色とりどりの花を咲かせるその花が鳳仙花の仲間であることです。

昨日の「てぃんさぐの花」でも触れたように、この花を見るたびに両親への感謝とその恩へ報いる気持ちを新たにします。

もうひとつは、それが30数年前の私の特別な恩師がそれで学校中を飾り、子供たちの卒業式に必ず用いた花だからです。

昨年1月初旬の春休みの頃、私の姪が教師を勤める小学校に私の3人の子供たちの提案でうさぎ小屋の掃除とえさの差し入れをするために出かけました。

姪や子供たちと2時間ほどの掃除とえさやりを終え、ふと校庭を眺めるとインパチェンスを中心に色とりどりの愛情たっぷりに育てられたであろうと思われる花々に溢れていました。

とても「嬉しそうに咲いている花々」に大きな驚きを覚えすっかり魅了されてしまいました。

用務員のおじさんが丹精込めて育てているのかと姪に聞くと、そうではなく一人の先生が週日も週末も休日も一日も欠かさず毎朝毎夕手入れをしているとのこと。

そして休日であるはずのその日も手入れに来ているとのことでした。

是非お会いして花々をこんなに愛情込めて育てている先生に感謝を伝えつつ、その人となりを知りたいと姪にお願いするとすぐに紹介してくれました。

ところがなんと驚いたことにその先生が30数年前私が小学校4年から6年にかけ、生徒会役員だった頃も含めてお世話になったとても尊敬する私の恩師だったのです!

彼は30数年の時の隔たりにもかかわらず私の名前と私の妹の名前すら覚えていて下さいました。

感動で身震いすらしてしまいました。

inpachensu06.jpg

さらに感動したのは、校庭の片隅で1年生から5年生までのひとりひとりと共に一鉢ずつ花を育てていて、3月の卒業式に6年生へのはなむけにそれで会場の体育館を埋め尽くし飾るというのです。

生き物(花)への愛情と共に卒業していく先輩たちへの感謝と激励の思いを花を育てることで養っていけるようにとの先生の深い思いが込められたものです。

卒業式の日私は参加できませんでしたが、姪が「感動の渦に包まれた本当にすばらしい卒業式でした」と報告してくれました。

その3月末、私は花束とメッセージ、プレゼントを用意し、退職される先生の離任式に出席しました。

先生方が退場されるその場面には、特に会場が感動の渦に包まれました。

その会場へ駆けつけた多くの父母やかつての教え子たちの嵐のような感謝と激励の渦が先生をもみくちゃにしていました。

感動の涙でぐちゃぐちゃになった先生の顔、先生への感謝と退職を惜しむこれまた涙でぐちゃぐちゃの父母や教え子の顔。

その光景は、彼が長年にわたって変わることなくまた分け隔てなく子供たちに注いだ愛情と情熱の深さを物語っていました。

私も先生をしっかりと抱きしめ深い感謝を伝えました。

本当に感動の一日でした。

そしてその日から私も庭でインパチェンスを育て始めました。

先生の子供たちに対する深い思いをいつも思い起こせるようにするためです。

アメリカの偉大な教育者でもあったデビッド・O・マッケイは、次のように語っています。

「人々の間に道徳的な雰囲気を形作る
 青少年の指導者には無限の価値がある。

 花は一時の美しさと香りを放つとしぼみ、
 永久に枯れてしまう。

 だが、立派な教師に教えを受けた子供は、
 永遠の真理の原則を吸収し、良き影響を与える。

 これは霊と同じく永遠にながらえる。」

              デビッド・O・マッケイ
              「幸福への道」 P.308

この言葉は先生への私の心からの賛辞です。

そして同時に私自身へのチャレンジだと受け止め、先生の御恩へ報いられるよう精進したいと思っております。

       inpachensu05.jpg

2006年3月20日 (月)

模範で教え諭す真の師

Kotinda250 私には人生の師と言えるすばらしい先輩が何人かいます。「鉄の暴風」と呼ばれた地獄の沖縄戦を含め、人生の荒波を立派に生き抜いてこられ、仕事においても家庭においても成功を収めておられる大先輩です。

そのおひとりに、かつての沖縄戦で「鉄血勤王隊」に少年兵として従軍し、多くの戦友が尊い命を失う中、奇跡の生還を果たした強運者がいらっしゃいます。

彼は、戦後若くしてアメリカに渡り、必死に学問を修めて沖縄に帰ってこられました。県内のトップ3に入る某銀行に入社し、その誠実かつ熱心な働きが認められ、取締役まで登り詰められた方です。

現在は引退され、奥様と共に、亡くなったかつての戦友たちの供養と奉仕活動に毎日余念がありません。本当にお忙しい毎日です。

その彼が、常々私にこのようにアドバイスしていらっしゃいました。

「安里君、どのようなことでもいい、読書でもジョギングでも奉仕でも、自分にできる何かひとつを一日も欠かさず10年間続けなさい。そしたら君は必ず成功者になれるよ。」

かつて彼が取締役の頃、非常に忙しい仕事の合間に何とか時間を作り、お抱えの運転手と共に毎月行っていた奉仕がありました。それは、病院に入院された親しい友人であるひとりのおばあちゃんを見舞うことでした。

1時間ほどそのおばあちゃんと親しい会話を交わしながら、そのおばあちゃんのむくんで痛む足をマッサージしてあげていたのです。

彼を知る病院のスタッフたちは、みな驚きの目を向けていました。何ら飾らず、誰とでも気さくに会話する彼の人柄は多くの銀行員のみならず、親しく交わる方々の尊敬の的でした。

狂おしいほどの地獄の辛酸をいやというほど嘗めた彼だからこそ持ち得る優しさなのだと頭では理解できますが、同じように行うのは並大抵のことではありません。

人に勧め、チャレンジしたことは、まず自ら実践する彼は、私にとって本物の師です。

彼に、ぴったりの詩があります。「その人」という詩です。

  その人の前に出ると
  絶対に嘘が言えない
  そういう人を持つといい

  その人の顔を見ていると
  絶対にごまかしが言えない
  そういう人を持つといい

  その人の眼を見ていると
  心にもないお世辞や
  世間的なお愛想は言えなくなる
  そういう人を持つといい

  その人の眼には
  どんな巧妙なカラクリも通じない
  その人の眼に通じるものは
  ただ ほんとうのことだけ
  そういう人を持つがいい

  その人といるだけで
  身も心も洗われる
  そういう人を持つがいい

  人間にはあまりにも
  嘘やごまかしが多いから
  一生に一人は

  ごまかしのきかぬ人を持つがいい

  一生に一人でいい
  その人を持て……

もちろん完全な人などこの世にひとりもいません。
ただ、不完全な普通の人が、高い志をもって努力し続けるとき奇跡にも似たことが起こります。
その人だけでなく、接する人の心が変わるのです。

もしかしたら「本当の奇跡とは、病の癒しや超常的な現象というより、人の心がよい意味で改まり、生活が変わること」かも知れないと最近思います。

そのような影響力を持つ彼の努力は本当にすごいですし、尊敬に値する実にすばらしいことだと思います。

私が彼のようになるには100年の努力が必要な気がしますが、いずれにしても、自らの模範で教え諭す本物の師が身近にいるということは本当に幸せなことです。

2013年12月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

最近のトラックバック