「名護聖人」-程順則(ていじゅんそく)

「あなたの最も尊敬する人は誰ですか?」と問われたとき、皆さんは誰だと答えますか?
私は、まず「私の両親」と答えます。
両親から受けた御恩はどのようにしても返すことはできないと常々思っております。
以前にも紹介した須永博士さんの次の詩は、私の両親に対する感謝の気持ちを代弁しています。
父ありて我が強さあり
母ありて我が優しさあり
父母の姿いつも忘れられず
いつも我が人生の心の支えなり
須永博士
もちろんその他にも私に多くの助けと良き影響を与えて下さった尊敬する人々が大勢います。
今日はその中のお一人、このブロクで今後シリーズで紹介するつもりである「程順則(ていじゅんそく)」についてご紹介します。
程順則は、近世の沖縄を代表する人格教育者であり、文学者、政治家でした。
彼の人となり、その教えには、人を引きつけ感化する珠玉の輝きがあります。
程順則は、1663年那覇の久米村に生まれました。
順則というのは中国名で、沖縄の名前では「寵文(ちょうぶん)」といいます。
20代の頃から5回にわたって中国に渡り、学問を深めました。
彼が中国福州から琉球に持ち帰った教訓書「六諭衍義(りくゆえんぎ)」には、人が人として守らなければならない6つの教え(六諭)が分りやすくまとめられています。
彼は、それを琉球に広め、さらに薩摩を経由して徳川幕府に献上しました。
時の将軍吉宗は、幕藩体制を支える道徳律としてこの「六諭衍義(りくゆえんぎ)」を和訳させ、いわゆる寺子屋の教科書として全国に広く普及させたのです。
これにより、程順則の名は国中に知られることになりました。
彼は、文学者、教育者としても名高く、漢詩集を出したり、1718年に琉球最初の公立学校、明倫堂を設立するなどして、熱心に師弟を教育し、師を敬い、国を思う儒学の教えを実践しました。
66歳のとき、名護間切の総地頭(今の市長)となり、名護親方(ナグウェーカタ)と称しますが、その功績や人徳から尊敬を集め、名護聖人とも呼ばれました。
彼亡きあと、名護間切番所(今でいう市役所)では、毎年旧暦の元旦に「御字拝み(ミジウガン)」といって『六諭』の書を掲げ、彼の遺徳を偲んでいます。
この儀式は現代にも引き継がれているそうです。
さて、この「六諭」および程順則の教えについて、今後シリーズでお届けしますが、まずは「六諭」を以下に簡単に紹介します。
その後の、詳しい記事をお楽しみに!!
「六諭」(聖諭)
「孝順父母」-父母に孝順なれ:(父母に孝行しなさい。)
「尊敬長上」-長上を尊敬せよ:(目上の人を尊敬しなさい。)
「和睦郷里」-郷里を和睦せよ:(村里に打ち解けなさい。)
「教訓子孫」-子孫を教訓せよ:(子孫を教え導きなさい。)
「各安生理」-各生理に安んぜよ:(各々の生業に甘んじなさい。)
「母作非為」-非為を作すなかれ:(悪いことをしてはならない。)
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