励まし

2011年12月24日 (土)

「自信を育む公式」

Napoleonhill01成功哲学の祖として世界的に有名なナポレオン・ヒルは「自信を生む公式」として次の5つを上げています。非常に大切な原則を含んでいると思います。すでにご存知の方もいるかもしれませんが、皆さんにも紹介します。

1.私は人生の明確な願望・目標を達成できるだけの能力を持っている。したがって私はどんなことがあっても忍耐強くそれを追求していく。このことを私は自分自身に対して約束する。

2.心の中で強く願えば、いつの日か必ず実現することを私は確信している。だから毎日30分私がこのようになりたいと思う自分の姿を心の中で鮮明に、そして具体的に想像する。

3.深層自己説得の素晴らしい威力を私は知っている。だから毎日10分間、私はリラックスして自信を養うための深層自己説得を行う。

4.私は自分の願望・目標をはっきりと紙に書き出した。私はそれを達成するまで、どのようなことがあっても諦めないことを誓う。

5.いかなる富も地位もそれが真実と信義に基づくものでなければ、長続きしない。私は真実と信義を重んじる。人々の利益にならないことは決してしない。人は誰でも、他の人々の協力によって成功をかちとることを私は知っている。だから私は、まず人々に対して奉仕をすることを私の使命とする。私は憎しみ、嫉妬、利己的な心、これらをすべては排除し、思いやりと誠実な心で人々に接する。私は自分を愛するのと同じように他人を愛する。(ナポレオン・ヒル)

ナポレオン・ヒルが言う「深層自己説得」とは、自分自身の魂に、肯定的で積極的な情報を与えることによって、人の内に秘められた可能性を引き出し存分に発揮できるようにするということだと思います。

いずれにしても、私たちの健全かつ肯定的な「思い」が人の内に秘めた莫大な力を引き出し、良き行いを習慣化し、人を成功へ導く力となることは確かだと思います。彼の「自信を育む公式」は毎日の生活の中で、より良い生活を行う上での大きな助けとなることでしょう。私たちも自身を育むべく上記5つの公式に取り組んでみましょう。

2011年12月23日 (金)

「庭球訓」

tennis01.jpgテニスの世界には次のような言葉があるそうです。

「この一球は絶対無二の一球なり。されば身心を挙げて一打すべし。この一球一打に技を磨き体力を鍛へ、精神力を養ふべきなり。この一打に今の自己を発揮すべし。これを庭球する心といふ。」

これは一般的に『庭球訓』と呼ばれているもので、(「庭球」とはテニスのことです)1922年の第1回全日本テニス選手権で優勝を飾った福田雅之助が残した言葉です。多くのテニスプレイヤーが座右の銘としている言葉で、テニスの道を志す者は必ず知っている名句でもあるそうです。

ある有名企業の人事部の人がテニス部出身で、面接に来る学生にテニスサークル出身という連中がやたら多いから、この『庭球訓』を知っているかどうかを聞いて、テニスをしていると言うくせに「庭球訓」を知らない場合はすぐに不合格にしてきた、と言っていたそうです。それぐらい、テニスを本気で愛する人たちにとっては、かけがえのない金科玉条なのです。

tennis02.jpgテニスは傍から見ているとポンポンとラリーが続いているので、とりあえず様子を見ながら打ち合っておいて、タイミングのいい一球で必殺打を出している、というように見ている人も多いかもしれません。でも、『庭球訓』にあるとおり、テニス選手からすると、全ての一球一球が大事と考えています。一球への意識を疎かにして返してしまうと、それが相手の決め球になってしまうからです。

学校の勉強をするにしても、仕事をするにしても、何をするにしてもこの「庭球訓」の教えはとても大切な成功の原則を教えてくれます。私たちも今できることに、今なすべき事柄に全力投球しましょう。

2011年12月20日 (火)

「あらゆる成功が努力の結果2」

Jamesalen01ジェームズ・アレン特集第十六弾です。彼は次のように語っています。

「富を築き上げた人、知性に溢れた人、神のような人格を備えて大きな影響力を手にしている人達を見て、彼らは言います。あの人はなんて幸運なんだろう!なんて恵まれているんだろう!なんて良い巡り合わせにあるんだろう!

彼らは、その運の良い人達が、より良い人生を夢見て流し続けてきた『血と汗と涙』の部分には決して目を向けません。それらの人達は、強い信念を維持し、数々の犠牲を払い、粘り強い努力を続けてきた人達なのです。そうやって理想の実現を目指して、様々な困難を見事に乗り越えてきた人達なのです。」

沖縄海邦銀行の頭取まで務めた私の尊敬する先輩与座章建氏が、かつて私に次のように語りました。「たとえどのような小さなことでも、それを一日も欠かさず10年続けることができる人物は、将来非常に大きな事柄を達成する人物に成長する。安里君、きみも何かひとつの目標を定めて頑張りなさい。」

彼自身は、まさにこの言葉の通りに様々に努力し続けてきた方です。それ故に彼を心の底から尊敬しています。

私は彼の勧告に従い、この数年間1日も欠かさず良書を読むことにチャレンジしています。今後も10年間1日も欠かさず読み続けるつもりです。また来年は何度も挫折してきた「毎日日記を記す」ことに再チャレンジしたいと思っています。

私たちのような凡人は、たとえ小さなことであっても、そしてそれがよいものであると分かっていても、長く続けるとなるとなかなか忍耐が続きません。しかしながら、出来ている事柄をそのまま継続しつつ、出来ていない事柄に果敢にチャレンジすることはとても大切だと思います。

何かひとつのことを定めて、一日も欠かさず続けられるよう頑張りましょう。その延長線に成功した人物、高潔な人格を備えた人物としての自分を見出すことができるようになると確信しています。

2011年12月18日 (日)

「あらゆる成功が努力の結果1」

Jamesalen01ジェームズ・アレン特集第十五弾です。彼は次のように語っています。

「人間が達成するあらゆる成功が、努力の結果です。そして、努力の大きさによって結果の大小が決定します。そこにはいかなる偶然も介在しません。」

またさらに次のように語っています。

「不注意な人間、無知な人間、怠け心を持つ人間は、表に現れた『結果』だけに目を奪われ、その背後に存在する『原因』を見ようとしないために、あらゆる成功を、幸運、運命、あるいは偶然などという言葉で片付けようとしています。」

私にとってはかなり耳の痛い言葉ですが、人が成功や祝福を得るには、それを得るために創世の以前から定められた律法に従う必要があると啓発の書も教えています。(教義と聖約130章20~21節)。また、小さな簡単なことによって大いなることが成し遂げられるのである(アルマ37章6節)、との先人の教えにもあるように、決意を込めた小さな努力の積み重ねが成功の大きな鍵となりそうです。

私たち凡人には簡単なことではありませんが、そのことを心に留めながら、自らが今取り組んでいる自分にできる小さくて簡単な事柄をどんなに大変でも細く長く続けていけば、何とかなるかもしれません。

自他共に幸せに出来るワクワクするような夢に向かって、価値ある何かに取り組み、それを地道に長く続けましょう。真の成功はその先にあるのだと思います。

2011年12月16日 (金)

「ビジョン2」

Jamesalen01ジェームズ・アレン特集第十四弾です。彼は次のように語っています。

「理想を抱くことです。そのビジョンを見続けることです。あなたの心を最高にワクワクさせるもの、あなたの心に美しく響くもの、あなたが心から愛すことが出来るものを、しっかりと胸に抱くことです。

もし、あなたがそのビジョンを見続けたならば、あなたの世界は、やがてその上に築かれることになります。」

私たちは自らの理想や気高い望みによって自らを変え、自らの環境を変え、自らの人生や運命を変えることが出来ます。すなわち真理に根差した正しい原則を基として理想や望みを抱き、最善の努力を続けるなら自らの目標を達成し、理想を実現できるようになると信じています。

Williamsclark01

北海道大学初代教頭ウィリアム・S・クラーク博士の言葉が響いてくるようです。彼は次のように語りました。
      
「少年よ、大志を抱け!それは金銭や我欲のためにではなく、また人呼んで名声という空しいもののためであってはならない。人間として当然備えていなければならぬあらゆることを成しとげるために大志をもて!」

偉大な事柄を成し遂げた人たちに共通していることは、清廉潔白な心と霊感された志とを持ち、高い理想や目標を掲げて、飽くなき努力を重ねていることです。

これらの人々は自らの良心に忠実に従い、天が喜び後押しするような義しい生活をしているのです。私たちもそのような模範に倣えたら本当にすばらしい、価値ある事柄を達成できることでしょう。

2011年12月15日 (木)

「細心かつ入念な備え」

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2008年夏の甲子園での出来事です。4対3で沖縄県の浦添商業が競り勝った慶応との試合の後、ある野球取材記者が慶応の最後の打者となった二番福富選手のもとを訪れました。

福富選手は北神奈川大会決勝の東海大相模戦で決勝タイムリー放った勝負強い打者です。この試合では9回2死二塁で、キャッチャーフライを打ち上げてしまいました。

その打ち取った球を、浦添商の伊波投手が捕手のサインに首を振ってから投げています。あの動作に福富選手はなにかを感じて、それが勝負のアヤになったのではないかと思ったため是非取材したいと
思ったのだそうです。

福富選手曰く「それまでの試合では伊波君は首を振ってから投げるとカットボールを投げるケースが多かったんです。それでカットボールを待っていたら来たのはストレートでした」とのことでした。

その記者は真相を知りたくて伊波投手に会い質問しました。「あの首振りは何だったのですか。」すると伊波投手は次のように説明したそうです。

「首振りは、ただ『首を振れ』という山城捕手のサイン。最初からストレートを投げると決まっていました」とのことでした。相手が自分たちの配球を分析していることを見越して、ダミーで首を振って見せたのです。

しかもそこで投じたのがあの試合最速の146キロのストレート。伊波選手のカットボールは130キロ台後半ですから、その差およそ10キロ。差し込まれてキャッチャーフライが上がってしまうのも無理ありません。なんという頭脳的なプレーでしょうか。

そこまで細心かつ入念な準備があってはじめてあの厳しい競り合いに勝利することが出来たのです。

本当に感銘を受けました。

私はどのような職業であれ、人が出来ないとをいとも簡単にこなしていく職人たちを心から尊敬します。なぜならその裏には私たちのまねの出来ないような地道な努力があるからです。

それはまさに伊波投手と山城捕手のそれこそ血のにじむような「細心かつ入念な」準備あるいは努力と相通じるものです。

どのような目標に向かってチャレンジして行くにしても、彼らのようなすばらしい徳質を私たちも得られるように努めたいものだと思いました。

2011年12月14日 (水)

「すべてのことに神の御手を認め感謝する」

S5_2トーマス・S・モンソン氏は、次のように語っています。

「主は預言者ジョセフ・スミスを通して与えた啓示で、こうおっしゃいました。『すべてのことの中に神の手を認めない者……のほかに、人はどのようなことについても神を怒らせることはない、すなわち、ほかのどのような人に向かっても神の激しい怒りは燃えない。』わたしたちが天の御父に感謝する者の一人でいられますように。感謝しないことが深刻な罪なら、感謝は最も崇高な徳の一つに数えられるでしょう。」

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私の子供たちの会話の中で時々「勉強は大変」とか「テストはいやだ」とかいう声が聞こえます。しかしながら、日本に生まれ、何の不自由なく学校で学ぶことができるということは本当にすばらしい祝福です。

もし、現在の人類統計比率をきちんと盛り込んで、全世界を100人の村に縮小するとどうなるでしょう。その村には……57人のアジア人、21人のヨーロッパ人、14人の南北アメリカ人、8人のアフリカ人がいます。52人が女性で、48人が男性です。70人が有色人種で、30人が白人。70人がキリスト教以外の人で、30人がキリスト教徒。6人が全世界の富の59%を所有し、その6人ともがアメリカ国籍。80人は標準以下の居住環境に住み、70人は文字が読めません。50人は栄養失調に苦しみ、1人が瀕死の状態にあり、1人は今、生まれようとしています。1人は(そうたった1人)は大学の教育を受け、そしてたった1人だけがコンピューターを所有しています。

もし、あなたが今朝、目が覚めた時、病気でなく健康だなと感じることができたなら……あなたは今生き残ることのできないであろう100万人の人たちより恵まれています。

もし、あなたが戦いの危険や、投獄される孤独や苦悩、あるいは飢えの悲痛を一度も体験したことがないのなら……あなたは世界の5億人の人たちより恵まれています。

もし、あなたがしつこく苦しめられることや、逮捕、拷問または死の恐怖を感じることなしに教会の集会に行くことができるなら……あなたは世界の30億人の人たちより恵まれています。

もし、冷蔵庫に食料があり、着る服があり、頭の上に屋根があり、寝る場所があるのなら……あなたは世界の75%の人たちより裕福で恵まれています。

もし、銀行に預金があり、お財布にお金があり、家のどこかに小銭が入った入れ物があるなら……あなたはこの世界の中でもっとも裕福な上位8%のうちのひとりです。

もし、あなたの両親がともに健在で、そして2人がまだ一緒なら……それはとても稀なことです。

もし、このメッセージを読むことができるなら、あなたはこの瞬間2倍の祝福をうけるでしょう。なぜならあなたのことを思ってこれを伝えている誰かがいて、その上あなたはまったく文字の読めない世界中の20億の人々よりずっと恵まれているからです。

すべてのことに神の御手を認め、深く感謝しましょう。

「世の誘惑に決して屈しない」

K5ボイド・K・パッカー氏は、次のように語りました。

「人類史上、いまだかつて現在の状況に匹敵するものはありませんでした。ソドムとゴモラにさえ、今わたしたちを取り巻いている甚だしい悪と腐敗はありませんでした。どこへ行っても、みだらな言葉、下品な言葉、神への冒とくの言葉を耳にします。かつては人目を忍んで行われていた、言うに堪えない悪と背徳が、今や公然と、法的保護さえ与えられています。ソドムとゴモラの時代には、局地的な現象だったものが、今では世界中に広がり、わたしたちの中にも存在しています。」(“The One Pure Defense,”,2004年2月6日)

時代を担う青少年の健全育成を図る上で非常に厳しい、この道徳的に退廃の一途を辿る現代の風潮の中で、リチャード・G・スコット氏は次のように語っています。

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「あなたが人知れず、心の中で抱く思いは、聖なる御霊の導きを招くものですか。それとも大掃除をする必要がありますか。精神を高める書物などには触れて高潔な思いを養っていますか。それともポルノ雑誌やポルノサイトの誘惑に屈していますか。知恵の言葉の目的に反する刺激物や有害物質を避けるために細心の注意を払ってコントロールしていますか。」(2008年11月号『リアホナ』)

悪が甚だしくはびこるこの現代にあって、その悪の力や誘惑を完全に退ける力を養い育む必要があります。自らの良心に反する行いは、自らを傷つけ、時代を担う若人たちに良くない手本となってしまいます。

凡人の私たちには、常に完璧に行動することは難しいかもしれません。しかしながら、子供たちにしてほしくないことを自らもしない、子供たちにしてほしいことを自ら積極的に取り組む姿勢を示せるよう努め励むことは出来ます。

この世の誘惑や悪の力を退け、大きなことは出来ずとも、少しでもより良い社会に変えられるよう自分に出来るところから行動しましょう。

2011年12月13日 (火)

「チロルのうた」-きよしこの夜

Organ01教会のオルガンが壊れてしまいました。クリスマスまで、あと少ししかありません。オルガンの代わりに何でクリスマスイブの音楽を演奏すればよいのでしょう。

オーストリアの小さな村、オーバンドルフは、雪に埋もれてひっそりとしていました。晴れ渡った夜空に冬の星がきらきらと輝く夜でした。牧師のジョセフ・モアは、雪をかきながら、森の中の道を木こりの家へと歩いていきました。木こりのおかみさんは、赤ちゃんを産んだばかりなのです。

Shunoseitan01たどり着いたときは、もう夜更けでした。チラチラ燃える火の光に照らされて、お母さんになったばかりの女の人が見えました。おおいかぶさるようにして、ちっちゃな赤ちゃんを見ています。ちょうど、マリヤと、ベツレヘムの馬小屋で生まれたイエス・キリストのようでした。

モアは、しんと静まり返った美しい冬の森の中を、村へと引き返しました。頭の中に「きよしこの夜…」という歌が浮かんできました。家についてからも、モアの心はその歌でいっぱいでした。寝ることも忘れて夜明けまで書きました。

翌朝早く、モアは、この歌に曲を付けられたらなあと思いました。そうです。親友のフランツ・グルーバーがいます。グルーバーは学校の先生で、教会のオルガニストもしていました。モアは、その歌を持ってグルーバーの家へ走っていきました。グルーバーはギターを弾きながら、二部合唱の曲を付けました。

雪に埋もれたオーバンドルフの教会で、グルーバーは初めてこの歌を歌いました。1818年のクリスマスイブのことでした。この歌が、世界中の子供たちの大好きな「きよしこの夜」なのです。

この歌は、初め「チロルのうた」という題で、4人の子供たちが歌っていました。ふたりの男の子とふたりの女の子の4人兄弟でした。

ある時、この4人はライプチヒに行って歌いました。この歌が、あまりに美しかったので、コンサートで歌ってくれるようにとサクソニー王国の音楽の指揮者が頼みに来ました。

1850年には、ベルリンの王室合唱団が、フレデリック・ウイリアム4世の前でこの歌を歌いました。ウイリアム4世は大変喜び、歌と曲を作った人に会いたいと言いました。このときモアはもうこの世にいませんでしたが、フランツ・グルーバーは、この曲を作った人として尊敬されていました。グルーバーのギターは、今もハルバインの博物館に飾ってあります。

193年たった今年のクリスマスにも、ベツレヘムにお生まれになったイエス・キリストを思い出すために、世界中の子供たちが、美しい「きよしこの夜」の歌を歌うことでしょう。オーバンドルフのふたりの友だちどうしが作ったあの歌を…。

「ビジョン1」

Jamesalen01ジェームズ・アレン特集第十三弾です。彼は次のように語っています。

「気高い夢を見ることです。あなたは、あなたが夢見た人間になるでしょう。あなたの理想は、あなたの未来を預言するものに他なりません。」

また「気高い理想を掲げ、そのビジョンを見続けている人間は、いつの日にか、それを現実のものにします。コロンブスは、未知の世界のビジョンを抱き続け、それを発見しました。コペルニクスは、他の無数の世界と、より広い宇宙のビジョンを抱き続け、それを証明しました。釈迦は、穢れのない美しさと完璧な平和に満ちた精神世界のビジョンを抱き続け、その中に進入しました。」

何とすばらしい教えでしょうか。福音の教えと同じです。

「あなたは、あなたが夢見た人間になる。」「あなたの理想は、あなたの未来を預言するものに他ならない。」「気高い理想を掲げ、そのビジョンを見続けている人間は、いつの日にか、それを現実のものにする。」

それらは決して簡単に何の努力もなしにそうなるとは言ってはいません。しかしながら、信仰に基づき気高い理想を掲げて努力する人は、必ず神様の助けを得て、霊に関わる成功を勝ち得、周りの人々に良い影響を与えるものとなれるようになるでしょう。私たちもそのように努めましょう。

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