学ぶこと

2011年12月21日 (水)

「一眼 二足 三膽 四力」

01「一眼 二足 三膽 四力」という言葉があります。高名なゴルフのクラブハウスに飾られているゴルフに必要な4つの要因を表わしている言葉なのですが、その言葉と共に「傳柳生但馬守」と書かれてあります。「傳」とは「伝」の旧字体ですので、柳生但馬守、つまり、江戸将軍家の剣術師範を務めた柳生宗矩(やぎゅうむねのり)の言葉のようです。

つまり、「一眼 二足 三膽 四力」とは、剣術に大切な4つの注意点を表わした言葉だそうです。

「一眼」→1つめは眼。よく見ること。単純に眼に見えていることだけではなく、眼に見えない流れや相手の動きなどを読むことも含まれているようです。とにかくよく見る。

「二足」→2つめは足。よく構えること。ただ単に足を使って動くということだけではなく、動かない時でもバランスをしっかりと取って次の動きに備えるということも含まれているようです。

「三膽」→3つめは胆。強い精神を持つこと。相手を怖れない勇気や立ち向かう意気地などはもちろん、自分の小さなミスですぐ調子が狂ったりしないような大きな精神力を持つことを表わしているようです。

「四力」→4つめは力。力を発揮すること。単純にとにかく大きな力でひっぱたけ、ということではなく、状況に応じて最適な力を使うといった、力加減のバランスの大切さなのだと思われます。

私たちの日々の生活にも通じる大切な教えだと感じます。

「一眼」は、上述の事柄に加えて、物事を常に近視眼的ではなく、長期的な展望を持って見る眼、さらには自らの内なる「良心の声」に耳を傾けつつ表面的には見えない物事をも見極める眼。それを養う必要があります。

「二足」は、実際に足腰を鍛え、心のままに動ける心身のバランスを持つとともに、熱心に多くの良書に親しみ、学んだことを熱心に実践する中で決して揺るがない信念の基盤を築くこと。心の足腰をも鍛えるのです。。

「三膽」は、「二足」に誠心誠意取り組む中で育まれる精神力、人間力、生き抜く力や勇気、人格の力、感化の力です。

「四力」は、自らの「良心」の声に従うままに実際に自らを変え、自然体で他によい影響を与え、より良いものに変える力を実際に発揮すること。

これらの「眼、足、膽、力」を自分のもの出来たら本当にすばらしいと思います。私たち凡人にはもちろん簡単ではありませんが、凡人でも非凡に努力するなかで何とかなるかもしれません。

日々の生活の中で、心と魂の「一眼 二足 三膽 四力」を心に留め、それを自分のものとできるよう努めましょう。

2011年11月24日 (木)

「神の最上の賜物」

01世に多大な貢献をし、世界史にその名を残した偉大な偉人たちの多くは、聖書の神の御言葉から大いなる霊感と力、導きを得ていました。

彼らは次のように語っています。

「わたしは、聖書をこれまでに神が人類に与えた最上の賜物と信じる。世界の救い主から発する一切のよきものは、この書を通してわれわれに伝達される。」(アブラハム・リンカーン)

「神と聖書なしにこの世を正しく統治することは不可能である。」(ジョージ・ワシントン)

「聖書を読むことその事が教育なのである。」(アルフレッド・テニスン)

「いかなる世俗の歴史におけるよりも、聖書の中には、より確かな真理が存する。」(アイザック・ニュートン)

彼らの業績と成功は、熱心に神の言葉を求め、神とその教えに忠実に従う中で得られたものです。その中で、自らの良心の声に耳を傾け、強い信念あるいは信仰の下に自ら正しいと信ずる事柄を断固として行ってきました。

世を導き、世の人々のより良い生活と幸福に貢献した偉人たちの多くが、聖書をその力の源としていたのです。

私自身も偉業を成し遂げた先人たちの模範に真心込めて倣い、聖典を愛読し、さらに熱心に聖典を研究していきたいと思っています。

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ジョージ・ワシントン  アルフレッド・テニスン アイザック・ニュートン

2011年11月15日 (火)

「知恵を求める」

Panji01イエス・キリストが生きていた時代に、高名なラビであり、ラビの中でもさらに優秀で有能な指導的立場にいたヒレルという人がいました。

当時の律法学者やパリサイ人の指導者たちは、最終的にイエス・キリストさまを迫害し、十字架へ追いやりましたが、このヒレルという指導者は非常に良心的な指導者であったと思われます。

いくつか彼の書いた資料を読みましたが、霊感を受けたすばらしいものだと感じました。そのヒレルが青年の頃のお話しです。

ヒレルがまだ若かったころ、彼は「トーラー」(聖典)の研究に打ち込みたいと願っていましたが、なかなかそれだけの時間の余裕がありませんでした。とても貧しかったからです。学びたいという彼の燃えるような願いもかなえることはできませんでした。

でも、あるときついに彼の心からの願いをかなえる手だてを見つけだすことができました。彼は体力の許すかぎり働き、わずかな収入の半分で生活しました。そして、残りの半分をヒレルは学校の門衛に差し出した。

「このお金はあなたにあげます」と彼は言いました。「そのかわり、学校に入れて授業を受けさせてください。そうすれば、賢人たちの言葉が聞けますので」

数日間、このようにしてヒレル青年は授業を受けることができました。でも、お金が乏しくなってパンを買うことすらできなくなってしまいました。

彼を落胆させたのは飢えではありませんでした。門衛が学校に入るのを固く拒んだことでした。

でも、彼の一途な気持は、この困難をも克服しました。学校の窓を伝わって、彼は窓じきいのところに横になりました。そこからは中の様子も見えたし、話し声も聞こえてきました。その日は安息日の前の夜で、体が痛くなるほど寒い日でした。

翌朝、ラビたちがいつものように学校にやってくると、空は晴れているのに部屋の中は薄暗くなっていました。なぜ、こんなに薄暗いのかラビたちは原因を捜しました。

すると、部屋の外の窓じきいに人間が横たわっています。しかも彼の上には雪が白く積もっていました。それは半分凍てついた哀れなヒレルの姿でした。一晩中、彼はそこに横になっていたのでした。

それからというもの、学問が出来ないのを貧しさのせいにすると、ユダヤではこのように質問されるようになりました。

「あなたはヒレルより貧しいですか?」

このように熱心に聖典より知識と知恵を求めたヒレルは、後にユダヤの多くの弟子を持つ偉大な指導者の一人になりました。このヒレルの不屈の物語は、後世のユダヤの若者たちへの大きな励ましとなっています。

啓発の書にも、次のように記されています。

「富を求めずに、知恵を求めなさい。そうすれば、見よ、神の奥義はあなたに明らかにされ、そのとき、あなたは豊かにされる。見よ、永遠の命を持つ者は豊かである。」(教義と聖約6章7節)

自らの幸福に関わる真理を熱心に求め、そしてそこから知恵を得て、真の喜びを得られるように努めたいものです。

2007年11月 7日 (水)

程順則(ていじゅんそく)-「琉球いろは歌」

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今回は、程順則(ていじゅんそく)シリーズ第3編です。

程順則は、5度にわたって赴いた中国において、師の陳元輔(ちんげんぽ)から様々な学問を学びました。

寝る間も惜しんで学ぶ順則の様子を見て、師の陳元輔は次のように彼を絶賛しました。

「程順則は学問に優れているだけでなく、心も広く考えが深い立派な人である。教えたことはすべて理解し、学問をするに値する人とは、まさに程順則のことだ。」

帰郷した程順則は、その後51さいの時に初めて江戸に上り、日本の著名な学者と交流しました。

教育の重要性を痛感している順則は、琉球に戻ると、かねて思案していた学校の設立を琉球国王に進言します。

「教育よりまず政治だ」と反対する勢力もいましたが、順則は「教育を高めてこそ、いい政治が行える」と粘り強く説得しました。

こうして1718年、琉球で初めての公立学校「明倫堂」が久米村にできたのです。

そこで熱心に教鞭を振るい、師弟の教育に力を尽くしました。

彼はまた、「六諭」が教える、人間としてよりよく生きるための指針、よりよい人間になるために必要な「心のあり方」を人々に分かりやすく伝えるために、多くの琉歌を残しました。

「琉歌」とは奄美・沖縄・宮古・八重山諸島に伝承される叙情的短詩形歌謡の総称で、短歌形式の琉歌は、八・八・八・六の30音からなる定型短詩です。

程順則が詠んだ数々のそれら琉歌を「いろは順」に編集したものが、いわゆる「琉球いろは歌」です。

次代を担う子供たちだけでなく、その教育に携わる父母や教師、指導者の「あるべき姿」をも指し示すその「いろは歌」は、まさに珠玉の教え-「黄金言葉」(クガニクトゥバ)といえましょう。

今後定期的に紹介していきますが、まずは最初の「い」の歌をご賞味下さい。

   イチンユシグトゥヤ ミ ヌ ウィ ヌ タカラ
琉歌:意見寄言や 見の上のたから

   ミミ ヌ ニ ユー アキティ  チム ニ トゥミリ
   耳の根ゆ開きて 肝に留みり

意味:「他人から受ける意見や教訓は、わが身にとってはこの上ない宝である。だから、しっかりと聞いて忘れることがないように、心に留めておきなさい。」

私は、宮本武蔵が語ったとされる「我以外みな師なり」という言葉が大好きですが、順則の上述の歌には、その同じ精神が流れています。

周りのどのような者からも、人は学ぶことができるという謙虚な姿勢です。

たとえ目下の者であろうが、誰であろうが、語るその言葉の内に「真理」を見出すとき、それがどんなに耳が痛く、心を貫くものであっても、謙虚に耳を傾け、受け入れ、実行するという精神です。

本当にすばらしい徳質です。

変なプライドを捨て去り、自らの良心が「よい」と感ずるすべての良き事柄に素直に耳を傾け従うとき、人は真の幸福へ至るステップを踏んでいるのだと私も思います。

2007年11月 6日 (火)

心の教育者-程順則の教え「六諭(りくゆ)」

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昨日は、近世の沖縄を代表する人格教育者、文学者、政治家である程順則(ていじゅんそく)と彼が中国から持ち帰った「六諭衍義(りくゆえんぎ)」について簡単にご紹介しました。

今日は、その「六諭」についてもう少し詳しく説明します。

まず、昨日も少し触れましたが、程順則は4回目に中国を訪れた際、「指南広義(しなんこうぎ)」と「六諭衍義(りくゆえんぎ)」の2冊の本を琉球に持ち帰りました。

「指南広義」は、危険な航海が少しでも安全になるように思案した程順則が、天候や天文などについてまとめたものです。

「六諭衍義」は中国に昔からある道徳の本です。

やさしい言葉で書かれていて、中国語を学ぶためにもよいと考えた順則は、私費を投じて印刷し琉球に持ち帰りました。

その後、この「六諭衍義」は将軍吉宗の手にわたり、寺子屋の教科書として日本国中に広まったことは昨日述べた通りです。

それでは、以下に「六諭」について説明します。

とても分かりやすい内容ですので説明の必要はないのかも知れませんが、おおよそ次の通りです。

●<「六諭」>

■1.「孝順父母」-父母に孝順なれ

父母を敬愛し、その教えを大切にしながら人間として正しく生きる道を求めつつ自立すること、それによって父母に心の安らぎを与え、父母の愛に報いる努力を怠らないことが大切である。

■2.「尊敬長上」-長上を尊敬せよ

目上の人を敬うことは当然のこと、たとえ同輩や年若の人であろうとも、それぞれに互いの長所を認め合い、尊敬し合うこと、特に自分よりも技能の高い人や優れた能力を持っている人、常に誠実で思いやりの心をもち、物事に対して冷静に判断し、寛容の心をもって実践する人(徳の高い人)も長上として尊敬することが大切である。

■3.「和睦郷里」-郷里を和睦せよ

ふるさとの自然を愛し、人を愛し、みんなが思いやりの心、やさしい心をもって仲良く生きていくことが大切である。

そのためには、夫婦愛・家族愛を基盤として、郷里の皆が自分のわがままを抑え、相手の立場に立って物事を考え、判断し、互いにいたわり合い、助け合い、協力し合いながら楽しく生活していくこと、それが郷里の平和、世界の平和につながる道である。

■4.「教訓子孫」-子孫を教訓せよ

学問を大切にし、人間として生きていくために必要な基本的生活習慣をしっかり身に付けること、それによって、人としての大切な心を学び、強く正しく生きていく道を習得すること、そしてそれを子や孫にも模範によって教えることが大切である。

■5.「各安生理」-各生理に安んぜよ

人はもって生まれた境遇は変えられないが、努力によっていくらでもより良い人生を送ることができる。従って、自分の立場をよく理解し、目標を持ってねばり強く頑張り、達成した喜びを持ちつつ、自分のやるべきことをしっかり成し遂げることが大切である。

■6.「母作非為」-非為を作すなかれ

人として生まれた以上、人の道に反するような悪いことをしてはならない。また、悪いことを企てたり、考えたり、相談したりしてもならない。常に自分の行いを反省し、いつも善人の道を歩むことを心がけることである。さらに、悪い行いに気づいたり、注意を受けることがあれば、素直にそれを改める勇気を持ち、善い行いをする心が働くように努力することが大切である。

2006年6月14日 (水)

オジー&オバーの新聞学問

Panji002 私が、父や母の姿を思い浮かべる時、それぞれに心に浮かぶ4つの姿があります。

まず、父が子供たちや家族のために熱心に畑を耕す姿、古いトタン屋根の家を日曜毎に修繕する姿、会社で熱心に働く姿、そして新聞と「文藝春秋」を読む姿です。

次に、母が同じように家族のために一生懸命家事を切り盛りする姿、ひざまずき手を合わせて祈る姿、病気や問題で苦しむ人々の相談相手になる姿、そして新聞と「主婦の友」を読む姿です。

オジーやオバーは、何をするにも勤勉、しかもマイペースです。

若い頃から「文藝春秋」「主婦の友」と新聞を離さず、朝夕必ず目を通しました。

80歳を超えた今でも、毎日鼻に老眼鏡をかけて新聞を読み、そこから様々な情報を得ています。

新聞はオジーやオバーの生涯学習のパートナーのようなものです。

小さい頃からオジー(父)やオバー(母)に「勉強しろ」「勉強しろ!」と言われた記憶はあまりありません。

一生懸命遊び、いやと言うほど畑仕事を手伝わされ、でもまた一生懸命勉強しました。

言わずとも父や母の学ぶ姿は、私たちを勉強に向かわせる力がありました。

そして、それは今も変わりません。

「牛乳の 瓶底ほどの 老眼鏡 鼻にひかけて 新聞学問」

2006年6月 3日 (土)

ユダヤの法則

Umitosora35 ユダヤ人の成功する商法には一定の法則があるといいます。

そのひとつが「78対22の法則」とも呼ばれる「ユダヤの法則」です。

例えば、銀行の基本システムがこの「ユダヤの法則」に基づいたユダヤ商法の典型です。

すなわち、銀行は預金を集めてそれを貸し出して利益を得ます。

とすれば、借りたい人が多いほうが、銀行が利益を上げそうですが、それでは経営が成り立ちません。

預金者の方が多いからこそ銀行は、今の繁栄があります。

そして「預金者(預金額)」対「顧客(貸付額)」=「78対22」が最も効率よく利益を挙げる比率であるとユダヤ人は考えているようです。

この「78対22」は、単なる思いつきの数字ではないようです。

例えば、人間の体は約20種類の元素で構成されていますが、そのうち水などを構成する酸素と水素の割合が約78%、残りの22%が炭素や窒素および微量元素です。

また、円は円周率が無限であるなど、この世においてもっとも不思議な形といえますが、その円に外接する正方形を描いてみます。

正方形の面積を100とすると、円の面積は78、残りは約22になるということです。

とても興味深い事実です。

このユダヤの法則に関連があると思われますが、パレートの法則(80対20の法則)というものがあります。

イタリアの経済学者ウィルフレド・パレートが発見した法則です。

・「仕事の成果の80%は、費やした時間全体の内20%である。」

・「80%の完成度までは20%の努力で割と簡単に到達するが、そこから100%まで上げるにはさらに80%の努力が必要である。」

というものです。

世の多くの事柄は、最も重要な事柄(全体の20%)に力を傾注することによって80%の効果を出せるというわけです。

このパレートの法則(80:20の法則)は、セールスの分野においても確証されています。

すなわち、全売上高の80%の実績を上げているのは全セールスパーソンの20%なのです。

さらにその20%にあたる4%がトップセールスパーソンと呼ばれ、他のセールスパーソンと明らかに大きな違いがあります。

大きな成果につながる方法は、通常の営業と比較して成約するまでにかかる労力は小さく、全体のたった20%で済んでしまいます。

4%のトップセールスパーソンたちは、このパレートの法則(80:20の法則)を用いて、成功へ至るための最も重要な成功の要素を見極め、そこに焦点を絞って力を注ぐわけです。

準備の段階で最大の効率を上げるように策を練り、備えているわけです。

マネージメントの巨匠ピーター・F・ドラッカーが行った「結果を出すための管理」という研究は、パレートの法則(80:20の法則)が「人」、「組織」、「成果」や「売上」等ありとあらゆるものに適応されていることを証明しています。

成功するための大切な鍵のひとつは、このパイレートの法則に基づき、自らが取り組もうとする事柄で、効果的に成果をあげうる最も重要な要素を見極め、それに力を注ぐことです。

単に楽して益を得るということではなく、最小限の労力で、最も効果的に成果を挙げ、人生を豊かにするための知恵です。

この法則は、ビジネスのみならず、夫婦や家族関係、隣人との関係をはじめ、あらゆる分野、事柄に応用できそうです。


2006年5月 1日 (月)

日本一長寿の沖縄県が日本一肥満の多い県へ

Umitosora15 日本一長寿の県であるわが沖縄県。

ところが、その沖縄が同時に不名誉な日本一も取ってしまいました。なんと、日本一肥満が多い県であることが分かったのです。

社会保険庁が発表した資料により明らかになったのですが、2004年度に行われた「政府管掌健康保険生活習慣病予防検診」を受診した全国347万7759人の数値を都道府県別にまとめた中で、沖縄県は受診した県民のうち男性では約46.9%が肥満であるという結果が出たのです。

2位の北海道は約34.8%、3位の徳島は約34.4%で、およそ10%も引き離しダントツの1位となってしまったわけです。

長寿ナンバーワンというのは間違いありません、ただし健康なのは戦前、戦中、戦後の厳しい時代をすべてにおいて質素な生活を送り、身体を使って勤勉に働いてきた高齢者の方々だけです。

問題は私たち若い世代です。

まず、「ゆいレール」以外電車のない車社会の沖縄で人は歩かなくなり全くの運動不足。

そして、脂の摂取量がかなり多いようです。

沖縄は人口に対するファーストフードやバーの店舗割合が一番多い県。コンビニの弁当でも、他県より脂ものが多いとのことです。

お袋の愛情とミネラルたっぷりの朝のみそ汁も徐々に少なくなり、オジーやオバーの健康を支えた「医食同源」も死語になりつつあるかも知れません。

以前からアメリカナイズされてきた私たちの食嗜好を心配はしていましたが、長寿の高齢者と、不健康な若者のその差は歴然。戦争世代のオジーやオバーの後の世代は長寿ナンバーワン維持は難しく、その座からの転落は時間の問題です。そう感じております。

自給自足による自然の恵みを堪能していたオジーやオバーの質素な食生活に倣い、食嗜好の改善に腹八分そして適度な運動、全県民あげて取り組まなければならないかも知れません……。

2006年4月11日 (火)

オヤジはなかなかの教える策士

Amaririsu01 私の父は、私たち子供たちが、小学校から中学校にかけて進級していく中で、よく勉強を見てくれました。

ただあまり多くのことを語るような人ではありませんでした。

まずは、とにかく学校の授業に徹底集中して先生の説明を完全に理解することを基本にしなさいと強調しました。

「授業中先生の顔から目を離さず授業をしっかり聞きなさい」

「先生が黒板に書くことはすべて写しなさい」

「予習はいいから復習を徹底しなさい」

の三つの原則を徹底して実践するなら、必ずや成績が悪いということはあり得ないというのが父の持論でした。

そして家に帰ってきたら各自復習しますが、その後夕食を終えてから父と共にゲーム感覚で、加減乗除の問題や漢字の書き取りをやりました。

特に漢字などは、小学校で習う範囲の漢字をはるかに超えて、とにかく、木偏のつく漢字、言偏のつく漢字、三水のつく漢字、ウ冠のつく漢字等、部首別に字典から覚えさせて、兄や妹たちも含めて、二、三分間に何文字書けるか競わせるのです。

兄や姉たちには負けたくないですし、妹には絶対負けられません。

自ずと力を入れて同じ部首の漢字を覚えるようになり、短時間でより多く書けるように努力するのです。

負けたらその悔しさをバネに一生懸命覚えますから、一部の部首の漢字によっては、五十個以上まで書けるようになり、ちょっとした漢字博士になりました。

私たちの性格をうまく読まれ、ゲーム感覚でうまく競わされ、楽しみながらも計算力や漢字力を身につけていくことができたわけです。

すべて、父の思惑通りです。父はなかなかの策士でした。

「漢字書き  木偏・言偏・ウ冠 励ますオジー 競う子供ら」

スカイクエストコムの世界一流のセミナー講師たちは、文字通りプロの策士です。すなわち、ビジネスにおいて成功を収め、幸福な人生を送る助けをなすその道のエキスパートです。

2006年4月10日 (月)

コスモス文学新人賞受賞!

Kiiroihana2昨日1通の本当に嬉しい手紙が届きました。

第98回コスモス文学新人賞発表のお知らせの手紙です。

2カ月ほど前に応募していた「沖縄のオジー・オバー、父母バンザーイ!!&サンキュー39」と題する私のエッセイ集がなんとノンフィクション部門で最優秀の「新人賞」を受賞してしまったのです!

ウッソ~~~ッ!!という感じでした。今でも信じられません。

最初はエイプリルフールの冗談かとも思いましたが、送られてきた書類から受賞は間違いなさそうです。

初応募の初受賞は本当に嬉しいです!!

「落っこちても何も失うものはない」

「自分で不可能だと思わない限り、人は決して敗北しない」

とか心の中でとなえながら、まずはチャレンジと軽い気持ちで応募しました。

「このような作品を出すこと自体笑われないかなあ」

と内心は多少引き気味ではあっただけに、受賞の知らせは本当にびっくりしました。

自分の中で、物事に対して取り組む際の考え方が大きく変わるような大事件となりました。

人生は、積極的な物の見方・考え方、心の持ち方で大きく開ける可能性があると本当に実感しました。

自分の得意でない分野でも積極的にチャレンジしていくことはいいことだと思います。今後とも精進したいと思います。

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