奉仕・隣人愛

2011年12月31日 (土)

「あなたの心の中の最良のものを…」

01私が心から尊敬するマザー・テレサは、次のような詩を詠んでいます。彼女の高潔さを示すひとつの象徴的な詩といっても良いと思います。

自らの必要を顧みることなく、助けを必要とする周りの人々に常に手を差し伸べるべくすべてを捧げて行動する人格者の清い魂の発露です。

「あなたの心の中の最良のものを」

人は不合理、非理論、利己的です。
気にすることなく人を愛しなさい。

あなたが善を行うと利己的な目的でそれをしたと言われるでしょう。
気にすることなく善を行いなさい。

目的を達しようとする時、邪魔立てする人に出会うでしょう。
気にすることなくやりとげなさい。

善い行いをしてもおそらく次の日には忘れ去られるでしょう。
気にすることなくし続けなさい。

あなたの正直さと誠実さとがあなたを傷つけるでしょう。
気にすることなく正直で誠実であり続けなさい。

あなたの作り上げたものが壊されるでしょう。
気にすることなく作り続けなさい。

助けた相手から恩知らずの仕打ちを受けるでしょう。
気にすることなく助け続けなさい。

あなたの中の最良のものを世に与え続けなさい。
蹴り落とされるかもしれません。
それでも気にすることなく最良のものを与え続けなさい。

私たち凡人には到底まねの出来ないような生き方かもしれませんが、めざすべき目標であり、理想です。心からそのような人物に近づきたいと思います。

特に、自らに利益をもたらさないものには、目もくれないという風潮が広がる今の世の中にあって、灯台の光のような存在です。

Candle01明かりは、たとえそれがどんなに小さなものでも、闇が深ければ深いほど遠くまで見えるものです。どんなに小さくても、どんなにささやかでも、良い行い、親切な行いは人々の心に温かな感動や希望を与えることが出来ます。

灯台のような光ではなくとも、たとえろうそくのような小さな明かりでも、「気にすることなく」精一杯輝かし続けましょう。たとえ「蹴り落とされても」気にすることなく「最良のもの」を与え続けましょう。

2011年12月25日 (日)

「他人の幸福を願い行動する」

Masakik01工学博士であり、発明家でもある政木和三氏は、次のように語っています。 「人間の修行とは、他人に幸福を与えることである。」

1,000もの発明品を世に送りながら、特許権を無償で公開し、世の人の利便のために大いに貢献した人の含蓄のある言葉です。また、肺結核を自ら克服し、実業界や各界にすばらしい人材を送りNakamuratenpu01出した仲村天風氏も次のように語っています。

「自分の成功や幸福のことよりも、他人の成功や幸福を願い、かつそれに向けてまい進していけば、いつの間にか、自分も成功と幸福を掌中におさめることが出来るのです。」

イギリスの英雄ウィンストン・チャーチル首相も次のように諭しています。

Winstonchurchill02「人は得るもので生計を立て、与えるもので人生を築く。」

私たちの幸福は、周りの人の幸福のためにいかに尽くしたかによって築かれそうです。

わが家のモットーは「一日一善」です。どんなに小さなことでも助けを必要としている他の人のために何かを行うよう共にチャレンジしています。何も出来ないときは、精一杯の笑顔や「ありがとう」の言葉だけでも良しとしています。

肩の力を抜きつつ「一日一善」をいつも心に留めて実践しましょう。そして幸せになりましょう。

2011年12月22日 (木)

「シークレットサンタ」

Santa01皆さん中にはすでに聞いたことのある方もいると思いますが、この季節に関連した心温まるお話しをします。「シークレットサンタ」物語です。長い話ですが頑張って読んで下さい。

「アメリカでクリスマスになると、貧しく困っている人々に現金をプレゼントする男性がいた。彼はいつしか「シークレットサンタ」と呼ばれるようになった。

1971年11月、23歳のラリー・スチュワートは会社が倒産し路頭に迷っていた。あまりの空腹に耐えきれず、ついレストランに入って取り憑かれたように注文してしまった。請求書を出されようやく我に返り、お金を持っていないことに気づいた。そして、なんとかその場を取り繕おうとポケットの中を探すフリをしながらも、警察に突き出されても仕方が無いと思っていた時だった。

一人の男性店員がラリーの横でしゃがんで、20ドル札(現在約2400円)が落ちていたと渡してくれたお陰で、彼は会計を済ませることができた。だがこの人生最大の苦境に偶然手に入れた20ドルが、後に彼の運命を変える重大な鍵となる。

1972年、運良く拾った20ドルの残りを旅費にカンザスシティに移り住んだラリーは、警備関係の会社を起こして懸命に働いた。結婚し子供も生まれたラリーは幸せな生活を手に入れたかに見えた。だが1977年12月、不況で会社が倒産しその日の食事代にも困るほど追いつめられた。貧しさのせいでラリーは我を忘れ、銃を手に銀行に入り、強盗を働きそうになった。だが、20ドル札を見てふと我に返り銀行強盗をすんでの所で思いとどまった。

改心したラリーは1978年、妻の兄からの援助を受けてセールスマンとして懸命に働いた。だが彼はまたしても試練を与えられる。1979年12月、会社の経営が思わしくないということで、ラリーは解雇されてしまったのだ。

もう助けてもらうあてがないと途方に暮れていた時だった。ふと目についた売店に立寄り、ポップコーンを注文した。店員の女性は暗い表情で、違う商品とおつりをラリーに渡した。ラリーは彼女が困っているのだと思い、おつりの中から20ドル札をプレゼントした。彼女は受け取れないと言ったが、ラリーは『クリスマスプレゼントだ』と言って手渡した。

この日はクリスマスだった。女性は嬉しそうに礼を言った。その笑顔がラリーを明るくし、彼は思いも寄らない行動をすることになった。そのままラリーは銀行に行くとなけなしの貯金を引き出し、白いオーバーオールに 赤い服とベレー帽という姿で町に繰り出した。そして困っているような人や貧しい人に20ドル札をクリスマスプレゼントとして手渡したのだ。「シークレットサンタ」が誕生した瞬間だった。

20ドルは大金ではなかったが、困っている人々にとっては大きな助けとなり喜んで 受け取ってもらえた。それがラリーの人生にも思わぬ影響を及ぼすことになる。家に戻ると、妻から銀行にお金が残っていなかった、と聞かれた。ラリーは落としてしまったと答えた。すると妻は怒るどころか、「仕方がないわね、でもあなたは幸せそうね」と微笑むだけで文句を言わなかった。

翌年の1980年、ラリーは友人と長距離電話の会社を設立し、懸命に働いた。そして、その年のクリスマスにも道に立って人々に現金をプレゼントする活動を続けた。そしてその金額は少しずつ多くなっていった。不思議なことに「シークレットサンタ」となって施しをすればするほど会社の業績が上がり、長年の切り詰めた生活から抜け出し家族のために家や新しい車を買えるまでになった。

ラリーの妻も町中で「シークレットサンタ」の噂を耳にするようになった。彼は家族にも言っていなかったのだ。彼はそれからも一年も休むことなく「シークレットサンタ」の活動を続けたのだが、9年目の1987年12月、ついに妻に「シークレットサンタ」がラリーであることがわかってしまった。

「すまない」と謝るラリーに、妻は「素敵なことじゃない。これからはもっと節約してたくさんの人を助けられるように協力するわ。」と答えた。以後、家族もラリーの活動を知って陰から支えることになった。

1995年、地元ではすっかり有名になっていたラリーは匿名を条件に取材に応じた。カンザスシティ・スター紙のマクガイヤー記者は、彼も家族も一切表舞台に出ようとしなかったと話す。しかし報道されてから、「シークレットサンタ」の正体への関心はさらに高くなった。

一方ラリーは多くの人に感謝されるにつれて、ある人物に会いたいという思いが募っていった。そして1999年12月、ミシシッピ州のトゥペロという小さな町のある男性宅を訪れた。その男性とは、「シークレットサンタ」の生みの親だった。

28年前の1971年、一文無しだったラリーが落ちていた20ドルに救われた日のこと…。本当の落とし主が現れたら困るので逃げるように店を後にしたラリーは、我に返って真実に気づいた。20ドルは、落ちていたものとして男性店員が彼にくれたものだったことに…。

男性店員はテッド・ホーンといい、当時のことを思い出した。ラリーは「彼がしてくれたことをいつか誰かにしよう」と思ったのだと話した。そして、テッドの20ドルがなかったら刑務所に入っていただろうという。自分の人生を正しい方向に導いてくれたお礼にと、ラリーはテッドに1万ドル(約120万円)の入った封筒を渡した。

受け取れないというテッドに、ラリーは「自分が今あるのはあなたのおかげ」だと引かなかった。当時テッドは、警察に突き出すのではなく、「自らの過ちに気づき、他人への優しさを知って欲しい」と思って20ドルを差し出した。「それをずっと覚えていて、サンタ活動を続けたことには頭が下がる」とテッドは話している。

テッドはラリーから渡された1万ドルを、近所の病気で困っている人たちや生活に苦しい人たちのために使ったという。人を思いやる気持ちは健在だった。

そしてラリーのサンタ活動は全米に広がった。2001年には、世界貿易センタービル爆破事件のあったニューヨークに行き、ホームレスや職を失った人を中心に2万5千ドルを配った。

2005年にはハリケーンで壊滅的な被害を被ったミシシッピ州を中心に7万5千ドルを配り、27年間で配った総額は150万ドル(約1億8千万円)になった。

だが2006年、「シークレットサンタ」がついにカメラの前に現れ正体を明かした。彼は2006年4月、食道ガンのため治療しなければ1ヶ月生きられないと宣告されたのだ。正体を明かしたのは、自らの命の宣告を受け、「身近な人への思いやりを広げて欲しい」というメッセージを送りたかったからだろうと、マクガイヤー記者は話す。

その反響は大きかった。2日間で7000通もの手紙やメールが彼のもとに届いた。大半は自分も「シークレットサンタ」になりたいというものだった。2006年のクリスマスも彼は病気を押してサンタの活動を行った。そのお陰で多くの人が笑顔でクリスマスを迎えられた。

2007年1月12日、ラリーは58歳で静かにこの世を去った。それでも彼の笑顔と優しさは数えきれないほどの人の胸に永遠のサンタとして刻み込まれただろう。生前ラリーは、シークレットサンタ協会を設立、会員資格は「少なくとも1回他人への親切な行為を行うこと。」今でも世界中から登録の申し込みが後を絶たない。日本でも各地で「シークレットサンタ」活動が行われている。今日もどこかで……。」

 私たちもラリーの模範に倣い、誰かを幸せにするために行動しましょう。

2011年12月19日 (月)

「クリスマスの象徴」-2

Christmastree01一昨日紹介した「クリスマスの象徴」の残り第二部をお贈りします。是非、クリスマスイブの晩にでも子供たちに紹介して下さい。思い出深い家族団らんのひとときになると思います。では……

私はふと、チリン、チリンとやさしく響く音色に気づきました。その音色がだんだん大きくなるにつれて、何故かとても懐かしく感じました。

「子供たちに迷える羊が鈴の音によって見つけられるのと同じように、この鈴の音によって、人も神の群に帰れるように……という意味のあることを教えてほしいのだ。鈴は導きと天へ帰ることの象徴なのだ。さらに、それはすべての者は神の目から見て、尊い存在であることを意味しているのだ。」

Candle01_2心地の良い音が闇夜に消えていくと、サンタは、今度はローソクを取り出しました。暖炉の上に置き火をつけると、小さな炎は暗い部屋に柔らかな光を放ちました。影が壁に揺れて静かにダンスをしているようでした。

「子供たちに教えてやっておくれ……」サンタは小さな声で続けて言いました。「ローソクのともしびは古い昔の星への感謝の念を表しているのだ。この小さなともしびは、星の光を映しているのだ。はじめローソクはツリーに飾られ、それは、あたかも深緑の空に輝く無数の星のようだった。今は、安全のためにローソクは取り去られ、代わりに色々な色のライトが輝いてその象徴を思い出させる。」

Presents01

サンタはライトのスイッチを入れ、木の下の贈り物を手に取りました。そして、その贈り物の大きなリボンの蝶結びを指さして言いました。「贈り物につけてあるリボンの蝶結びは、兄弟愛の精神を思い起こさせてくれる。リボンの蝶結びのように、人の心も皆互いに良い心で結び合わされるように覚えておかなければならない。永遠の良い心、これがリボンの蝶結びのメッセージなのだ。」

Redkazari01私が、袋の中には他にどんな物が残っているのだろうと考えていると、サンタは袋から物を取り出す代わりに袋を肩に担ぐと、クリスマスツリーに手を伸ばし、上の方の枝に掛かっているキャンディーを取って、私に渡しました。

「この杖のキャンディーは、羊飼いの杖を象徴していることを子供たちに教えてほしい。杖の曲がりは、迷った羊を引っかけて群に連れ戻すときに役に立つようになっている。杖のキャンディーは、クリスマスに差し出す、助け合いの手を意味しているのだ。そして、それは、人は互いに兄弟の番人であることも象徴しているのだ。」

Christmasleese02サンタは部屋を眺めながら満足そうな顔をしました。私が、まだ戸惑いを感じながらも、考えさせられている様子を見て、満足しているようでした。サンタはもう一度袋に手を入れ、今度は大きなクリスマスリースを取り出しました。それをドアの所に置きながら言いました。

「どうか、子供たちに教えておくれ。このクリスマスリースは永遠の愛を象徴していることを。それは決して消え失せることなく、止むことなく、終わりがない。それは絶えることのないひとつの愛の輪だ。このリースはもう一つのことを象徴している。このクリスマスリースはたくさんの物と色からできている。それは、クリスマスのすべての物を私たちに思い起こさせるものなのだ。」

Tonakai01「そしてどうか、子供たちに教えておくれ。このクリスマスのすべての象徴を見るときに、深く考え、思いめぐらし、喜びに身を震わせてほしいことを。与え、助け、愛し、仕えることが価値あることであることを。年老いたサンタクロースと陽気なトナカイは、クリスマスそのものの最高の象徴であることを。悪事をやめ、争いに終止符を打つために、あの夜にサンタのメッセージがどれほど私の洞察を深めてくれたかを。」

この地上で是非ともしなくてはならないこと、それは子供たちに正義と真理を教えることである。皆さんの上に平安と幸福、そしてクリスマスの真の精神がもたらされますように……。

2011年12月17日 (土)

「クリスマスの象徴-1」

Santa01今回は「クリスマスの象徴」という物語を紹介します。クリスマスの真の意味を教えるとてもすばらしいお話しです。長いので2部に分けて届けます。まずは第一部です。

クリスマスのちょうど一週間前でした。私は特別な訪問を受けました。その時のことをお話しましょう。私は、家の雑用を終え、寝ようとしていたところでした。

玄関に通じるドアのところで何か物音がするのを聞いたのです。ドアをそっと開けてみると、驚いたことに、クリスマスツリーの後ろからサンタクロースが現れ、私の前に立ったのです。そして、私が声を上げないように「静かに」と唇に指を当て合図をしました。

「何をしているのですか?」と尋ねようとしたとき、サンタの目に涙があふれているのを見て、言葉が喉につかえてしまいました。

彼には普段の陽気さがありませんでした。みんなの知っている陽気なサンタではなかったのです。彼は一言、私にこう答えて言いました。

「子供に教えてやってほしいのだが……」

私には意味が分からず当惑してしまいました。彼は何が言いたいのだろう。サンタは私の当惑を察したかのように、クリスマスツリーの後ろにおいてあったおもちゃ袋をぐいとひきよせると、まだまごついている私にもう一度こう言いました。

「子供たちに教えてやってほしいのだ。昔のクリスマスの意味を。近ごろ、もうクリスマスの意味はすっかり忘れ去られてしまっている。」

私は尋ねました。「どうやって……」

star01.jpgサンタは袋に手を入れ、中からキラキラと輝く星を取り出しました。

「星は昔から『約束の天のしるし』であることを教えてやってほしいのだ。神は世の救い主を送られることを約束して下さった。そして、その約束の成就のしるしが東の空に輝く大きな星だったのだ。星は人類に対する神の愛と約束の成就とを思い起こさせ、数え切れないほどの夜空に輝く無数の星……一人にひとつずつ……は、今や人類すべての燃える望みを示しているのだ。」

Redkazari01サンタは静かにその星を暖炉の上に置くと、次に赤いキラキラしたクリスマスツリーの飾りを袋から出しました「子供たちに、赤はクリスマスの最初の色であることを教えてやっておくれ。それははじめ、信仰深い人々が、全人類のために流された救い主の血を思い起こすことができるようにと用いられたのだ。

キリストは、人が永遠の生命という神の賜にあずかることができるように、御自分の命を捧げ、血を流されたのだ。赤は深遠で情熱的で鮮やかだ。赤は最も重要な色なのだ。それは神からの賜の象徴の色なのだ。」

Mominoki01「子供たちに……」サンタは袋の奥から小さなクリスマスツリーを取り出しながら続けてこう言いました。ツリーを暖炉の前に置き、赤い飾りをやさしくつけました。

モミの木の深緑にその飾りはよく映えました。クリスマスの2番目の色です。

「立派なモミの木の純粋な緑は、一年中を通して色を変えない。それは人類の永遠の望みを表している。緑は、若々しい希望に満ちた自然の豊かな色だ。

空に向かって伸びるすべての針葉は、人類の『天へ帰るのだ』という思いの象徴なのだ。素晴らしい緑の木々は、最良の友として、人類に避け所を与え、温かく過ごせる場所を提供し、美しいものを作り上げてきた。」(第二部へ続く)

「クリスマスの贈り物、クリスマスの祝福」

S5トーマス・S・モンソン氏は、1995年のクリスマスの時期に、特別なメッセージを述べました。「クリスマスの贈り物、クリスマスの祝福」というタイトルのお話しです。クリスマスの精神についてとても大切な事柄を教えています。以下に短く抜粋します。

イエス・キリストさまの贖いの犠牲に心を向け、そのすばらしい愛の模範に倣うよう促すこのクリスマスの特別な時期に、私たち皆が、慰めや励まし・助けを必要としている人々へ、温かい手を差し伸べることが出来るよう心から祈っています。

「クリスマスに何をもらった?」1年中で最も盛大に祝われる休日の次の日には、世界中の子供たちがこの同じ質問をします。小さな女の子はこう答えるかもしれません。「わたしはお人形さんに、新しいドレス、おもしろいゲームもだわ。」男の子の答えはこうでしょう。「ぽくはポケットナイフと汽車。ライトのつくトラックもさ。」

新しい贈り物を見せ合い、自慢し合っているうちに、クリスマスの朝が明け、そして過ぎていきます。こうして得た贈り物は、はかないものです。人形は壊れ、ドレスは着古され、おもしろいゲームも飽きてしまいます。ポケットナイフはなくしてしまい、汽車もいつまでも同じレールの上を走っているだけです。電池のカが弱まり切れてしまえば、トラックも顧みられなくなります。

Shunoseitan01クリスマスの質問は、一言言葉を入れ替えるだけで、結果が随分違ったものになります。「クリスマスに何をあげた?」この質問によってわたしたちは考えさせられ、優しい気持ちになり、記憶のともしびをよみがえらせます。

得ることではなく、与えることによって、クリスマスの精神は生かされます。人々は敵を赦し、友を思い起こし、神に従います。クリスマスの精神は、心の窓から見える景色を照らし出します。わたしたちはこの世の忙しい生活に目をやって、物ではなく、人にもっと関心を寄せるようになります。

Tenshi01「わたしが主にささげられるものは何だろう。
この貧しいわたしが。
わたしが羊飼いだったら、
子羊をささげよう。
博士だったら、
自分の務めを果たそう。
このわたしが
主にささげられるものは何だろう。
ささげよう、自分の心を。」
(クリステイーナ・ジョージナ・ロゼッティ)

与えることがもらうことに取って代わるクリスマスの日を、人はいつまでも忘れません。

Christmas01

2011年12月15日 (木)

「クリスマスの精神」

O4_2デビッド・O・マッケイ氏は次のように語っています。

「真の幸福はほかの人を幸福にすることによってのみ得られます。すなわち、自分の命を得るには、自分の命を失う必要があるという救い主の教義を実生活に応用することです。

要するに、クリスマスの精神はキリストの精神です。 キリストの精神は兄弟愛と友情の炎を燃え上がらせ、親切な奉仕の行いに導いてくれます。それはイエス・キリストの福音の精神です。

その精神に従うなら『地に平和』がもたらされます。なぜなら、クリスマスの精神とは『すべての人に対する善意』という意味だからです。」

S5_2またトーマス・S・モンソン氏も次のように語っています。

「得ることではなく、与えることにより、クリスマスの精神は大きく花開きます。敵を赦し友を思い出し、神に従うのです。」

そのようなクリスマスの精神をもって周りの方々に温かい励ましや助けの手を差し伸べられるようになれれば、本当にすばらしいと思います。

今日は、その兄弟愛と友情の精神すなわちクリスマスの精神に基をおく、小さな親切な行いについての動画を紹介します。きっと心が温かくなり、クリスマスの精神のすばらしさを実感することでしょう。

タイトルは「The Coat:A Story of Charity」(コート:愛の物語)です。

2011年12月10日 (土)

「最も大切な奉仕の機会は、最も都合の悪い時にやってくる」

F2ディーター・F・ウークトドルフ氏は、次のように語っています。

「救い主には、生涯を通じて、御自身のための時間はほとんどありませんでした。きっと疲労と心労をしばしば感じられたことでしょう。それでも時間をかけて、病気の人、悲しんでいる人、見捨てられた人の世話をされました。」(2008年11月号『リアホナ』)

Healing_blind_man01ある指導者は「最も大切な奉仕は、最も都合の悪い時にやってくる」とおっしゃいました。

ウークトドルフ氏がおっしゃるように、イエス・キリストはどのような都合の悪い時にも、人々の必要を満たすために自らの必要をわきにおいて全身全霊を込めて、立ち働かれました。

私自身もそうですが、二つの仕事を抱えていたとき、多くの奉仕のチャレンジが来る中で厳しい選択を迫られる時がよくありました。そして時には自らの「良心」の声に応えられないで、しょげてしまうこともありました。もちろん今でもそうです。でも、常にキリストの模範に心を向け、自らに語りかける「良心」の声に耳を傾けつつそれを心に留めて、同じように行えるよう努めたいと切に願っています。

「疲労と心労をしばしば感じ」ながらも「病気の人、悲しんでいる人、見捨てられた人の世話を」すること、これは私のような凡人にとってはとてつもなく大きなチャレンジですが、少しでも実行できるよう頑張りたいと思っています。

聖書には次のように記されています。「 主は、わたしたちのためにいのちを捨てて下さった。それによって、わたしたちは愛ということを知った。それゆえに、わたしたちもまた、兄弟のためにいのちを捨てるべきである。」(Ⅰヨハネ3章16節)

今の私たちが、兄弟や友のために命を捨てることは通常では考えられないことかもしれません。

ただ、「兄弟のためにいのちを捨てる」=「最も都合の悪い時にやってくる奉仕の機会に応える」と考えると、簡単ではないにしても、不可能でもなさそうです。

それはもしかしたら今の世が抱える様々な霊的な病を克服する、最も良い解決の鍵なのかもしれません。

Volunteer01今回の東日本大震災に際して、何十万人もの方々や特に若人たちが、被災者の方々の悲しみや心の痛みを自らの悲しみ、痛みとしてボランティア活動に携わりました。

本当に感銘を受けました。そのような方々がいる限り、日本は大きな再生と変革、大きな成長の十分な可能性と力を内に秘めているのだと確信しました。

彼らはまさに、「疲労と心労をしばしば感じ」ながらも「病気の人、悲しんでいる人、見捨てられた人の世話を」真心込めて行ったのです。

2011年12月 7日 (水)

「カレブのために立ち上がろう……」

Karebu01チェリル・C・ラント氏は、次のように語りました。

「わたしたちはいつも、人がどのような気持ちでいるかを考えるべきです。……すべての人に親切にするべきです。」

常に行いに示せるかは別として、そのように努めることはとても大切なことだと思います。

今日それに関連したとても心温まる記事を読みました。実話を元にして書かれたすばらしい記事です。皆さんに紹介します。テーマは「カレブのために立ち上がろう……」です。

     エーミー・S・テート
「兄弟愛……を思い起こしなさい。」(教義と聖約4:6)

その日、いつもと変わりなく授業が始まりました。ぼくが自分の席にすわってぼんやりしている間、担任のブラックストック先生は黒板に何か書いていました。

そのとき校長先生が、見たことのない男の子を連れて教室に入って来ました。校長先生がブラックストック先生の耳もとで何かささやいたので、その声を聞こうと、クラスのだれもが静かになりました。

みんながじろじろ見る中、男の子は教室の前に立ちました。着ている色あせたチェックのシャツがだらりと垂れ下がり、ズボンのひざには穴が開いています。前かがみになり、両手をポケットのおくにつっこんだまま、その子はゆかをじっと見つめていました。

校長先生が出て行くと、ブラックストック先生は言いました。「みなさん、カレブ・サンダース君をしょうかいしましょう。カレブくんは最近モンタナから引っこして来ました。ここからかなり遠い場所ですね。カレブ、ルークのとなりの席にすわったらいいわ。」

先生はぼくのとなりの席を指差しました。クラスのみんなは、おどおどした様子で通路を歩くカレブをながめていました。

ブラックストック先生が黒板の方に向き直ると、教室中にささやき声が広がりました。何人かは、カレブの服装について意地悪なことを言っています。「あのおかしなブーツを見てみろよ。」だれかが言いました。

すると調子を合わせて、もう一人の男の子が言いました。
「あのブーツでヒマラヤを登ろうっていうのかい。」

カレブの方にちらっと目をやると、何も書かれていないノートのページを見つめ、鉛筆をにぎりしめながら、じっとすわったままでした。いすの上で居心地悪そうにもそもそ体を動かしているところを見ると、きっとカレブに悪口が聞こえていたのでしょう。

何人かの男の子が大声でくすくす笑ったので、ブラックストック先生は書く手を止めました。

「みんなカレブと話したくてたまらないようね。ではカレブに前に出て来て少し自己しょうかいをしてもらいましょう」と先生は言いました。

みんなは静まり返り、カレブをじっと見ました。ぼくは、カレブがかわいそうになりました。カレブの後ろにすわっている男の子がカレブのいすの背をけり、冷やかしました。「行けよ、山男。」カレブはゆっくりと教室の前に進み出ました。かみの毛がところどころ両目にかかり、歩くときブーツがゆかの上を引きずっています。ぼくの周りの子たちは、またくすくす笑いました。ブラックストック先生がカレブを助けようとしたのは分かっていましたが、カレブをもっと困らせることになっただけのように思えました。

一人の男の子が手を挙げてたずねました。「モンタナのどこに住んでいたの? 岩の下かい?」

クラス中に大きな笑い声が起こりました。今度は、前の列にすわっていた女の子がたずねました。
「モンタナの人たちはみんなあなたみたいな服を着ているの?」

ぼくはいかりがこみ上げ、顔が熱くなってくるのが分かりました。だれかが止めなければ、カレブはこれから先ずっと学校で仲間外れにされるにちがいありません。でも、もしぼくがカレブのかたを持てば、ぼくまでみんなから笑い者にされるかもしれません。

そのとき、ぼくがサッカーチームの入団テストを受けたときお母さんが言ったことを思い出しました。お母さんは、旧約聖書のダビデについて話してくれました。ダビデは兄弟の中でいちばん若かったにもかかわらず、主はダビデを王にお選びになりました。ダビデがどのように見えるかは大切ではありませんでした。人は時々外見で人を判断します。しかし主は心を見られるのです。

ぼくはカレブが助けを必要としていることを知っていたので、手を挙げました。ブラックストック先生がぼくの名を呼びました。カレブは目を上げようとしません。たぶん、ぼくもカレブをからかうと思ったのでしょう。

「モンタナには、すてきなハイキングコースのあるすばらしい公園がいくつもあるって聞いたことがあるんだ。くわしく教えてくれない?」ぼくはたずねました。

教室は静まり返りました。ぼくはまた顔が赤くなるのを感じましたが、カレブはにっこりしました。思いやりのある質問を投げかけられてカレブの緊張がほぐれていくのが分かりました。カレブは、静かな声で話し始めました。

カレブの家族はモンタナにある大きな牧場で暮らしていて、カレブも自分の馬を1 頭飼っていたことを話してくれました。それから、グレーシャー国立公園のお気に入りのハイキングコースについて、また本物のくまに出会ったときの様子について話してくれました。カレブが自分の故郷について話し続けるうちに、ほかの子たちはカレブが出会ったくまや、ハイキングやロッククライミングについて質問し始めました。

放課後、ぼくはだれもバスの中でとなりにすわってくれないのではないかと思いました。リュックをぎゅっとかかえて、バスから窓の外を見つめていると、突然、かたをポンとたたかれました。カレブでした。
「ここにすわってもいい?」カレブははずかしそうにたずねました。Friendshipping01
「もちろん!」ぼくはそう言って、体をずらして席を空けました。

その日、こんなことが起こるなんて思ってもみませんでした。カレブに親切にする勇気を持てたことをうれしく思います。今ではカレブにはたくさんの友達がいます。ぼくもカレブの友達の一人であることをほこりに思っています。

日々の生活の中で、少しでも人がどのような気持ちでいるかを考え、すべての人に親切に出来たら本当にすばらしいと思います。

2011年12月 1日 (木)

「他者に対することが、自分に返ってきます」

Funaiyukio01『本物時代の到来』の著者船井幸雄氏は、その著書の中で次のように語っています。

「他者に対することが、自分に返ってきます。与えられたら与えられるし、奪ったら奪われるということが間違いのないことのようです。自分が他者に与えるものしか、自分も受け取れないのです。」

人に分け与えることが出来るもので、自分の持てる良きものを、それがどのようなものでも、それを必要とする周りの人に分かち合いましょう。

もし、それを人知れず行うことが出来るとしたら、本当にすばらしい祝福を周りの人々のみならず、自分自身にももたらすことが出来るようになるでしょう。

「情けは人の為ならず 身にまわる」(世話尽)

「情けは人の為ならず 巡り巡って己が(自分の)為」

という諺がありますが、まさにその通りです。

とても心温まる詩を見つけました。人知れずに心からの愛を周りの人々に分かつことの大切さを教えています。「人知れず咲く花」という詩です。

 「人知れず咲く花」

1.人知れず 野に咲く
  花の   うるわしさ
  なにゆえに  香るや
  吹く風も 知らず
  隠れし 行い
  天なる 父ぞ知る

2.右の手の なすこと
  左手に  告げず
  忘れられし 人に
  注ぐ愛の 深さ
  隠れし 行い
  天なる 父ぞ知る

3.人の世に あれども
  心は 主にあり
  慈悲あふる 行い
  世の光と なれ
  隠れし 行い
  天なる 父ぞ知る

大きなことは出来ないかもしれませんが、周りの人々のために、小さくて簡単なことをひそかに心込めて実行できるようになりたいです。

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