家族

2012年1月 3日 (火)

「結婚の贈り物」

Eternalmarriage01「結婚の贈り物」と題するすてきな詩を見つけました。私たち夫婦も昨年結婚25周年の銀婚式を迎え、時の流れの速さに少し驚きの気持ちも覚えています。

子育てや仕事の転職などに多くの苦労も重ねてきましたが、それらのチャレンジは世の常でむしろそれらを通じて多くのことを学び成長できたと心から感謝しています。

そしてこの25年間は本当に幸せなときだったと実感しています。まだまだ未熟者ですが、以下の詩を心に留めつつ、金婚式へ向けてまた今日から精進します。皆さんもこのすてきな詩をじっくり味わって下さい。

「結婚の贈り物」

Presents01

主よ。結婚はあなたからの贈り物
当然の権利ではありません。
ですから
どうか夫と妻の関係を
強いものとするように助けて下さい。

互いに敬い互いに愛することができるように
相手の立場を理解できるように
努めさせて下さい。

率直に話す時にも、優しく
忍耐する時にも、ユーモアを忘れず
時には誤りを犯す弱い存在であることを
互いに認め合う力をお与え下さい。

喜んで家庭を解放し、
私たちの幸福を人々も共にできるように
人々の喜びや悲しみを理解できるように
主よ。導いて下さい。

このすばらしい贈り物を
主よ。感謝します。

正しく用いることができるように
助けて下さい。

(メアリー・ハサウェイ「愛の記念日」より )

Rose01未熟な私たち夫婦が、夫婦円満のための座右の銘としている言葉がいくつかあります。それらも以下に紹介します。

夫婦が円満であれば、家庭は心癒される居心地の良い場となります。家庭が強まれば、地域社会が強くなります。地域社会が強くなれば、国はさらに強く大きく発展していくと思います。

最も大きな力をもたらす、夫婦円満へ向けて一緒に務めましょう。

「指輪や宝石は贈り物ではなく、贈り物の単なる代用品に過ぎない。本当の贈り物はただひとつ、自らを捧げることです。」(エマーソン)

「永遠の結婚とは、実際のところ、完全な進歩をめざし、ふたりで助け合って成長しようと誓約することではないでしょうか。」(トーマス・W・ラデーン)

「父親が息子に与えることのできるものの中で、母親を愛していると伝えることほど貴い ものはありません。」(H・バーク・ピーターセン)

「理想的な夫を持っていると思っている女性は…すべて理想的な妻である。」(ブース・ターキントン)

2011年12月30日 (金)

「心が通い合う家族を築く」

J1マービン・J・アシュトン氏は、「心が通い合う家族を築く」ための7つの事柄を提案しています。先日、家族を強めることに関する記事を記しましたが、この提案は前回の記事での提案の具体的な実践を促す提案です。とても参考になりました。皆さんにも分かち合います。

「心の通い合う家族を築く」-7つの提案

1.喜んで犠牲を払う
 聞く時間を喜んで取る人になりましょう。家族を思いやり、自分のことより優先して家族のことを考える能力を増すべく自己訓練を積みましょう。

2.環境を整える
 場所や周囲の状況や環境は、快く秘密が保てしかも会話の通じる場所でなければなりません。環境が整ったら、相手に関心を集中し、上手に受け答えをしましょう。

3.喜んで聞く
 聞くということは、ただ黙っていることではありません。聞くには集中力を要します。慰めになる質問をして、その後ごく自然な態度で「熱心に話しに耳を傾ける態度」を私たちは伸ばさなければなりません。「聞くに早く、語るに遅く、起こるに遅くあるべきです」。

4.気持ちを素直に話す
 考えていることや感じていることを口にするのは何と大切なことでしょう。私たちは「相手のどこが悪いのだろう」と考えがちですが、そんな時は「私の何が良くないのだろうか」と考えるべきです。「沈黙は溝を作る」です。

5.裁くことを避ける
 批判的にならず、理解しようと努めましょう。自分の価値観を人に押しつけてはいけません。「間違いを指摘し、裁断を下すのは簡単である」。

6.秘密を守る
 「小さなこと」で信頼されれば、「重大な質問や大切な話し」を打ち明けてもらえるものです。

7.忍耐する
 家族の誰かを面前で正すことは避けましょう。穏やかな一対一の対話による方が、物わかりがずっと良いものです。「家族との関係の中で、穏やかな忍耐は貴重な徳である」。

一足飛びにすべての事柄をうまくこなすことなど私たち凡人にはむずかしいですが、ひとつひとつを少しずつコツコツと積み上げていくことは出来ます。焦らず、地道に取り組んでいきましょう。

デビッド・O・マッケイ氏をはじめとする世の指導者たちは、家族の大切さについて次のように語っています。

O4「私たちに与えられた最も貴い財産は家族である。家族関係は何にも勝るものであり、この世にあって他のいかなる社会的結びつきよりも価値のあるものである。何といっても一番心を動かす力があるのは家庭であり、家庭こそ底知れない愛の源である。家庭は人間としての徳を学ぶ大切な場である。人間生活の中に見られる責任、喜び、悲しみ、ほほえみ、涙、希望、心配といった様々な経験を私たちは家庭生活の中で味わうことができるのである。…愛のもとに一致した家族は、いかに貧しくとも、他のいかなる富にも増して神と将来の人類にとって大きな価値を持つのである。」(デビッド・O・マッケイ氏)

01「どんな時代であろうと、どんな時勢であろうと不変のものが一つあります。父親、母親である皆さん、子供があるならば、まず子供たちを優先しなければなりません。本を読んだり、抱き締めたりして愛を示さなくてはなりません。家族としての皆さんの成功、社会としてのわたしたちの成功は、ホワイトハウスではなく、皆さんの家庭の中で起こることにかかっているのです。」(バーバラ・ブッシュ元大統領夫人「リアホナ」2005年10月号 p.4)

Family03「人の幸福とは家族の中にこそあるのです。家族を守ることが国を守ることにつながり、家族の絆を弱めてしまうということは、先祖への誉れや未来の子孫の幸福や祝福を損なってしまうことにつながるのです。それを忘れないで下さい。」(「スティール・ボール・ラン」少年ジャンプより)

社会の強さの最も堅固な基である家族を強められるよう共に力を尽くしましょう。

2011年12月29日 (木)

「修学旅行と引っ越し」

Kouyou01先日の早朝、中学2年の娘が私の元へ来て曰く、

「お父さん、このエッセイの宿題今日学校に提出しないといけないんだけど、紅葉の写真を貼り付けてから出したいの。やり方教えてくれる?」

「簡単だよ。どれお父さんにも読ませてごらん。」

と娘が差し出したメモリースティックをPCに差し込み確認してみると、娘のエッセイに感銘を受けるも、大いに複雑な思いにさせられました。

来年の3月、わが家は私の仕事の転勤で福岡に引っ越すことになりました。娘は生来楽観的な方だと思い込んでいたので、忙しさにかまけてあまり心配することもなく彼女の思いを十分に汲み取れないまま、心のケアもほとんどなさぬ状態でいました。そのエッセイを読んで初めて、娘の葛藤の大きさとまたその心の成長をも知りました。以下に紹介します。タイトルは「修学旅行と引っ越し」です。

「修学旅行と引っ越し」

「出発の時間を、今か今かと待っている私たち。そう、今日は、修学旅行出発の日。今年一番楽しみにしていた修学旅行。みんなテンションが上がっていて、離陸するだけで歓声が上がるほど…。こんなテンションだからバスでは、ガイドさんの話を聞く耳ゼロ。窓の外をのぞき込みまた歓声が上がる。怒られてもみんなの勢いは止まらず、ガイドさんは独り言をいつまでも…。でもこんなのが修学旅行って感じで、三組らしくて、自然と涙があふれてきた。

 5か月前の7月1日、私の両親が韓国への出張から帰ってきた夜だった。大事な話があるといって家族を集めた。そして両親がした話は、引っ越しについてだった。お父さんの仕事の都合で、福岡に引っ越すことになったのだ。大好きな沖縄から離れるさみしさ。大好きな人たちとの別れ。思い出の一杯詰まった家との別れ。そして、知らない土地へ行く不安が一気にこみあげてきた。ふいても、ふいても止まらない涙、涙、涙…。

 こっくりこっくりとみんなが居眠りしている今は、もう帰りの飛行機の中。楽しい時間はいつでも早く過ぎるもので、4日間はあっという間に終わってしまった。この4日間、京都・大阪・奈良・滋賀・兵庫に行き、お寺を見たり、大仏を見たり、しっかり遊んだり、初めての様々な体験をしたり…。書物で学ぶのと実際に足で廻り、目で見ることによって学ぶのとは大違い。た~くさんのことを感じそして学んだ。またホテルではみんなでお風呂に入ったり、恋話をしたり、くっついて眠ったり、一人ひとり違う面白い寝顔があったりで、とってもいい思い出ができた。

 新しい土地に行くということは、いろんな不安があるけど、この修学旅行のように新しい発見があったり、すてきな思い出を作ったりできるすばらしい機会なんだと思った。また、自分にとって大きな試練・チャレンジではあるけれど、成長するためのステップでもあるなとも思った。だから、ポジティブに考え、引っ越しをちょっと長い修学旅行と考えればいいんだと思った。これから、いつもネガティブな私が、ポジティブに考えられるように頑張りたいと思う。

 少し長い修学旅行に行ってきます…。」

父親としてまだまだ未熟だなあと思い知らされました。子供たちとのコミュニケーションをもっと深めつつ、ひとりひとりの心の状態を常に確認しながら十分なスキンシップと心のケアに努めなければならないと感じました。感じるだけでなく、実際に行っていこうと思います……。

2011年11月26日 (土)

「失われた家族の再生」

末日聖徒イエス・キリスト教会が制作したビデオ「失われた家族の再生-Rescue The Family-」(~オピニョンリーダーよりの提言~)が現在YouTubeで閲覧可能になりました。

「失われた家族の再生」は、家族が崩壊しつつある現代において、いかに家族が重要な存在であるか、末日聖徒イエス・キリスト教会の教えがどのように家族を幸せにするかを、教会の指導者のみならず、第一線で活躍するオピニオンリーダーの方々へのインタビューから、様々な提言をいただくことが出来ます。

家庭や家族の絆の重要性についての有意義な提言です。是非ご視聴下さい。

「失われた家族の再生」
-Rescue The Family-
~オピニョンリーダーよりの提言~

過去および現在の偉人たちは家族の大切さについて次のように語っています。

01

「どんな時代であろうと、どんな時勢であろうと不変のものが一つあります。父親、母親である皆さん、子供があるならば、まず子供たちを優先しなければなりません。本を読んだり、抱き締めたりして愛を示さなくてはなりません。家族としての皆さんの成功、社会としてのわたしたちの成功は、ホワイトハウスではなく、皆さんの家庭の中で起こることにかかっているのです。」(バーバラ・ブッシュ元大統領夫人「リアホナ」2005年10月号 p.4)

B4

「さて父親の皆さん、皆さんに覚えていただきたい。主の仕事の中で最も大切なのは、あなたの家の囲いの中で行う仕事である。……最も重要な仕事はあなたの家庭の囲いの中にあるのである。」(ハロルド・B・リー「堅固な家庭」1973年 パンフレット P.7)

F2

「これらを専門家に任せず、あなた自身の説伏と模範により、炉端で子供に教えなさい。あなたが真理の専門家になりなさい。集会、学校、組織を単なる指導教師ではなく、自分のものとし、それらを家庭における私たちの教えと訓練を補うものとしなさい。」(ジョセフ・F・スミス「福音の教義」 P.292)

<

O4

p>「私は、家庭ほど幸福を味わえる所はほかにないことを知っている。私たちは、天国のような家庭を築くことができる。天国は理想的な家庭の延長であると私は申し上げる。」(デビッド・O・マッケイ「大会報告」1964年4月 P.5)

自らの家族を強め、堅固な家庭を築くことが、結局は地域社会を強め、国を強めることにつながると教えています。私自身にとっても大きなチャレンジですが、自分に出来る小さくて簡単なことから取り組んでいきたいと思っています。

以前も紹介した、「素晴らしい家庭12箇条」を再度紹介します。共に楽しく取り組みましょう。

「素晴らしい家庭12箇条」

Family03

1.素晴らしい家庭には信仰がある。宗教的な心情から家庭は浄化される。宗教的な心情とは目に見えないものを大切にする心である。

2.素晴らしい家庭にはいたわりと尊敬と愛情が充ちあふれている。何故なら、愛情は魂の糧だからである。

3.素晴らしい家庭は家族がそろって健康である。心身共に健康な家にはいつでも笑いが絶えない。

4.素晴らしい家庭は夫婦が仲良く尊敬し合い、愛情の表現が豊かである。

5.素晴らしい家庭には必ず良い教えがある。良い教えとは、人のため世のために奉仕する精神である。

6.素晴らしい家庭には美しい言葉がある。美しい言葉とは美しい心の表現である。

7.素晴らしい家庭には若さがある。若さとは学ぶ姿勢である。だから素晴らしい家庭では家族が良く書物を読む。読書は若さと進歩の秘訣である。

8.素晴らしい家庭にはユーモアがあり、食事が楽しくおいしい。そしてほめ言葉があふれている。

9.素晴らしい家庭は常に美しく整理整頓、清掃されている。居は人の心を映すものである。

10.素晴らしい家庭には良いきまりがある。そのきまりを守ることによって家の秩序が保たれている。

11.素晴らしい家庭は腹を立てない。寛容の心がみなぎっている。感謝の心は最高の美である。

12.素晴らしい家庭には憩いがあり、家族みんなの話し合いの場がある。そして日々に進歩している。

 私たちの心は常に光に向かっている。その光を求めて多くの人々が集まってくる。それを繁栄といい、豊かさというのではないだろうか。

2011年11月22日 (火)

「家族の日」「家族の週間」

2011年11月20日(日)の琉球新報の「論壇」に私が投稿した「家族の日」「家族の週間」に関する記事が載りました。以下に紹介します。

<国、地域社会の基本は家庭>

新聞の切り抜き記事「家族の日」「家族の週間」

ある日子供たちがどのようなマンガに興じているか確認しようとしていた時のこと、彼らの肩越しに次のようなフレーズが私の目に飛び込んできた。

「人の幸福とは家族の中にこそあるのです。家族を守ることが国を守ることにつながり、家族の絆を弱めてしまうということは、先祖への誉れや未来の子孫の幸福や祝福を損なってしまうことにつながるのです。それを忘れないで下さい。」

私は感動で、釘付けになってしまった。そして、何冊か読ませてもらった。根底に、家族や人々の幸せを願う優しい心に支えられた作者の理想や理念、信念がしっかりと流れている良い作品ばかりだ。もちろん内容すべてが手放しで勧められるものでもないが、子供たちにマンガについてあまり小言を言わなくなった。

O4_2彼らが読む作品には、アメリカの偉大な教育者デビッド・O・マッケイ氏の以下の言葉に通ずるものがある

「私たちに与えられた最も貴い財産は家族である。家族関係は何にも勝るものであり、この世にあって他のいかなる社会的結びつきよりも価値のあるものである。何といっても一番心を動かす力があるのは家庭であり、家庭こそ底知れない愛の源である。

家庭は人間としての徳を学ぶ大切な場である。……愛のもとに一致した家族は、いかに貧しくとも、他のいかなる富にも増して神と将来の人類にとって大きな価値を持つのである。」

沖縄県警「平成21年度少年等非行の概況」によると、刑法犯少年の検挙・補導人員は1,610人で、前年と比べると125人減少したが、全刑法犯に占める少年の割合が36.6%を占め、さらに全窃盗犯に占める少年の割合は44.8%で約半数を占めている。

刑法犯少年のうち中学生が約60%、高校生が15%約を占めており、沖縄県は全国平均に比較すると中学生の割合が約1.5倍と高くなっている。

堅固な国家および地域社会の最も強力な基であるはずの家庭が今非常に大きな危機にある。前述の勧告は、まさに今の私たちに向けて語られた警鐘だと強く感じている。

国の基本的強さは家族にあるとの認識から、内閣府では「家族や地域の大切さ等についての理解の促進を図る」ために、平成19年度から「家族の日」「家族の週間」を定めている。今年の「家族の日」は11月20日(日)、「家族の週間」は11月13日(日)~11月26日(土)である。

学校や地域との連携を深めながらも、幸福な家庭および真の家庭教育力の回復に全県をあげて取り組む必要があると思う。「いかなる成功も家庭の失敗を償うことは出来ない」(マッケイ氏)のである。

2011年11月19日 (土)

「手紙~親愛なる子供たちへ~」

樋口了一さんが歌う「手紙~親愛なる子供たちへ~」というすばらしい曲を見つけました。恐らく多くの方々はすでに知っていて、歌の世界に疎い私だけが知らなかったのかもしれません……(^_^;)

元々の歌詞はポルトガル語で書かれており、作者は不詳。樋口了一さんの友人、角智織氏の元に偶然届いたチェーンメールに詩が記載されていて、この詩に感銘を受けた角氏が詩を翻訳、樋口さんに見せたところ樋口さんも感銘を受けたため、曲の制作・発売に至ったようです。

年老いた親の自分の子供へ向けた切なくも感動的なメッセージが歌われています。何度も聴いて何度も涙しました。皆さんも是非聴いて下さい。

         <「手紙~親愛なる子供たちへ~」>

歌詞はこちらです。 「手紙~親愛なる子供たちへ~」

私の父はもう85才を過ぎ90才になりなんとしています。母も80才の大台に載りました。父は未だに週2、3度畑仕事に精を出す元気者ですが、往年の力は影を潜めてきています。

母もつい昨年までは畑にも出て、自然の中で鋭気を養う健康的な毎日を過ごしておりましたが、体調を崩してからは、なかなか以前のようには行けません。

これまで親孝行らしい親孝行もほとんど出来ていない自分の不甲斐なさも手伝って、この曲を聴きながら涙が溢れてきました。そして、親が元気なうちに親孝行できるよう決意を新たにしました。

すばらしい曲に心から感謝しました。

父の85歳の生年祝いの際に、父や母に心からの感謝を込めて曲を作りました。そして父や母への尊敬と感謝を込めて歌いました。その曲を以下に紹介します。タイトルは、「ただの父」です。

    「ただの父」

 ただの父 …だけど 一番立派な人

 ただの父は 疲れ切った足どりで
 日々の仕事から 小さな家に帰る
 お金も名誉も 持っては来ないけれど
 どんなに働いたかが よくわかる
 家族の喜ぶ声聞き 姿を見て 父の心は躍る
 父の帰りを その声を 皆が待ちわびてるから

 ただの父に 愛しい子供が七人
 数え切れないほどいる 父親の中のひとり
 だけど 日々の仕事に汗水流し
 生活の重荷 ひとり身に背負う
 それでも 不平のひとつ 弱音のひとつ 決して口にしない
 父の無事を 祈りつつ 家で待つ家族のため

 ただの父には 富も名誉も何もない
 数知れない群衆の中の ひとりでしかない
 けれど 毎日額に汗を流す
 眼の前に立ちはだかるものがあれば
 どんなにつらくとも どんなに苦しくとも
 黙って立ち向かう
 それらはすべて 他の何にも増して 愛する家族のため

 ただの父 だけどいつでも精魂込めて
 小さな子供たちのため 道を切り開く
 愛する母と共に 手をとり合って
 不屈の勇気もって 立ち向かう
 今は亡き祖父も そうしてくれたからと
 無言で 僕らを諭す
 時はめぐって 今僕らも 父が歩いた道歩むよ

 これが父にささげる 僕らの詩

 ただの父 …だけど 一番立派な人

私は、詩人須永博士さんの詩が大好きです。

須永さんの作品は、つらく悲しい人の痛みを自分の痛みとして感じて励ます温かさと優しさに溢れています。同時に良き事柄に向かって前向きに立ち向かっていく強さを教え、またそれを与えてくれます。

そんな須永さんの作品の中でも私は次の詩が大好きです。そしてその詩は私の父や母への尊敬と感謝の気持ちを代弁する詩でもあります。父母がさらに健康で幸せに長生きできるよう心から祈りつつ以下に紹介します。

    父ありて我が強さあり
     母ありて我が優しさあり
     父母の姿いつも忘れられず
     いつも我が人生の心の支えなり

               須永博士

2007年11月14日 (水)

「46年ぶりの奇跡の再会-2」

tsutsuji1.jpg沖縄のあるFM放送を聞いたという友人からの感動物語「46年ぶりの奇跡の再会」の続きです。

母の姉との46年ぶりの奇跡の再会を果たし、その女の子と母はハワイから帰国しました。

ハワイでの夢のような日々から現実に戻る2人ですが、あの強烈な感動はしばらく2人を温かく包みました。

母を姉に逢わせることができた、少しでも親孝行の真似事ができたとの自己満足にも浸れました。

そんな中、親子の会話の中で「次は、お父さんだね」という言葉がポロリと出てしまいました。

自分で口にした言葉に、彼女自身が驚きました。

「これはどういうことだろう」しばらく自問自答し、そして考え込んでしまいました。

そして彼女は決意したのです。

「母を父に逢わせよう」と。

思い立ったらすぐに行動に移すのが彼女の信条!

何を考えたのか、急に英会話教室に通い出しました。

お父さん探しは、本気らしい。

学生時代、一番に苦手にしていたのが、英語だったのですが……。

英会話教室に通っているのは、母親には内緒だったと言います。

彼女はその教室の講師に、親父について相談しました。

彼曰わく「何か、手掛かりはありますか?」

「まったくありません」と答えたのですが、

しばらく考えて、「そうだ!」と膝を叩くと一目散に家に走り出しました。

持って来たのが、一通の手紙と親父の写真でした。

すり減った手紙の上書きは、とても読みづらいものでした。

アメリカでは、住所と同様な働きする番号があるらしいのですが、その番号にしてもかすれて一数字みえません。

コンピュータに、考えられるすべての数字を入力していくと、それらしき番号にぶつかりました。

検索の結果、父親と同姓同名のリストがズラリと表示されました。

これまた根気強く、一件一件当たっていきました。

その気の遠くなるような作業の末、英会話講師がついに父親を見つけたのです!

まさに、奇跡でした!

「マリア、分かった。はい、お父さんだよ」と電話を渡されました。

「ええ…………っ!! 何と言えばいいの?」

「ハローと言えばいいよ。」

話せるはずもない彼女は、ただオロオロするばかり。

見かねた講師は電話を代わり、事情を説明、ついに再会の約束を取り付けてくれたのです。

奇跡は続くものですね!

今回は二週間の休暇を会社から頂き、父を訪ねて三千里、アメリカへ。

英語が話せない彼女だけでは心許ないということで、今回英会話の講師が同行してくれることになりました。

今年7月、彼女は、先発隊ということで、母親を連れずに英会話講師と二人で渡米。

自分と母を捨てた父親に対する憎しみは彼女の中にはすでになく、親父に会う時に一番心配し悩んだのが、自分が行くことによって父の家庭にヒビを入れないかということだけでした。

しかしながら、それも老婆心。

感動の再会の後、新しい奥さんを「お母さん」と呼ぶようになりました。

母が2人出来て、本当に嬉しいというのです。

次回には、沖縄の母を連れて渡米する予定だそうです。

現実は、まさに小説よりも奇なりです。

私自身の中には、父親に対する割り切れないものがまだ残っていますが、それを克服した彼女の赦しの心のすばらしさには感銘を受けました。

母への愛と感謝に根ざした恩返しの一念が生んだ感動の再会物語でした。

「46年ぶりの奇跡の再会-1」

okinawapic1.jpg沖縄のあるFM放送を聞いたという友人から、少しうわずった声で感動物語を聞きました。

主人公は、ひとりの女の子です。

彼女は、小学生の頃は、「クロ」と言うあだ名で呼ばれ、中学校に上がり、さらに転校した学校では「ナ‐ビヌスク‐」(鍋の底)と言われ、心傷つく悲しい思いをたびたび経験してきました。というのも、父が黒人の米兵、母は沖縄の女性、二人の間に生まれたのが彼女だったのです。

単なる肌の色の違いが、彼女をかくも厳しい境遇へ追いやる大きな要因のひとつとなりました。

さらに、彼女が乳飲み子の頃に、父親は母親を置いて米国に帰ってしまったのです。

そこから、親子二人だけでの想像を絶するような苦しい生活が始まりました。

生活のための度重なる借金、そして血のにじむような苦労の連続でした。

でも、苦しい中にあっても彼女は温かい母の愛情に育まれ、素直で明るい子供に育ちました。

大人に成長した彼女は、誠実な努力の証として今ではマンションを手に入れ、高級車に乗るまでに成功しました

極貧から這い上がり、豊かな生活を手にした彼女は、これまでの母親の御恩に報いたいと考えるようになりました。

彼女の母親は、4人姉妹の末っ子。

2番目、3番目の姉たちは去る大戦で死去。

一番上の姉は、アメリカ人と結婚してハワイへ。

しばらくは連絡し合っていたものの、その後は全くの音信不通となっていました。

そこで彼女は、母にとってただ一人の身内である母の姉を探し当て、母に合わせたいと考えたのです。

もちろん、母の姉を探す当てなど全くありませんでした。

あれこれ考えた末ひらめいたのが、ハワイでかなり盛んな沖縄県人会です。

「これしかない!」と確信した彼女は、早速行動を起こしました。

当地ハワイの県人会の方々に連絡を取り、母の姉の消息捜査を依頼。

その後粘り強く手がかりを求めます。

しかしながら、なかなか手がかりは見つかりません。

半ばあきらめかけていたまさにその時に、懸命に捜索を続けてくれた県人会から消息が分かったとの連絡を受けたのです!

彼女は、早速会社から一週間の休暇をいただき、母を伴ってハワイへ急行。

そこで、なんと46年ぶりの奇跡の再会を果たしたのです!!

涙、涙、涙……、感動、感動、感動……。

そして、喜び、喜び、喜び……、感謝、感謝、感謝……の一週間でした。

母を思う娘の祈り、切なる願いを、天はしっかり受け止め叶えてくれました!

幼い頃傷ついた心は、天が決して自分たちを見捨てなかったとはっきりと知る、この奇跡の再会により癒されました。

母への感謝とご恩返しの一念が生んだ感動の再会物語でした。

ところが、この物語には後日譚があるのです……!

さらに感動の後日譚、次回をお楽しみに!

2007年11月 8日 (木)

「黄色いハンカチ」

kiiroihana1.jpg

今日、「黄色いハンカチ」というアメリカで実際に起こった出来事に関する記事を読みました。

めっちゃくちゃ感動して久しぶりに泣きました。

家内に話したら、「とても有名な話よ。同じような話が確か高倉健が主演する山田洋次監督の映画にもなっていたはずよ。」とのこと。

知らなかったのは、どうやら私だけみたい……です。(^_^;)

でも、それはどうでもいいんです。

まだ、聞いたり、読んだり、観たりしたことのない方、是非お読み下さい!

ちょっと長いのですが、本当に泣けますよ!!

1957年春の週末のある日、シカゴの下町にあるバスターミナルからセントルイス経由で南部に向かう1台のグレイハウンド長距離バスが出発しました。

中には、イースター休暇を故郷ですごすために数人の学生たちが乗りこんでいました。

身軽な服装で、ギターなどをかかえて、楽しい旅行に今出発したところです。

バスは快スピードでイリノイ州の豊かな農業地帯を南下します。

ところで同じバスにひとりの初老の男が乗っていることに、若者たちはだいぶ前から気づいていました。

そうとう痛んだ灰色の服を着て、荷物といったら薄汚れたボストンバッグひとつ。

疲れ切ったその顔は、物思いに沈んでいるようでした。

やがてバスは、とある小さな町の郊外にあるレストランの前に停車しました。

30分の間休憩です。

その間に乗客たちは昼食を食べるためにみんな車をおりました。

しかし例の男はひとりバスの中に残っていました。

やがて時間がきてバスは再び走り出しました。

車中はまたにぎやかになりました。

そしてふたたび休憩地に着いて、みんなは冷たいものを飲み、ハンバーグなどを詰め込みました。

今度はその男も車を降りましたが、店のすみでコーヒーを一杯すすっただけでした。

学生たちは、この男のことが少し気になり出していました。

「あれでお腹がすかないのかなあ。」

「お金がないのかしら……。」

ひとりの女子学生が思い切って声をかけました。

「おじさんサンドイッチをひとついかがですか。」

男は微笑して、ひとつ取り、礼を言いましたが、あとはどんなにすすめても、それ以上は取ろうとしませんでした。

こんなことがきっかけで、この口の重い男は手短にぽつりぽつりと身上話を始めました。

彼は過去5年間刑務所にいました。

3日前に仮釈放されたばかりです。

実は、5年前に彼は刑務所から妻に手紙を書いたのです。

「おれのような男を待つ必要はない。よい機会があったら再婚しなさい。ただ子供たちだけは愛してやってほしい。今後文通も必要ない。」

バスの中はしーんと静まり返ってしまいました。

学生のひとりがたずねました。

「それなのに、あなたは今、その奥さんの所へ帰ろうというのですか。」

男はいらいらしたようにこう言いました。

「釈放と同時に、私は何年ぶりかで、もとの住所宛で女房に速達を出しました。今でもそこに住んでいるかどうかもわからないんですがね。私はこのバスの時間を知らせてこう書きました。『もし迎えてくれるなら、村はずれの樫の大木にハンカチを結びつけておいてくれ』と。もしハンカチがなければ、私はこのまま乗り過ごして行くつもりです。」

今やバスの乗客はひとり残らず、彼の運命の瞬間を、胸を押しつぶされる思いで待ちました。

もう雑談する者もいなくなり、バスのエンジン音だけが快調に響いているだけでした。

やがて男がぽつりと言いました。

「次の村です。教会の塔が見えはじめたら、右側にやがて樫の木があるはずです。」

乗客はみな右側の座席に移り、じっと外をながめました。

バスが小さなカーブを切ると、遠くに教会の尖塔が見えてきました。

「ああ、私は見ることができない……。」とその男はうめくように言いました。

「おじさん、目をつぶってらっしゃい。私たちが見ています。」

男は目をとじて、何か祈っているようでした。

2分の後、バスの乗客は見ました。

夕焼けに映える空を背景にそそり立つ樫の大木を……。

その枝という枝に、何十枚、いや何百枚もの黄色いハンカチが、まるで黄金の花を満開に咲かせたように'結びつけられて、春の夕風にゆれて輝いているのを……。

バスの中には歓声とすすり泣きの声がわきあがりました。

運転手は、高らかにクラクションを吹き鳴らして、その木の前にバスを臨時停車させました。

学生たちがギターの伴奏で歌う「ゴーイング・ホーム」の歌声の中を、その男は涙でくしゃくしゃになった顔をふり向けて、「皆さん、ありがとう」「皆さん、ありがとう」とくり返しながら、バスをおりていきました。

「家族の愛」と「赦し」が如何にすばらしいものであるか、骨の髄まで味わい、再確認しました……。

2006年6月22日 (木)

家習る外習(ヤーナレールフカナレー)

umitosora30.jpg 沖縄の黄金言葉に「家習る外習(ヤーナレールフカナレー)」というのがあります。

直訳すると「家での習いが外での習い」すなわち家庭での行いや習慣は、外に出たときにあらわれるという意味です。

家庭においてきちんとしつけられた子供は、どこにあってもきちんとした行動が取れるようになり、周りに対する心遣いや配慮が自然にできるようになります。

特に礼儀作法は家庭で学び身につけるべきことであり、十分な配慮が欠けてしまうと、日常事だけにその家の教育程度を窺い知られてしまうことになりますよとの忠告が込められています。

親はよくよく子供をしつけ、子は親の忠告を良く心に留めて日頃から良い習慣を身につけましょうという家庭教育の大切さを説いた黄金言葉です。

6人の子供を抱える私にとっては、本当に大きなチャレンジです。

ところで、この「ヤーナレールフカナレー」に関するおもしろいエピソードを聞きました。

先日の父の日を前に、小学校の教師をしている私の姪がちょっとした失敗をしてしまった際のお話です。

彼女は、父の日に備えて子供たちに書かせたお父さんの似顔絵入りのお手紙を、金曜日に子供たちに持たせるのを忘れてしまったのです。

金曜日の晩、思い悩み色々考えてから、彼女は翌日の土曜日に生徒の家を一軒一軒廻り、お詫びも含めてそのお手紙を届けることにしました。

一人の女の子の家を訪問したときのことです。

「先生また失敗してしまったさ~。さゆりちゃんごめんね~。」

するとその子何のためらいもなくいわく、

「先生、こんなのしっぱいってはいわないよ~。また、しっぱいはせいこうのもとっていうでしょ。気にしない気にしない。先生みんなの家あまりよくわからないでしょ。私がいっしょにまわってあげるよ~。」

お母さんの許可をいただいて一緒に一軒一軒廻ることになったのですが、道々運転している姪のそばで書類を広げ、不慣れな姪にしっかり道を教えてあげたとのことです。

「先生、次は~~のお家でしょ。このちかく、あっ! あの角を右だと思うよ。」

おかげで、楽しくスムーズに全員の家を無事廻ることができました。

とても助かりまた感心した姪は、マクドナルドでその子にご馳走してあげたのですが、その際も、

「さゆりちゃん、もっと食べたいのな~い? たくさん注文してもいいよ。今日、先生本当に助かったから……」

するとその子いわく、

「先生、本当にいいの? じゃ~私はいいけど、お姉ちゃんに持っていってもいい? お姉ちゃんいつもはうるさいけど、なかなかやさしいから……。」

「もちろん、いいよ!」と姪。

姪が言うには、その子は、いつも明るく賢く前向きで、なおかつ周りの誰に対しても優しい心配りができる本当に頼りになる子だそうです。

父親や母親の愛情たっぷり込めた日頃の家庭での教育が、とてもしっかりとしたものであることがよく分かります。

「ヤーナレールフカナレー」まさにその通りです。

わが家も腕白坊主たち相手にもう少し真剣に取り組まなければなりません……(^_^;)

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