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2011年12月13日 (火)

「チロルのうた」-きよしこの夜

Organ01教会のオルガンが壊れてしまいました。クリスマスまで、あと少ししかありません。オルガンの代わりに何でクリスマスイブの音楽を演奏すればよいのでしょう。

オーストリアの小さな村、オーバンドルフは、雪に埋もれてひっそりとしていました。晴れ渡った夜空に冬の星がきらきらと輝く夜でした。牧師のジョセフ・モアは、雪をかきながら、森の中の道を木こりの家へと歩いていきました。木こりのおかみさんは、赤ちゃんを産んだばかりなのです。

Shunoseitan01たどり着いたときは、もう夜更けでした。チラチラ燃える火の光に照らされて、お母さんになったばかりの女の人が見えました。おおいかぶさるようにして、ちっちゃな赤ちゃんを見ています。ちょうど、マリヤと、ベツレヘムの馬小屋で生まれたイエス・キリストのようでした。

モアは、しんと静まり返った美しい冬の森の中を、村へと引き返しました。頭の中に「きよしこの夜…」という歌が浮かんできました。家についてからも、モアの心はその歌でいっぱいでした。寝ることも忘れて夜明けまで書きました。

翌朝早く、モアは、この歌に曲を付けられたらなあと思いました。そうです。親友のフランツ・グルーバーがいます。グルーバーは学校の先生で、教会のオルガニストもしていました。モアは、その歌を持ってグルーバーの家へ走っていきました。グルーバーはギターを弾きながら、二部合唱の曲を付けました。

雪に埋もれたオーバンドルフの教会で、グルーバーは初めてこの歌を歌いました。1818年のクリスマスイブのことでした。この歌が、世界中の子供たちの大好きな「きよしこの夜」なのです。

この歌は、初め「チロルのうた」という題で、4人の子供たちが歌っていました。ふたりの男の子とふたりの女の子の4人兄弟でした。

ある時、この4人はライプチヒに行って歌いました。この歌が、あまりに美しかったので、コンサートで歌ってくれるようにとサクソニー王国の音楽の指揮者が頼みに来ました。

1850年には、ベルリンの王室合唱団が、フレデリック・ウイリアム4世の前でこの歌を歌いました。ウイリアム4世は大変喜び、歌と曲を作った人に会いたいと言いました。このときモアはもうこの世にいませんでしたが、フランツ・グルーバーは、この曲を作った人として尊敬されていました。グルーバーのギターは、今もハルバインの博物館に飾ってあります。

193年たった今年のクリスマスにも、ベツレヘムにお生まれになったイエス・キリストを思い出すために、世界中の子供たちが、美しい「きよしこの夜」の歌を歌うことでしょう。オーバンドルフのふたりの友だちどうしが作ったあの歌を…。

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