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2011年12月 2日 (金)

「ハンディを成功のバネに……」

Harimoto01

昭和56年に野球選手として現役を引退するまで超人的な活躍を続け、3085本という通算安打日本記録を樹立した張本勲氏は、シアトルマリナーズのイチロー選手に日米通算安打を3086本と更新されるまで、日本プロ野球界に君臨し続けていました。

その傑出した記録を打ち立てた張本氏は、人知れぬハンディを抱えていました。

昭和15年に広島市で産まれた張本氏は、4歳の頃に友達と焚き火を囲んでいたところ、後方不注意のまま後進してきた1台のトラックに押されて、焚き火の中に突っ込み、右半身に大きな火傷を被ってしまいました。その火傷により、右手の薬指と小指は癒着して離れなくなり、また右手の親指と人差し指も内側に曲がったまま、二度と戻らなくなってしまったのです。

しかしながら、この大きなハンディをものともせず、プロ1年目には打率.275、13本塁打で新人王を獲得しました。さらにその勢いはとどまらず、4年連続を含め7度の首位打者、打率3割以上を16度マークなど数々の記録を刻み続けましたが、それほどの活躍を見せ続けていた現役中は、ハンディを負った右手を、絶対に他人に見せなかったそうです。

真実を知ったテレビ局が「撮影させてほしい」と言ったときも、頑として断わり続けました。NHKで解説を務めていた「打撃の神様」こと川上哲治氏だけには、唯一その右手を見せたそうですが、川上氏は「よくぞ、この手で…」と絶句して涙ぐんだというエピソードが語り継がれています。

野球のプレーにおいて、たとえ何らかの影響があったとしても、「右手のせいでそうなった」とは言いたくなかったからだ、と張本勲氏は述べています。

自らのハンディをも乗り越え、大きな偉業を残した張本氏の強い心を私たちも見習いたいものです。

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