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2011年12月12日 (月)

「天よりの恵み-魂の癒し」

琉球大学に在籍していた学生の頃、2年間休学し、バイトで貯めたお金を持って末日聖徒イエス・キリスト教会の専任宣教師として大阪伝道部での伝道活動に携わりました。

主に和歌山と大阪を拠点に少しでも人々に回復されたイエス・キリストさまの福音を伝えるべく、東奔西走しておりました。

大阪城のすぐそば、造幣局へ続く美しい桜並木で有名な淀川沿いの天満橋にも一時期住んでいました。

そこで伝道活動やボランティア活動にいそしんでいた昭和60年夏、石原さんというおじいさんにお会しました。 彼との出会いの中で、私が生涯忘れないであろう感動的な経験をしました。天の恵みが注がれ、まさに魂の癒しを目の当たりにした奇跡の物語です。

1985年10月6日の日記から、その物語を紹介します。

<1985年10月6日 大阪天満橋支部にて>

「2カ月ほど前に、ある55才のお父さん(石原さん)にお会いしました。彼は今年の2月に最愛の奥さんを亡くされ、3年間の病院生活の末抱えてしまった300万円もの借金返済に疲れ果て、真剣に自殺を考えていたようです。

彼は毎朝3時に起き、新聞配達をされて後、昼間の保険の仕事で本当に大変な毎日を送っておられます。そのように時間に追われた大変な中、忙しい合間をぬってレッスンが始まりました。

彼が初めて教会にこられた8月18日(日)に、来日していたモルモンタバナクルクワイヤーの4人のメンバーが天満橋支部の集会に参加して下さり、讃美歌23番「恐れず来たれ聖徒」を歌って下さいました。

そのコーラスや支部の会員の方々の暖かい歓迎に感激した彼は次のようにおっしゃいました。 『妻を亡くした寂しさでぽっかりと、しかも大きく穴の空いていたわたしの心がこの教会の教えによって何か暖かなもので満たされたようです。

わたしは色々な宗教、色々な教会に寄させていただきましたが、この教会はいずれとも大きく異なっています。それはこの教会が生きた教会だと強く感ずるのです…。』

その彼がその後間もないある土曜日、新聞配達の途中、ダンプカーとの接触事故で背骨を強く打ち、1カ月間の病院療養の勧めを医者より言いわたされてしまいました。しかしながら彼にはそのような経済的、時間的な余裕などありません。

翌日彼を教会にお誘いするために家を訪問した私たちは初めて前日の事故について知りました。彼は全く動くことが出来ず、本当に痛々しい様子でした。 けれども、その背骨の痛みに苦しむ彼の口からでた言葉は、『安里長老、大丈夫です。これも神様が、神様御自身を真に信頼して歩むようにとわたしに与えて下さった愛のむちです。神様をうらむ気持ちは少しもありません。心配しないで下さい…。』

その晩、私と同僚はみたまの強い促しに身をまかせて、石原さんに神権による癒しの儀式を説明するために再び彼のもとを訪れました。彼は私たちの話に強く心を動かされ、ぜひその儀式を受けさせて下さいとお願いされました。

『石原さん、イエス・キリストが神の御子であり、私たちの救い主、あがない主であること、あなたの信仰に応じてイエス・キリストがあなたを癒して下さると信じますか。』との私の質問に対して、彼は『信じます。』と答えて下さいました。

私と同僚のコール長老は彼の頭に手を按き、祝福を授けました。本当に特別な儀式でした。

彼は多少の痛みを訴えながらも翌日から仕事に出かけ、1カ月間入院療養が必要との医者の言葉を完全にはねのけてしまいました。

そしてその一周間後、十二使徒であるL.トム.ペリー長老が出席なさった神戸での合同地区大会において奇跡が起こりました。

彼は大勢の人々の間に入り、退場なさるペリー長老と握手されましたが、その時、石原さんは自分の背骨の傷が完全に癒されるのを感じたそうです。本当に不思議なことです。

しかしながら、その日、単なる肉体の癒しという奇跡だけでなく、霊の癒しという大きな奇跡が起こりました!

…合同地区大会の前の晩9月14日(土)私と同僚は最後の確認のために石原さんのもとを訪問し、大会へ共に参加して下さるようにお誘いしました。彼は多少躊躇している様子でしたが参加して下さると約束して下さいました。

初め彼の顔の曇が何を意味するのか分かりませんでしたが、大会に参加するための電車賃を心配しておられることがその様子から次第に判ってきました。でもあえて参加して下さるようお願いしました。

その後の彼の話から、その時彼が持っていたすべてのお金は2千円だけでした。そして3日後の火曜日にはかなりの額の借金を返済しなければならず、彼はそのお金を友人の家を廻りお金を借りるための電車賃に充てようとしていたそうです。 …けれども、彼は大会にきて下さいました。

主を信頼し、主にすべてをゆだね、主が特別な導きを与えて下さるようにとの真心からの祈りを心に持ち、参加なさいました。主の僕に会うためには先ず身を清めてからと、私たちが訪問した土曜日の晩220円で風呂に入り、翌日の日曜日会場(神戸)までの往復に1,200円を使い、残りのわずかなお金で何とか工面しようと心に決めたそうです。

当日、彼は普段と変わらぬ様子ですが熱心にペリー長老や他の指導者の話に耳を傾けておられました。大会中、彼は主の導きと祝福を求めて真心から祈っていたそうです。大会後、彼は背骨の癒しという奇跡と指導者の話に心を熱いもので満たしつつも、果たして借金返済のめどを立てることが出来るだろうかとの不安で複雑な気持ちだったようです。

私たちと別れてすぐに友人のもとへ行かれ何軒かにお願いしました。でも結果は惨憺たるものでした。

疲れた心と体を引きずって小さなアパートに戻ってきた頃にはもうすっかり日も暮れ、言いようのない寂しさで押しつぶされそうだったそうです。お金は全く借りることが出来なかったのです。

彼の心の中には神様をうらむ気持ちは少しもなかったようですが、生きる気力がほとんど失われそうでした。

彼は自殺を意識しながら部屋の中の細々としたものを整理し始めました。初めに手掛けたのは今年の2月に亡くなられた奥さんの服を納めた数個の箱でした。

福音の素晴らしさを体感しながらも、子どももなく、最愛の奥さんを亡くされた深い悲しみやあまりにも重すぎる借金苦は、彼をして極限まで追い詰めてしまいました。 でも神様は確かに生きておられ、一人ひとりの祈りを必ず聴き届け答えて下さいます!

死を意識しつつ整理していったその奥さんの服の間から1冊のノートが出てきました。そしてそのノートには奥さんが生前蓄えてあった貯金の証書がはさまれてあったのです。 さらにいくつかある証書の金額(預金残高)の合計がその利子をも含めると、彼の持っているすべての借金を支払ってもなお余りがあるというのです! 信じ難いことです!

彼はこの本当に大きな主の恵みと祝福を通して大きな喜びと証を得ました。

彼はこのようにおっしゃいました。『安里長老、私は出てきたお金を決して手をつけることなく人々のお役に立てるように使いたいと思っています。私も男です。すべての借金は自分の腕で働き、返済していきたいと思います。 神様は私に生きる希望と私を決して見捨てないという確信を下さいました。私はそれだけで充分なのです。』

神様は確かに生きておられ私たち一人ひとりをこよなく愛しておられることをはっきり知ることが出来ました。また神様は確かに私たちの祈りに答えて下さることをはっきり知りました。」

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