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2011年11月

2011年11月30日 (水)

「思いと人格」

Jamesalen01ジェームズ・アレン氏は、次のように語っています。

「私たちは、自分自身の思いによって、自分を素晴らしい人間に創り上げることも出来れば、破壊してしまうことも出来ます。

心という思いの工場の中で、私たちは、自分自身を破壊するための兵器を作り続けることも出来ますし、強さと喜びと穏やかさに満ちた美しい人格を創るための、優れた道具を作り続けることも出来るのです。

正しい思いを選んでめぐらし続けることで、私たち気高い、崇高な人間へと上昇することが出来ます。と同時に、誤った思いを選んでめぐらし続けることで、獣のような人間へと落下することも出来るのです。」

「人間は思いの主人であり、人格の制作者であり、環境と運命の設計者である」 まさにその通りです。

義にかなった積極的で建設的な思いは、大いなる祝福を引き寄せる非常に重要な鍵です。思いを制することのできる人は、すべてにおいて成功を収めることが出来るようになることでしょう。

ヒンズー教の教えの中に以下のようなすばらしい詩があります。

「心が変われば、態度が変わる。

 態度が変われば、行動が変わる。

 行動が変われば、習慣が変わる。

 習慣が変われば、人格が変わる。

 人格が変われば、運命が変わる。

 運命が変われば、人生が変わる。」

結局、思いを制し、心を変えることによって運命を変えることが出来る教えています。

悪の誘惑や力をはるかに遠ざけ、すべてに感謝してすべての事柄に前向きかつ積極果敢に取り組んでいきましょう。

「原因結果の法則」

Jamesalen01_2ジェームズ・アレン特集第三弾です。

彼は次のように語っています。

「私たちの人生は、ある確かな法則にしたがって創られています。私たちがどんな策略を用いようと、その法則を変えることはできません。『原因と結果の法則』は、目に見える物質世界においても、目に見えない心の世界においても、常に絶対であり、揺らぐことがないのです。」

私たちが正しい良い思いを持ち良い行いをするなら、必ず良い結果と良い祝福を受け、悪い思いや行いからは決して幸福を生じることはないと教えています。すなわちこの世で恵まれて、喜びを得、幸福になるためには、それを得るための律法とその条件に従う必要があるのです。

聖典・啓発の書である「教義と聖約」にも次のようにあります。

「わたしから祝福を受けたいと思う者は皆、その祝福のために定められた律法とその条件に従わなければならない。その律法とその条件は、創世の前から定められたものである。」(教義と聖約132章5節)

常に自らの心の光「良心」に従い、正しい動機で正しい選択ができるよう頑張りましょう。

「ジェームズ・アレン特集」

Jamesalen01以前にも紹介しましたが、私の尊敬するイギリスの哲学者にジェームズ・アレンという方がいます。

彼は1864年英国に生まれました。父の事業の破綻と死から15歳で学校を退学。以後、様々な仕事に就きながら独学で学び、38歳で執筆活動に専念します。

作家としてのキャリアは他界した1912年までの9年間と短いのですが、執筆された19冊の著書は世界中で愛読されました。

特に1902年に書かれた書籍『AS A MAN THINKETH』は、現代の成功哲学の祖として有名なナポレオン・ヒル、ディール・カーネギ、オグ・マンディーノ、ナイチンゲールなどに強い影響を与えました。いまなお、自己啓発のバイブルとして、世界中に読まれ続けています。

これからしばらくの間、彼のすばらしい霊感された教えを続けて紹介します。まずは次の名言です。

「心は、創造の達人です。そして、私たちは心であり、思いという道具を用いて自分の人生を形作り、その中で、様々な喜びを、また悲しみを自ら生み出しています。私たちは心の中で考えたとおりの人間になります。私たちを取り巻く環境は、真の私たち自身を映し出す鏡に他なりません。」

人は自分が思うような人物になり、望むような幸福な人生を送れると教えています。世の偉大な功績を残した高潔な人物たちのようになりたいと強く望み、最善の努力を重ねれば、人は必ずその望みの通りの人物になれると教えています。

文字通り、人はその思いと望みのままに、自らの人格を高め、生活や人生をより良いものに変えていく力、周りの人々によい感化を与える力を自らの内に秘めているのです。

2011年11月28日 (月)

「最後は自らが積み上げたものが、拳に宿る!」

Takamura01子供たちが読んでいる漫画に「はじめの一歩」という漫画があります。

わが家では子供たちに漫画は決して薦めず、多くの良書を読むように勧めているのですが、「はじめの一歩」に関しては小言を言わないようになりました。

ある日、息子のひとりが「お父さんこのマンガなかなかいいよ。読んでみて。」と持ってきたのが、「ブライアンホークVS鷹村守のタイトルマッチ」です。

「はじめの一歩」には、主人公の幕之内一歩をはじめ、ジムの仲間や色々なライバルたちなどの試合がたくさん描かれていますが、描かれているボクシングの試合のひとつ一つに、人生訓のようなものを教えられている気がします。

その中でも最高だったのが、「ブライアン・ホーク(WBC王者)VS 鷹村守(WBC1位)」の、WBC世界ジュニアミドル級の一戦です。本当に感動し、涙を浮かべてしまいました。

それまでに膨大な練習と努力を重ね、世界王者ブライアン・ホークに挑もうとする鷹村に、試合前の控え室で鴨川会長は、こんな言葉を伝えます。

Hajimenoippo02

「努力した者が全て報われるとは限らん。しかし、成功した者は皆すべからく努力しておる。ここにおる者全てがキサマの努力を目撃し確認しておる。自信を持ってリングに上がれ。最後は、キサマが積み上げたものが、拳に宿る!」

このセリフは、ファンの間でもとても注目度の高い名言で、講談社の「週刊少年マガジン」の編集部にも訓戒として貼られているそうです。

死闘の末、鷹村守はブライアン・ホークを倒し世界の頂点に立ちました。本当に感動の物語です。

弛まぬ努力をしている人、絶えず努力をしてきた人には必ずや天の力が宿ります。天が力を添えるのです。一歩や鷹村のように涙ぐましいほどの努力の末、積み上げてきたすべてには、奇跡を起こす力が宿ります。

どのような職業であれ、その道を究めるためにうまずたゆまず努め励み、すばらしい仕事をしている人、すばらしい成果を残している人、すばらしい作品を生み出している人すべてを心から尊敬します。

2011年11月27日 (日)

「不可能だ-ということを信じない」

Word01マイクロソフト社のワープロソフト「Word(ワード)」を開発したリチャード・ブロディという人がいます。私は個人的に「ワード」よりも「一太郎」が断然すばらしいと思っているのですが、でもあれだけのソフトを開発できるというのは本当にすごいことです。その彼が次のように語っています。

「できない、才能がない、もう限界だ、私には難しすぎる……。そう信じないようにすれば、自分にとって一番大切なことを、実現できる時期は早まる。」

全世界で何億という人々が毎日愛用するソフトを開発するということは並大抵のことではないと思います。開発者たちの苦労は推して知るべしです。様々な壁にぶつかり、ある時には挫折しそうになり、くじけそうになり、投げ出しそうになることがあるかもしれません。

ブロディの上記の信念は、まさに決してあきらめずに地道に努力する人には必ず道が開けることを示しています。

私には大きな夢があります。その夢の実現のために毎日一生懸命努力しています。

今日からは「できない、才能がない、もう限界だ、私には難しすぎる……。」とは決して思わず、口にも出さず、さらに心と力を注いで頑張りたいと思っています。

2011年11月26日 (土)

「失われた家族の再生」

末日聖徒イエス・キリスト教会が制作したビデオ「失われた家族の再生-Rescue The Family-」(~オピニョンリーダーよりの提言~)が現在YouTubeで閲覧可能になりました。

「失われた家族の再生」は、家族が崩壊しつつある現代において、いかに家族が重要な存在であるか、末日聖徒イエス・キリスト教会の教えがどのように家族を幸せにするかを、教会の指導者のみならず、第一線で活躍するオピニオンリーダーの方々へのインタビューから、様々な提言をいただくことが出来ます。

家庭や家族の絆の重要性についての有意義な提言です。是非ご視聴下さい。

「失われた家族の再生」
-Rescue The Family-
~オピニョンリーダーよりの提言~

過去および現在の偉人たちは家族の大切さについて次のように語っています。

01

「どんな時代であろうと、どんな時勢であろうと不変のものが一つあります。父親、母親である皆さん、子供があるならば、まず子供たちを優先しなければなりません。本を読んだり、抱き締めたりして愛を示さなくてはなりません。家族としての皆さんの成功、社会としてのわたしたちの成功は、ホワイトハウスではなく、皆さんの家庭の中で起こることにかかっているのです。」(バーバラ・ブッシュ元大統領夫人「リアホナ」2005年10月号 p.4)

B4

「さて父親の皆さん、皆さんに覚えていただきたい。主の仕事の中で最も大切なのは、あなたの家の囲いの中で行う仕事である。……最も重要な仕事はあなたの家庭の囲いの中にあるのである。」(ハロルド・B・リー「堅固な家庭」1973年 パンフレット P.7)

F2

「これらを専門家に任せず、あなた自身の説伏と模範により、炉端で子供に教えなさい。あなたが真理の専門家になりなさい。集会、学校、組織を単なる指導教師ではなく、自分のものとし、それらを家庭における私たちの教えと訓練を補うものとしなさい。」(ジョセフ・F・スミス「福音の教義」 P.292)

<

O4

p>「私は、家庭ほど幸福を味わえる所はほかにないことを知っている。私たちは、天国のような家庭を築くことができる。天国は理想的な家庭の延長であると私は申し上げる。」(デビッド・O・マッケイ「大会報告」1964年4月 P.5)

自らの家族を強め、堅固な家庭を築くことが、結局は地域社会を強め、国を強めることにつながると教えています。私自身にとっても大きなチャレンジですが、自分に出来る小さくて簡単なことから取り組んでいきたいと思っています。

以前も紹介した、「素晴らしい家庭12箇条」を再度紹介します。共に楽しく取り組みましょう。

「素晴らしい家庭12箇条」

Family03

1.素晴らしい家庭には信仰がある。宗教的な心情から家庭は浄化される。宗教的な心情とは目に見えないものを大切にする心である。

2.素晴らしい家庭にはいたわりと尊敬と愛情が充ちあふれている。何故なら、愛情は魂の糧だからである。

3.素晴らしい家庭は家族がそろって健康である。心身共に健康な家にはいつでも笑いが絶えない。

4.素晴らしい家庭は夫婦が仲良く尊敬し合い、愛情の表現が豊かである。

5.素晴らしい家庭には必ず良い教えがある。良い教えとは、人のため世のために奉仕する精神である。

6.素晴らしい家庭には美しい言葉がある。美しい言葉とは美しい心の表現である。

7.素晴らしい家庭には若さがある。若さとは学ぶ姿勢である。だから素晴らしい家庭では家族が良く書物を読む。読書は若さと進歩の秘訣である。

8.素晴らしい家庭にはユーモアがあり、食事が楽しくおいしい。そしてほめ言葉があふれている。

9.素晴らしい家庭は常に美しく整理整頓、清掃されている。居は人の心を映すものである。

10.素晴らしい家庭には良いきまりがある。そのきまりを守ることによって家の秩序が保たれている。

11.素晴らしい家庭は腹を立てない。寛容の心がみなぎっている。感謝の心は最高の美である。

12.素晴らしい家庭には憩いがあり、家族みんなの話し合いの場がある。そして日々に進歩している。

 私たちの心は常に光に向かっている。その光を求めて多くの人々が集まってくる。それを繁栄といい、豊かさというのではないだろうか。

2011年11月25日 (金)

「まず理解することを求めよ!」

R01ユダヤ人の格言に次のようなものがあります。

「人には口が一つなのに、耳は二つあるのは何故だろうか。それは自分が話す倍だけ他人の話を聞かなければならないからだ。」

とても大切な原則が説かれた興味深い解釈です。

世界的なベストセラー『七つの習慣』の作者であるスティーブン・R・コヴィー氏も次のように語っています。

「まず理解することを求めよ! 問題が起きる前に、評価したり処方したりする前に、自分の考えを打ち出そうとする前に、まず理解しようとする。それが相互依存の強力な習慣なのである。真にお互いを深く理解する時、創造的な解決や第三案の扉が開かれる。」

問題に直面した時、創造的な解決や第三案の扉を開く鍵がお互いを深く理解することであり、その大切なステップが相手に耳を傾けるということです。

私たちの耳が相手の物心両面における必要を聞き分ける愛と忍耐の耳になれるよう願っています。

2011年11月24日 (木)

「神の最上の賜物」

01世に多大な貢献をし、世界史にその名を残した偉大な偉人たちの多くは、聖書の神の御言葉から大いなる霊感と力、導きを得ていました。

彼らは次のように語っています。

「わたしは、聖書をこれまでに神が人類に与えた最上の賜物と信じる。世界の救い主から発する一切のよきものは、この書を通してわれわれに伝達される。」(アブラハム・リンカーン)

「神と聖書なしにこの世を正しく統治することは不可能である。」(ジョージ・ワシントン)

「聖書を読むことその事が教育なのである。」(アルフレッド・テニスン)

「いかなる世俗の歴史におけるよりも、聖書の中には、より確かな真理が存する。」(アイザック・ニュートン)

彼らの業績と成功は、熱心に神の言葉を求め、神とその教えに忠実に従う中で得られたものです。その中で、自らの良心の声に耳を傾け、強い信念あるいは信仰の下に自ら正しいと信ずる事柄を断固として行ってきました。

世を導き、世の人々のより良い生活と幸福に貢献した偉人たちの多くが、聖書をその力の源としていたのです。

私自身も偉業を成し遂げた先人たちの模範に真心込めて倣い、聖典を愛読し、さらに熱心に聖典を研究していきたいと思っています。

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ジョージ・ワシントン  アルフレッド・テニスン アイザック・ニュートン

2011年11月23日 (水)

「心の強さは鍛錬によって大きくなる」

Jamesalen01私の大好きなイギリスの哲学者ジェームズ・アレンは次のように語っています。

「思考と目標が結びつかない限り、価値ある物事は達成されえない。人生の目標を持たない人々は、極めて容易に不安や恐怖、自己憐憫などの犠牲者となりがちである。」

人を目標に向かわせる力は、「自分はそれを必ず達成することができる!」という信念から生まれます。疑いや恐れは、その信念にとって最大の敵です。

私たちの物の見方、考え方が積極的なものとなり、それが私たちの価値ある目標と結びつく時、私たちは大きな事柄を成し遂げることができるようになると教えています。

たとえ私たちの心が最初から強いものでなくても大丈夫です。現時点でいつも積極的な気持ちを持つことができていなくても大丈夫です。アレンは次のように言っています。

「心の強さは持続的な鍛錬によってのみ開発される。虚弱な心を持つ人間も、それを正しく力強い思考を意識的かつ持続的にめぐらし続けることによって強化できる。」

要は心も体も鍛え続けることによって強くたくましくなれると教えているのです。

日々の生活の中で、何か自分にできる小さな事柄をコツコツ一日も妥協しないように努めながら続けることで、自信を育み、心を強くし、そして自らの目標を達成する力を得られるようになります。

コツコツ続けていきましょう。

コツコツに関する記事 → コツコツ-たゆまない小さな努力の積み重ね

2011年11月22日 (火)

「家族の日」「家族の週間」

2011年11月20日(日)の琉球新報の「論壇」に私が投稿した「家族の日」「家族の週間」に関する記事が載りました。以下に紹介します。

<国、地域社会の基本は家庭>

新聞の切り抜き記事「家族の日」「家族の週間」

ある日子供たちがどのようなマンガに興じているか確認しようとしていた時のこと、彼らの肩越しに次のようなフレーズが私の目に飛び込んできた。

「人の幸福とは家族の中にこそあるのです。家族を守ることが国を守ることにつながり、家族の絆を弱めてしまうということは、先祖への誉れや未来の子孫の幸福や祝福を損なってしまうことにつながるのです。それを忘れないで下さい。」

私は感動で、釘付けになってしまった。そして、何冊か読ませてもらった。根底に、家族や人々の幸せを願う優しい心に支えられた作者の理想や理念、信念がしっかりと流れている良い作品ばかりだ。もちろん内容すべてが手放しで勧められるものでもないが、子供たちにマンガについてあまり小言を言わなくなった。

O4_2彼らが読む作品には、アメリカの偉大な教育者デビッド・O・マッケイ氏の以下の言葉に通ずるものがある

「私たちに与えられた最も貴い財産は家族である。家族関係は何にも勝るものであり、この世にあって他のいかなる社会的結びつきよりも価値のあるものである。何といっても一番心を動かす力があるのは家庭であり、家庭こそ底知れない愛の源である。

家庭は人間としての徳を学ぶ大切な場である。……愛のもとに一致した家族は、いかに貧しくとも、他のいかなる富にも増して神と将来の人類にとって大きな価値を持つのである。」

沖縄県警「平成21年度少年等非行の概況」によると、刑法犯少年の検挙・補導人員は1,610人で、前年と比べると125人減少したが、全刑法犯に占める少年の割合が36.6%を占め、さらに全窃盗犯に占める少年の割合は44.8%で約半数を占めている。

刑法犯少年のうち中学生が約60%、高校生が15%約を占めており、沖縄県は全国平均に比較すると中学生の割合が約1.5倍と高くなっている。

堅固な国家および地域社会の最も強力な基であるはずの家庭が今非常に大きな危機にある。前述の勧告は、まさに今の私たちに向けて語られた警鐘だと強く感じている。

国の基本的強さは家族にあるとの認識から、内閣府では「家族や地域の大切さ等についての理解の促進を図る」ために、平成19年度から「家族の日」「家族の週間」を定めている。今年の「家族の日」は11月20日(日)、「家族の週間」は11月13日(日)~11月26日(土)である。

学校や地域との連携を深めながらも、幸福な家庭および真の家庭教育力の回復に全県をあげて取り組む必要があると思う。「いかなる成功も家庭の失敗を償うことは出来ない」(マッケイ氏)のである。

2011年11月21日 (月)

「幸せになる選択を行う」

R01スティーブン・R・コヴィー氏は次のように語っています。

「人が深い傷を受けるのは他人の行動によるものではないし、ましてや自分の間違いによるものでもない。本当は、その事実に対して自分がどう反応したかによって傷を受けるのだ。」

先日ジェームズ・アレンの「環境が人を作るのではない。環境はその人となりを明らかにする。」(“Circumstances do not make the man, they reveal him.”)との言葉を紹介しました。

もちろん幼子にとっては、自らを愛してくれる両親や家族、その周りの環境は自らの性格や知性、人格を築くに当たって非常に重要な要素になると思いますが、アレン氏の洞察はコヴィー氏の上述の言葉に相通じるものがありとても大切だと思います。

私たちの周りの環境や状況、他人の言動は、私たち自身がどのような人物であるかを明らかにするものであり、それがたとえネガティブなものであっても決して私たちをつまずかせるものではなく、私たちはどのような状況でも他人の行動によって「傷つかない」「影響を受けない」という選択をすることができると教えています。

相手のどのような行動や態度、言葉あるいは周りの状況に際しても「怒らない」「不平を言わない」「不満を言わない」「落ち込まない」という選択をすることができるということでもあります。

選択の自由を意味する英語の「Free Agency」の「Agency」には、本来「作用」という意味があります。

選択の自由とは、自らの内なる良心に適わない決定やそれに伴う選択により、周りの環境や周りの影響力に作用されるのではなく、その良心によって何らとがめを受けることのない正しい選びをすることにより、周りのものにより良い「作用」を及ぼす自由という意味です。

良心に照らして、それにそぐわないものを選択しあるいは決定し、他のものから好ましくない「作用」を及ぼされる自由ではないのです。

簡単ではないのかも知れませんが、そのような選択をすることができるよう自分を高め、訓練することはとても重要です。

それは幸福な家庭を築き、よい両親になるため大切な鍵であり、より良い人間関係、より良い人生を築く鍵でもあります。

「手が届く自分自身の目標を立てる」

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8年連続200安打・30盗塁(2001年-2008年)の偉業を成し遂げ、その後数々の記録を打ち立てたあのプロ野球のイチロー選手が次のように語りました。

「ここまで来て思うのは、まず手の届く目標を立て、ひとつひとつクリアしていけば、最初は手が届かないと思っていた目標にもやがて手が届くようになるということですね。」

また別の機会に「他人の記録を塗り替えるのは7割・8割の力でも可能だが、自分の記録を塗り替えるには10以上の力が必要だ」とも語っています。

自らの夢に向かって、まず手の届く目標を定め、地道に取り組んでいくことはとても大切だと思います。そしてそれが、他人との競争ではなくあくまでも自分自身を乗り越えるチャレンジである時、人は着実に成長し、やがては夢を実現できるのだと思います。

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車椅子金メダリストの土田和歌子さんというアスリートがいます。長野パラリンピックの車椅子1500メートルで世界新記録を更新して金メダルを獲得。1000メートルでも金メダル、100メートル、500メートルでは銀メダルを獲得し、その後の多くの大会で数々の記録を打ち立てた女傑です。

その彼女が次のように語りました。

「ひとつでもいいから、好きなことを見つける。見つけたらとことん追求。ひとつをクリアしたら、次のステップへ。これを続けていくことで、自分に自信が生まれる。そして、また新たな目標に向かって挑戦していく。」

自らの可能性を信じて飽くなき挑戦を繰り返すすばらしい模範だと思います。何か目標を定めてとことん追求していくことは自らの可能性を引き出し自信を深め、自らを高めるとても大切な取り組みです。

そして特にそのチャレンジが、他の人を幸せにするための自分を高めるチャレンジである時、それは特に大きな喜びと祝福をもたらします。

私たちも自身と他の人のための大きな目標を掲げてとことん追求していきましょう。

2011年11月20日 (日)

「真の喜びと幸福を得る道」

Jamesalen01イギリスの偉大な哲学者ジェームズ・アレンは次のように語っています。

「ビジョンを持つことだ。理想を描くことだ。あなたの心をこよなく鼓舞するもの、あなたの心に美しく響くもの、あなたが純粋な心で愛することのできるものを、しっかりと胸に抱くことだ。」

彼はそのような自らの確信に忠実に生きた本当に立派な人でした。

人を真の幸福へ至らせるそのようなビジョンや理想は、私たちを常に善へと導く内なる良心に従い、義しい生活をすることによってもたらされます。

そしてその良心の導きがもたらす実は、まさに私たちの「心をこよなく鼓舞するもの」私たちの「心に美しく響くもの」私たちが「純粋な心で愛することのできるもの」です。

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あの世界の「ホンダ」を築き上げた本田宗一郎氏も次のように語っています。

「何かを深く信じれば、誰でも自分の中に大きな力を見つけだし、自分を乗り越えることができる。」

自分自身の内なる能力を深く信じ、大きなビジョンや理想を抱いて努力する時、私たちは文字通り直面するすべての問題や困難を乗り越える力と可能性を内に秘めている大切な存在であることを悟るようになります。

そして、実際に決してあきらめずに夢を実現する力を得られるようになるのです。

少年よ、大志を抱きましょう! すなわち大きなビジョンと理想を心に描き、どのような困難も自分には乗り越えられると深く信じ、自らの内なる良心の声に心から従ってひたむきに善を行いましょう!

そうするとき「誰でも自分の中に大きな力を見つけだし、自分を乗り越えることができ」、真の喜びと幸福を得られるようになると確信しています。

「人の心に希望の灯をともす」

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私の前職の会社ニッセイ同和損保の本社は、東京築地にありますが、その目と鼻の先に聖路加国際病院というのがあります。キリスト教聖公会系の病院です。

その名誉院長および理事長は日野原重明氏という方でが、その彼が次のように語りました。

「愛とは、誰かの心に、希望の灯をともすことです。」(“Love is what lights a lamp of hope in someone's heart.”)

とてもすばらしい教えです。

「希望の灯をともす」ためには必ずしも大きなことをする必要はありません。自分にできる小さくて簡単なことをまごころ込めて行うことです。

会う人ごとに微笑みを投げかけたり、親切にその必要を満たしたり、電話をしたり、手紙を書いたり、話を聞いてあげたり、優しい言葉をかけてあげたり、質問に丁寧に答えたり……とにかく相手が「自分は愛されていて、大切にされている」という気持ちを感じられるように手を差し伸べることです。

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ヘレンケラーは次のように語っています。

「私はすばらしく尊い仕事をしたいと心から思っている。でも私がやらなければならないのは、ちっぽけな仕事をもすばらしくて尊い仕事と同じように立派にやり遂げることなのだ。」

人々の心に「希望の灯をともす」ため、小さくてやさしい事柄を「すばらしくて尊い仕事と同じように立派にやり遂げる」という心をもって行うなら、人の心が満たされ、癒され、変わるという大きな奇跡が多く起こることでしょう。

そのような奇跡を起こせる人になりたいと思います。

2011年11月19日 (土)

「手紙~親愛なる子供たちへ~」

樋口了一さんが歌う「手紙~親愛なる子供たちへ~」というすばらしい曲を見つけました。恐らく多くの方々はすでに知っていて、歌の世界に疎い私だけが知らなかったのかもしれません……(^_^;)

元々の歌詞はポルトガル語で書かれており、作者は不詳。樋口了一さんの友人、角智織氏の元に偶然届いたチェーンメールに詩が記載されていて、この詩に感銘を受けた角氏が詩を翻訳、樋口さんに見せたところ樋口さんも感銘を受けたため、曲の制作・発売に至ったようです。

年老いた親の自分の子供へ向けた切なくも感動的なメッセージが歌われています。何度も聴いて何度も涙しました。皆さんも是非聴いて下さい。

         <「手紙~親愛なる子供たちへ~」>

歌詞はこちらです。 「手紙~親愛なる子供たちへ~」

私の父はもう85才を過ぎ90才になりなんとしています。母も80才の大台に載りました。父は未だに週2、3度畑仕事に精を出す元気者ですが、往年の力は影を潜めてきています。

母もつい昨年までは畑にも出て、自然の中で鋭気を養う健康的な毎日を過ごしておりましたが、体調を崩してからは、なかなか以前のようには行けません。

これまで親孝行らしい親孝行もほとんど出来ていない自分の不甲斐なさも手伝って、この曲を聴きながら涙が溢れてきました。そして、親が元気なうちに親孝行できるよう決意を新たにしました。

すばらしい曲に心から感謝しました。

父の85歳の生年祝いの際に、父や母に心からの感謝を込めて曲を作りました。そして父や母への尊敬と感謝を込めて歌いました。その曲を以下に紹介します。タイトルは、「ただの父」です。

    「ただの父」

 ただの父 …だけど 一番立派な人

 ただの父は 疲れ切った足どりで
 日々の仕事から 小さな家に帰る
 お金も名誉も 持っては来ないけれど
 どんなに働いたかが よくわかる
 家族の喜ぶ声聞き 姿を見て 父の心は躍る
 父の帰りを その声を 皆が待ちわびてるから

 ただの父に 愛しい子供が七人
 数え切れないほどいる 父親の中のひとり
 だけど 日々の仕事に汗水流し
 生活の重荷 ひとり身に背負う
 それでも 不平のひとつ 弱音のひとつ 決して口にしない
 父の無事を 祈りつつ 家で待つ家族のため

 ただの父には 富も名誉も何もない
 数知れない群衆の中の ひとりでしかない
 けれど 毎日額に汗を流す
 眼の前に立ちはだかるものがあれば
 どんなにつらくとも どんなに苦しくとも
 黙って立ち向かう
 それらはすべて 他の何にも増して 愛する家族のため

 ただの父 だけどいつでも精魂込めて
 小さな子供たちのため 道を切り開く
 愛する母と共に 手をとり合って
 不屈の勇気もって 立ち向かう
 今は亡き祖父も そうしてくれたからと
 無言で 僕らを諭す
 時はめぐって 今僕らも 父が歩いた道歩むよ

 これが父にささげる 僕らの詩

 ただの父 …だけど 一番立派な人

私は、詩人須永博士さんの詩が大好きです。

須永さんの作品は、つらく悲しい人の痛みを自分の痛みとして感じて励ます温かさと優しさに溢れています。同時に良き事柄に向かって前向きに立ち向かっていく強さを教え、またそれを与えてくれます。

そんな須永さんの作品の中でも私は次の詩が大好きです。そしてその詩は私の父や母への尊敬と感謝の気持ちを代弁する詩でもあります。父母がさらに健康で幸せに長生きできるよう心から祈りつつ以下に紹介します。

    父ありて我が強さあり
     母ありて我が優しさあり
     父母の姿いつも忘れられず
     いつも我が人生の心の支えなり

               須永博士

「現在を精一杯生きましょう」

Gordpmbhinckley1ゴードン・B・ヒンクレー氏は次のように語っています。

「私は将来のことについてはあまり心配していません。過去のことについてもさほど憂慮していません。

過去はすでに過ぎ去ったものであり、それを変えることはできません。

将来について言えば、期待を抱けるものの、必ずしも多くの働きかけができるわけでもありません。

皆さんが対処しなければならないのは現在の事柄です。ですから、なすべきことを行うために、自分に与えられるあらゆるよい機会に積極的に取り組みましょう。」

いつも前向きで積極果敢なヒンクレー氏の生き様が大好きでした。

過去について悩まず、将来に希望を持ちつつ、現在を精一杯生きましょう。

すなわち今なすべき事柄、今できる事柄に目標を持って精一杯取り組むのです。

そうする時、必ずや道は開け、良き過去を築けると共によりよき未来を迎えることが出来ます。

「徳と誠意は天地をも動かす」

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私が心から尊敬する、黄熱病や梅毒等の研究で知られている医者野口英世は、コッホから始まる細菌学的医学権威の最後の一人ともいわれており、ガーナのアクラで黄熱病原を研究中に自身も感染して51歳で亡くなりました。

その彼が、次のように語りました。

「人は能力だけではこの世に立つことはできない。たとえ、立身しても、機械と同様だ。人は能力と共に徳を持つことが必要である。」

彼の墓石には「人のために生き、人のために死んだ」と刻まれていますが、まさに自らの言葉通りに生きたすばらしい人です。

また、以前に紹介した二宮金次郎こと二宮尊徳も次のように語っています。

「一人の人間は、宇宙にあっては限りなく小さいが、その誠意は天地をも動かすことができる。」

人格を磨き、徳を持つことの大切を強調し、その誠実さが周りの人を動かす力となるだけでなく、天の助けをも引き出す大きな鍵になると教えています。

言うは易く行うは難しですが、そのような人物になれたら本当にすばらしいと思います。

そうあれるよう「ひたむきに」努力したいです。

2011年11月18日 (金)

「自分を磨き、夢を果たそう」

イチロウ選手1.jpg私の大好きな詩人に須永博士さんという方がいます。

今日は彼の詩をひとつ紹介します。

それは以前にも紹介したイチロー選手の次の言葉に関連した詩です。

yamazaki01.jpg「ここまで来て思うのは、まず手の届く目標を立て、ひとつひとつクリアしていけば、最初は手が届かないと思っていた目標にもやがて手が届くようになるということですね。」(イチロー)

「自分を磨いています

 道は遠いけれど

 一歩一歩 近づいています

 大変なこともあるけれど

 自分をもっともっと 大きな人間にして

 夢をやりとげます

 わたしは それをやりとげるまで

 どんなことにも 耐えてゆきます」

(詩集:「自分探し」須永博士著 七賢出版)

今は手が届かない夢や目標もそのように努力し続ければ必ず実現する時が来ます。

そのためにも大きな夢、大きな目標をしっかりと定め、それをやり遂げるために、決してあきらめることなく、うまずたゆまず努力し続けましょう。

2011年11月17日 (木)

「少年よ、大志を抱け!」

Williamsclark01「少年よ、大志を抱け!」との有名な言葉は、北海道大学初代教頭ウィリアム・S・クラーク博士の言葉ですが、それには実は次のような続きがあります。

「少年よ、大志を抱け!それは金銭や我欲のためにではなく、また人呼んで名声という空しいもののためであってはならない。人間として当然備えていなければならぬあらゆることを成しとげるために大志をもて!」

偉大な事柄を成し遂げた人たちに共通していることは、清廉潔白な心と霊感された志とを持ち、高い目標を掲げて、飽くなき努力を重ねていることです。

これらの人々は自らはもちろん他人に対しても正直に生活し、自らの良心に忠実に従っているのです。私たちもその模範に倣えたら本当にすばらしいと思います。

ジェラルド・N・ランド氏は、自らの良心に忠実に生活するための秘訣を次のように語っています。

「完全な心を持っている人はだれもいませんが、汚れを捨て、本来あるべきではないものを取り除くよう一生懸命に努めれば努めるほど、聖霊に心を開くことができます。」

これはクラーク博士の「少年よ、大志を抱け!」「金銭や我欲のためにではなく、……あらゆる良き事柄を成し遂げよ!」とのチャレンジに応える大切な鍵です。

そういう意味で、「日本の若人よ、大志を抱こう!」

「悲しみに勇気と忍耐を持って立ち向かえ」

Bikutoruyugo01_2かの有名なフランスの文豪ヴィクトル・ユーゴーは次のように語っています。

「大きな悲しみには勇気を持って立ち向かい、小さな悲しみには忍耐を持って立ち向かえ。一日の仕事を終えたら安らかに眠れ。あとは神が守ってくださる。」

またスコットランドの作家アイリーン・キャディも次のように語っています。

Airinkyadi01_2

「あなたが行きづまったと感じ、もうその先へ一歩も進めないと思ったとき、そしてまた人生のすべての目的を見失ったと感じた時、それは実にすばらしいチャンスです。それは全てをもう一度やりなおし、人生の新しいページをめくる、すばらしいチャンスなのです。」

この世のすべての悲しみやすべての問題、試練、チャレンジは、天が私たちをさらに成長させるために与えられる贈り物であり、どのようなつまずきも八方ふさがりやどん底に打ちのめされた状態も、私たちの思い次第で、新たな飛躍のチャンスとなり、自らの内に眠っている可能性を大きく花開かせるすばらしい機会となり得ます。

それらに最善を尽くして勇気と忍耐を持って立ち向かい、人事を尽くしたらあとは天命を待てと教えています。

今日一日自らの最善を尽くして頑張ったら、自分を褒め、明日のことを思い煩うことなくすべてを天に委ねてぐっすり休みましょう。明日になったらまた元気一杯希望を持って明日のチャレンジに立ち向かうのです。そうするなら必ずや道が開かれます。

すべての事柄は私たちの正しい思いや望みのままに事が動くようになると信じています。聖書のマタイやマルコによる福音書にも次のように記されています。

「だから、あすのことを思いわずらうな。あすのことは、あす自身が思いわずらうであろう。一日の苦労は、その日一日だけで十分である。」(マタイ6章34節)

「よく聞いておくがよい。だれでもこの山に、動き出して、海の中にはいれと言い、その言ったことは必ず成ると、心に疑わないで信じるなら、そのとおりに成るであろう。そこで、あなたがたに言うが、なんでも祈り求めることは、すでにかなえられたと信じなさい。そうすれば、そのとおりになるであろう。」(マルコ11章23~24節)

悲しみに勇気と忍耐を持って耐え、どのような苦境にあっても決してあきらめない心を持って努める限り、希望に満ちた新しい明日、新しい人生を歩むことが出来るのです。

2011年11月16日 (水)

「オンリーワンへ向けてコツコツ努力する」

Tanakamasumi01社会教育家の田中真澄氏は次のように語っています。

「ナンバーワンの思想は他人との競争が前提だ。それは苦痛を伴う。オンリーワンの思想は自分との競争が前提だ。そこには喜びがある。」

他人との競争ではなく、自分自身を高めるため、また自分自身の限界を破るべく可能性を信じて人知れず努力することは本当にすばらしいことだと思います。それはあくまでも自分との戦いです。そのように努力している人は「かっこいい」と思います。

作家の中谷彰宏氏も次のように語っています。

「ただ一言言いたいのは、『頑張っている人』は、とてもかっこいい、ということ。そういう人を見ると涙が出そうになるほど感動します。『頑張ること』をみっともないと思わせないで下さい。『頑張る』ことにテレないで、夢をつないでください。コツコツ努力する姿は、かっこいいですよね。」

自らの夢や目標に近づくためにコツコツ努力する「かっこいい人」になりましょう。

コツコツ努力することに関するすばらしい詩があります。今日はその詩を紹介します。この詩を味わいながら、鋭気を養いエネルギーを充填し、オンリーワンの自分を目指してコツコツ頑張りましょう。(おやじより)

     「コツコツ」
                                                                  
 コツコツやろう。                                          
 他にすぐれた頭脳もない、才能もない、                     
 体力もない、財産もない。                                 
 それでもいいではないか。                                 
 自分だけがそうなのではない。                              
 生まれつきそういうものに恵まれているのは                  
 千人に一人、万人に一人。                                 
 あとはみんなふつうの人。                                
                                                                  
 だからコツコツやろう。                                    
 一日一歩でもいい、前へ進もう。                           
 そして、その一日一日を積み重ねていこう。                  
 一攫千金を夢みたり、きょう一日ぐらいはと怠け心が出るのも、
 ふつうの人間だから仕方がないけれど、                     
 そんな時でも最後はやっぱりコツコツに戻ろう。            
 仕事はもちろんだが、一日10分の勉強でも、               
 5分の運動でも、ともかくコツコツと続けていこう。         
                                                               
 動いているとは見えない時計の短針でさえ、                  
 一日に文字板をグルリふたまわり。                         
 一年たてば730周。                                     
 毎日30分の読書が一年間に180時間を越え、             
 月々1万円の貯金も8年あまりで100万円。               
                                                                  
 チリも積もればというけれど、                              
 ふと振り返って、コツコツ積み重ねてきたその大きさに       
 自分で驚くときがきっとやって来る。                        
 だからコツコツやろう、                                    
 そんな日を心に描きながら。      

2011年11月15日 (火)

「知恵を求める」

Panji01イエス・キリストが生きていた時代に、高名なラビであり、ラビの中でもさらに優秀で有能な指導的立場にいたヒレルという人がいました。

当時の律法学者やパリサイ人の指導者たちは、最終的にイエス・キリストさまを迫害し、十字架へ追いやりましたが、このヒレルという指導者は非常に良心的な指導者であったと思われます。

いくつか彼の書いた資料を読みましたが、霊感を受けたすばらしいものだと感じました。そのヒレルが青年の頃のお話しです。

ヒレルがまだ若かったころ、彼は「トーラー」(聖典)の研究に打ち込みたいと願っていましたが、なかなかそれだけの時間の余裕がありませんでした。とても貧しかったからです。学びたいという彼の燃えるような願いもかなえることはできませんでした。

でも、あるときついに彼の心からの願いをかなえる手だてを見つけだすことができました。彼は体力の許すかぎり働き、わずかな収入の半分で生活しました。そして、残りの半分をヒレルは学校の門衛に差し出した。

「このお金はあなたにあげます」と彼は言いました。「そのかわり、学校に入れて授業を受けさせてください。そうすれば、賢人たちの言葉が聞けますので」

数日間、このようにしてヒレル青年は授業を受けることができました。でも、お金が乏しくなってパンを買うことすらできなくなってしまいました。

彼を落胆させたのは飢えではありませんでした。門衛が学校に入るのを固く拒んだことでした。

でも、彼の一途な気持は、この困難をも克服しました。学校の窓を伝わって、彼は窓じきいのところに横になりました。そこからは中の様子も見えたし、話し声も聞こえてきました。その日は安息日の前の夜で、体が痛くなるほど寒い日でした。

翌朝、ラビたちがいつものように学校にやってくると、空は晴れているのに部屋の中は薄暗くなっていました。なぜ、こんなに薄暗いのかラビたちは原因を捜しました。

すると、部屋の外の窓じきいに人間が横たわっています。しかも彼の上には雪が白く積もっていました。それは半分凍てついた哀れなヒレルの姿でした。一晩中、彼はそこに横になっていたのでした。

それからというもの、学問が出来ないのを貧しさのせいにすると、ユダヤではこのように質問されるようになりました。

「あなたはヒレルより貧しいですか?」

このように熱心に聖典より知識と知恵を求めたヒレルは、後にユダヤの多くの弟子を持つ偉大な指導者の一人になりました。このヒレルの不屈の物語は、後世のユダヤの若者たちへの大きな励ましとなっています。

啓発の書にも、次のように記されています。

「富を求めずに、知恵を求めなさい。そうすれば、見よ、神の奥義はあなたに明らかにされ、そのとき、あなたは豊かにされる。見よ、永遠の命を持つ者は豊かである。」(教義と聖約6章7節)

自らの幸福に関わる真理を熱心に求め、そしてそこから知恵を得て、真の喜びを得られるように努めたいものです。

「何があってもゼロからやり直そう」

Yaohan01

かつて国際流通企業・ヤオハングループを築き上げた和田一夫氏について次のような心温まるエピソードがあります。

昭和25年、和田一夫氏が大学に通っていた時のことです。父母は熱海にある八百屋「八百半」を営んでおり、大学生であった和田氏はその仕事を手伝っていました。

ある日、弟の入学式があって父母が店を空けることになり、両親は留守番役の和田氏に、「今日、火災保険に入る手続きをしておいてね」という用事を伝えて出かけました。

和田氏は、忙しさにかまけて、火災保険の加入のことをすっかり忘れていました。

偶然にもその日、熱海に大火事が起こりました。和田氏も遠くが火事になっていることは見えましたが、まさかここまで火が来ることはないだろう、と思って、そのまま仕事を続けていました。

しかし、火の勢いはますます増して熱海の街を飲み込んでいき、「八百半」もあっという間に燃え尽きてしまったのです。

和田氏は目の前に大火を見ながら何も手をつけておらず、父母が帰ってきた時には、店も物も全てが灰になってしまいました。

和田一家は帰る家も持つべき荷物もなく、その日は急遽、熱海の温泉旅館の一室を借りることになりました。

和田氏の父・良平氏は、その部屋で家族にこのように言ったそうです。「店が全部燃えてしまうようなことがなかったら、こうやって熱海の温泉にゆっくり入ることなんてなかっただろう。全部無くなってしまったから、荷物も多くなくて楽だな」

和田氏は、自分を責めることなく逆にポジティブに物事を捉えようとした父の優しい発言を聞いて、「何があってもゼロからやり直そう」と決意したといいます。

和田氏はその想いを常に持ち、ヤオハンという巨大企業を作り上げていったのです。

ヤオハングループはその後、倒産をしてしまいますが、和田氏はその後もこの話題を引き合いに出し、ゼロからやり直す大切さを説いています。

人はどのような厳しい状況でも自分であきらめない限り、どん底から這い上がることが出来ます。あきらめない限り、必ず道が開けるものです。

また、人は周囲の人間が大きな失敗をしてしまった時、それを怒ったり責任を追求したりしてしまいがちですが、和田氏のお父さんのように「そのおかげで、またやり直す機会ができたね」とポジティブに捉えて声をかけてあげる、そんな心配りができる優しい人になれたらいいですね。

2011年11月14日 (月)

「他人の立ち場からものごとを見る」

ヘンリー・フォード01.jpg世界的に有名な自動車会社フォード社を創設したヘンリー・フォード氏は次のように語っています。

「成功の秘訣というものがあるとすれば、それは、常に他人の立場を理解し、自分の立場と同時に、他人の立ち場からものごとを見ることのできる能力である。」

また、アメリカの牧師であるヘンリー・ヴァン・ダイク氏は、 「幸福は内面的なもの。どんなものを持っているかではなく、私達がどんな人間であるかにかかわっている。」と語っています。

「自分にしてほしいと思っていることを他人のためにする」といういわゆる黄金律の精神を持ち、周りの人々に気遣いや心配りが出来るとするならば、私たちは、フォード氏やダイク氏の言葉の中に秘められたチャレンジに取り組むことが出来るようになることでしょう。

とは言え、私たち凡人には努力はしても、そう簡単にはうまくいかないかもしれません。

ただ、凡人でも続ければ何とかなるという鍵のようなものがないわけでもありません。

ノーベル平和賞を受賞したカトリックの修道女マザー・テレサは次のように語りました。

マザー・テレサ01.jpg「大切なことは、たくさんのことをし遂げることでも、何もかもすることでもありません。大切なことは、いつでも何に対しても喜んでする気持ちがあるかどうかなのです。」

どのようなささいな事柄でも、与えられた奉仕の機会に喜んで応えられる心を持てるなら、また持てるように努めるならば、私たちは次第に「他人の立場を理解し、自分の立場と同時に、他人の立ち場からものごとを見ることのできる能力」を増し加えていくことが出来そうです。

「他人の立場を理解し、自分の立場と同時に、他人の立ち場からものごとを見ることのできる能力」を増し加えていくことが出来れば、さらに人々に仕え、自らの内なる魅力すなわち人格を磨くことが出来るのでしょう。

そう努める中で、私たちはどのような時でも相手を思いやり、相手に幸せをもたらしつつ、自ら幸せを実感できるようになるでしょう。

「大切なことは、他人の立場を理解し、自分の立場と同時に、他人の立ち場からものごとを見ることのできる能力を高めること、そしていつでも何に対しても喜んでする気持ちをもつこと。」

私もそう思います。 実行できるよう一緒に頑張りましょう。

2011年11月13日 (日)

「小事から大事を起こす

NinomiyaSontoku01.jpg貧しい少年時代、薪を拾って売り、そのお金で勉学を修めて後に大成した二宮金次郎こと二宮尊徳は、みなさんもよく知っていると思います。

経済思想・経済学説のひとつである報徳思想(ほうとくしそう)を世に広めました。

いわゆる、私利私欲に走るのではなく社会に貢献すれば、いずれ自らに還元されると説く、豊かに生きるための知恵を得させる道徳思想です。

世に広く貢献し、勤勉の鏡と称された彼は、次のように語っています。 NinomiyaSontoku02.jpg

「大事をなそうと思うなら、小事を怠るな。小事が積もって大となるのだ。大事を望んで小事を怠り、できそうにない難しいことを望んで、やればできるやさしいことをおろそかにするから、結局大事をしとげることができないのだ。」

まさに「小さな、簡単なことによって大きなことが起こる」との教えを地で実践したすばらしい教師・実践家です。

すべての成功は、小さなたゆまない努力の上に成り立つことは先人の成功談によく現れています。

私たちも小事をおろそかにすることなく日々地道に精進しましょう。

2011年11月12日 (土)

「前を向いて自分の道を歩んでたら百点満点」

yamazaki01.jpg人は毎日の生活の中でよく失敗します。私自身も特に人を傷つけてしまった時はやはりへこみます。

でもあまり悩んでも仕方ないことのためにはくよくよせず、次にうまくやれるように全力を尽くして頑張ろうと心に銘じ、次の言葉を心に思いながら明るく元気よく前進します。

「元気を出しなさい。今日の失敗ではなく、明日訪れるかもしれない成功について考えるのです。」(ヘレンケラー)

「あのときのあの苦しみもあのときの

 あの悲しみもみんな肥料になったんだなぁ。

 じぶんが自分になるために。

 つまづいたっていいじゃないか!人間だもの。」

      (相田みつを〔詩人〕)

「冬がなければ、春をそんなにも気持ちよく感じない。私たちは、時に逆境を味わわなければ、幸福をそれほども喜ばなくなる。」(シャーロット・ブロンテ〔英国の小説家〕)

「寒さにふるえた者ほど太陽を暖かく感じる。人生の悩みをくぐった者ほど生命の尊さを知る。」(ウォルトウィットマン〔米詩人〕)

どれも心温まる、頑張る力が出てくるいい言葉です。

さて、教育家である山崎房一氏は次のように語りました。

「自分に百点満点をつけよう。自分は四十点だな、と思っても無理して百点をつけていると自然に自分の古い殻が破れて、新しい自分に変わる。」

私の大好きな詩人相田みつを氏も次のように励ましています。

「いいですか

 いくらのろくてもかまいませんよ

 たいせつなことは

 いつでも前をむいて

 自分の道を歩くことですよ」

前を向いて、自らの夢を追い求めつつ内なる良心に従って自分の道を歩んでいる限り、みんな百点満点です。

そのような生き方が出来たらすばらしいです。

2011年11月10日 (木)

「優しい気持ちを持って出来ることを行う」

King01.jpgアメリカのプロテスタントバプティスト派の牧師で、公民権運動の指導者的役割を果たした活動家でもあるキング牧師は次のように語っています。

「人のために何かをすることで誰もが素晴らしい人になれます。大学を出ていなくても、正しい文法で話せなくても人のために何かをすることができます。ただ優しい気持ちがあればいいのです。愛の心があればいいのです。」

そのように言われると肩の力が抜け、他の人のために自分でも何か役立つことが出来そうに思えてきます。 HawardWHunter01.jpg

偉大な指導者ハワード・W・ハンターもかつて次のように語りました。

「私は、人目を引くことはなくてもほんとうの偉大さを身につけた英雄がたくさんいると信じています。それは、誰かがしなければならないことを人の目のつかないところで黙々と行っている人であり、いつでも自分が必要とされているところで喜んで働く人です。」

見えない、聞けない、話せないという三重苦を負いながら社会に偉大な貢献をしたヘレンケラーも次のように語っています。 ヘレン・ケラー1.jpg

「私はひとりの人間に過ぎませんが、それでもひとりの人間です。私は何でもできるわけではありませんが、それでもできることはあります。私に出来ることは、喜んでやるつもりです。」

自分に出来る小さくてやさしい事柄を喜んで行う謙虚さを持ち、実際に人知れず行動に移す時、私たちは真の英雄になれると教えています。また、それが真の幸福をつかむ大きな鍵なのかも知れません。

優しい心を持って、自分に出来る周りの人々への小さな親切を日々実行しましょう。

2011年11月 9日 (水)

「記念碑」

akoyapearl01.jpg以前、異物を美しく尊い宝へ変える真珠貝について記事を書きました。→「真珠貝-異物を美しく貴い宝へ」

白蝶真珠や黒蝶真珠からマベ真珠、淡水真珠、日本で生産される代表的な真珠アコヤ真珠について話し、特に興味深いそれらの貝たちが美しい真珠を作る過程について説明しました。

かいつまんで話しますと、まず真珠を作る貝の中には「外套膜」と呼ばれる貝殻をつくる成分を分泌する膜があります。貝の貝殻と内臓を被っている膜のことです。

もし貝の体内に小石などの異物が入った場合、この外套膜が真珠質を分泌して異物を幾重にもくるんで真珠層を形成していきます。 養殖真珠は、この外套膜の性質を利用して作られるのです。

真珠貝はなんと自身にとってとてもやっかい物であるはずの小石のような異物から美しい宝石を作り出していたのです。

何とすばらしいことでしょう!

時には辛く悲しいこの人生、でもそれだからこそ真の喜びと成長を得られるのですが、艱難や苦難、試練や悲しみは、決して人をつまずかせるものではなく、それを受け入れ、耐え、乗り越えるべく最善の努力をする人を精錬するとともにその人の人生を珠玉の輝きに満ちた喜び溢れるものに変える助けとなります。

真珠貝の真珠作りの過程はまさにそのことを象徴しています。

そこで、今日はそのことに関連したすばらしい詩を見つけました。皆さんに紹介したいと思います。作者は不詳ですが、本当にすばらしい「記念碑」という詩です。

「記念碑」

神様はその子供たちを地上へ送られる前に

彼らのひとりひとりに慎重に選び抜かれた試練のはいった箱を与えられました。

彼は微笑みながらそれらの試練があなただけのものであることを約束されました。

あなた以外の誰もそれらの試練があなたにもたらす祝福を受けることは出来ないでしょう。

そしてあなただけがそれらをあなたの しもべ とするために必要な特別な才能と能力とを持っているのです。

さあ!未知の旅へと出かけなさい。あなたの誕生へと…

私が幕の彼方からあなたをこよなく愛していることを決して忘れてはいけません。

私があなたに与えるこれらの試練は私のあなたに対する愛のしるしです。

そしてこれらの試練の助けを通してあなたが築く人生の記念碑はあなたの私に対する愛のしるしとなるでしょう。

               天父

kosumosu001.jpgどんなに辛くても決してあきらめず、どんなに悲しくてもくじけず、どんなに厳しくても前を向いて歩み、ひとりひとり異なる「美しい人生の真珠」を私たちの内に作りましょう!

そう努めるとき、この世にある艱難や苦難、試練や悲しみ、孤独や心痛・苦痛は、実り多き人生を築く助けとなり得ます。

決して投げ出さず、じっくり時間をかけて丹精込めて精進するならば必ずできるはずです!

寡黙に異物の痛みに長く耐えつつそれを嘆くことなく美しい宝に変えるあの真珠貝のように……。

2011年11月 8日 (火)

「私が少年の頃に学んだ教訓」

GordpmBHinckley1.jpg「私が少年の頃に学んだ教訓」と題するゴードン・B・ヒンクレーの感動的な動画を見つけました。英語ですが、思いやりや奉仕の大切さを説いた本当に素晴らしい動画です。

先日このブログでも紹介しましたが、内容をより良く理解し、感動を深められるように以下に和訳を準備しました。是非読まれ、また動画をご覧下さい。

記事の下には動画画面も準備しました。 私は何度も観て涙し、その度に末の娘に笑われています。

「ある少年が、自分より年少の友人と畑の中の道を歩いていました。

すると、道端に着古した上着と履き古した男物の靴を見つけました。持ち主が遠くの畑で働いているのが見えました。

年下の方の少年が、その靴を隠して持ち主が戻ってきた時の困った表情を陰から見て楽しもうと提案しました。

年上の少年は……そんな遊びは良くないと感じました。持ち主はきっと非常に貧しい人に違いないからというのがその理由でした。

そこでふたりは相談しました。そして年上の少年の案を取って、別な実験をすることにしたのです。

靴を隠す代わりに、靴の両方に1ドル銀貨を1枚ずつ入れておき、お金を見つけた時の持ち主の反応を見ることにしたのです。ふたりはそれを実行に移しました。

間もなく男は畑から戻って来ると、上着を着て片足を靴に入れました。足に固いものを感じて見てみると、銀貨です。

不思議と驚きの入り交じった表情が顔に〔浮かびました。〕何度も何度も銀貨を見つめ、だれもいない辺りを見渡しました。 そして、もう片方の靴を履こうとしました。驚いたことにもう1枚銀貨があるではありませんか。

彼は込み上げる感情を抑えることができませんでした。 ……ひざまずいて声を上げて感謝の祈りを捧げたのです。

病に苦しむ妻のこと、飢えた子供たちのこと……。だれとも知らない人からの善意の贈り物に対して熱烈に主に感謝し、この助けを与えてくれた人に天の祝福を願ったのです。

少年たちは、男の人が行ってしまうまで〔隠れていました。〕」

ふたりはその祈りに感動して胸に温かいものを感じました。

……ふたりが道を歩き始めた時、ひとりがもうひとりの少年にこう言ったそうです。「いい気持ちだね。」 (ブライアント・S・ヒンクレー「パンのみにてあらず」p.95)

世の中がこの少年たちのような人々で満ちたら、本当にすばらしい世の中になることでしょう。

「私が少年の頃に学んだ教訓」-ゴードン・B・ヒンクレー

2011年11月 7日 (月)

「君なら出来る!」

トム・モナハンという世界的に成功した起業家がいます。

彼は1937年生まれ。4歳の時父親を亡くし、養育院で育てられます。

1960年23歳でわずか500ドルという小額資本で始めた一件のピザショップを世界最大手のピザ会社に成長させました。

1970年資金繰りの悪化から銀行が会社を買い取り経営することとなりますが見事9年後借金を返済しました。

その後インスタントライフ流行を見て宅配ピザを思いつき、それによって会社は急成長しました。

現在全世界で一日10万枚以上、5000店舗を擁する世界最大の宅配ピザ会社となっています。

1983年から1992年までデトロイト・タイガースのオーナーでもありました。その彼が次のように語りました。

「どうしようもない劣悪な環境? 最大で最悪の不運? なるほど、そいつは実に素晴らしい!それこそ、君が成功するために与えられた最高の贈り物だ。」

劣悪な環境も、最悪な不運も、捉え方一つで「最高の贈り物」に変ってしまいます。

地道な努力に根差した楽観主義、プラス発想は困難な道をも乗り越えて奇跡を起こす大きな鍵です。

東海大学の教授である謝世輝博士も次のように語りました。

「いつも『できない、できない』とか『無理だ、無理だ』と思ったり、言ったりしている人には、当然のように障害が現われ、結果としては『やはりダメだった』ということになるのである。

しかしどんなに窮地に追い込まれていても、いつも『是非したい』とか『できる、できる、絶対できる』と思ったり、言ったりしている人には、そのうち、『願望の磁石』が自然と出来上がり、やがて障害は消え、援助者が現われ、ついには本当にできてしまうことになるのである。」

「思いの力」や「言葉の力」はまさに信仰を基として生じる奇跡の力です。

KoideYoshio1.jpg女子マラソン金メダリスト高橋尚子選手の監督、小出監督は、毎日高橋選手に言い続けた言葉があるそうです。

それは「君なら出来る!」です。

「正しく努力すれば、きっと自分にも出来る!」と信じることから奇跡は始まります。

自分であきらめない限り、決して失敗はないのです。

2011年11月 6日 (日)

「光の路」

ボーイスカウト1.jpg昨日の「泥足のままで-素晴らしいボランティア精神」および「凡事徹底」を記す中で、一つのエピソードを思い出しました。

今日はそれを紹介したいと思います。

1999年宜野湾第2団がボーイスカウト沖縄県連盟に正式に登録した年の4月、私は団を代表して初めて県連総会に出席しました。

聞くもの見るものほとんどが初めての上に多少の緊張も手伝って、恥ずかしい話ですが、語られ話されたことの多くを思い出せません。

しかしながら、10数年を経た今でも思い起こすたびに感動を新たにするとても貴重な体験をさせていただきました。

それは、総会の閉会に際して全員で「光の路」を斉唱した時のことです。

歌詞の一言一言をかみしめながら、老いも若きも熱唱するその歌声に耳を傾ける中、頭の先からつま先に至るまで鳥肌を伴うほどの衝撃と温かな感動に包まれました。

「光の路」の底に流れるボーイスカウトの精神に触れるだけでなく、「そこに集うおひとりおひとりはそのスカウト精神や自らの信念、理想、そして歌詞の中でいう『心の光』に忠実につき従おうと日々熱心に努めていらっしゃる方々だ」と強く感じたためです。

「私もその模範に習い従いたい」と強く願いました。

その感動が冷めやらぬ内に、私は心に思い浮かぶままに一つの詞を記し、心が赴くままに曲を作りました。「光の路歩もう」と題する曲です。

この曲は、後に宜野湾第2団団歌として採用され、みんなに愛唱されました。

この「光の路歩もう」の曲には、そのスカウト精神と模範に習い踏み進もうとの決意が込められています。

また、その決意を表すに当たり、歌詞に次のスカウトの3つのちかいを掲げました。

「私は、名誉にかけて、次の3条の実行をちかいます。

神と国とに誠を尽くし、おきてを守ります。

いつも他の人々をたすけます。

からだを強くし、心をすこやかに、徳を養います。」

「ちかい」という言葉は、旧仮名遣いの時代に「ちかひ」と表記されていました。その「ちかひ」の「ひ」は、古語で霊(たましい)を意味します。すなわち「ちかひ」は単なる約束でもかりそめのものでもなく、自らの霊に実行を誓うより厳粛なものであるようです。

この歌を何度も口ずさみつつ、この歌の底に流れるスカウト精神と「ちかい」の真に目指すところとを自分のものとし、先人・先輩の模範に静かにそして力強く、また喜びをもって従えるよう常に自然体で頑張りたいと思います。

以下に、私の大好きなボースカウトソング「光の路」および私が作詞作曲した宜野湾第2団の団歌「光の路歩もう」を紹介します。

「光の路」

堀内 敬三 作詞マーチン 作曲

1.大空をわたる日の 光は清く  

  心地よきかがやきに やみはうせゆく

  光の路を ふみゆく われら

  とこしえに保たん 明るき心

2.いつわりも おこたりも いやしきよくも

  打ちやぶり きよむるは 心の光

  光の路を ふみゆく われら

  とこしえに保たん 明るき心

「光の路歩もう」(ボーイスカウト宜野湾第2団団歌)

1.幼いころから 心身きたえ

  徳をやしなう われらスカウト

  正義を選び  ともに歩もう 光の路を

  宜野湾第2団 備えの道 進む

2.若いときから 心をさだめ

  隣人(ひと)に仕える われらスカウト

  やさしい心で ともに歩もう 光の路を

  宜野湾第2団 奉仕の道 進む

3.神と国とに  誠をつくし

  おきてを守る われらスカウト

  つよい心で  ともに歩もう 光の路を

  宜野湾第2団 真理の道 進む

2011年11月 5日 (土)

「凡事徹底」

共に学ぶある生徒から「凡事徹底」という言葉を教えていただきました。

その生徒が座右の銘としている言葉だそうです。

いわゆる、小さくて簡単な事柄を徹底して行うことを意味する言葉です。

そのひとつに、その生徒は自らを常に正しい行いへ導いてくれる内なる声、良心の声に忠実に従うということに特に力を入れているそうです。 その生徒が次のような経験を紹介してくれました。

ある日仕事を終えて帰路についていた時、突然「右に曲がりなさい」との内なる声が心に響いてきました。

「バス停は左なのにどうして反対方向へ行きなさいと言うのだろうか」と最初はいぶかしく思ったようです。 でもその声に従い右に曲がりました。

散歩がてらにしばらく歩いて行くと、今度は「近くのサンエーでケーキを買いなさい」との思いが心に浮かんで来ました。

「自分の家の近くにもサンエーがあるのにどうしてここのサンエーなのか」とさらにいぶかしく思いましたが、その声に従うことにしました。 ケーキを買いあとは何をするでもないのでそのままいつも利用しているバス停ではない近くのバス停に向かい帰宅すべくバスに乗りました。

するとどうでしょう。そのバスはいつもバスに乗るバス停のそばを通過したのですが、そのバス停には警察や多くの人が群がり、それらの群衆を制するための黄色いテープが張り巡らされていたそうです。

つい先ほどそのバス停で恐ろしい事件が起こったのです。 刃物をもった不審者がバスを待っている方々に刃物を突きつけ、駆けつけた警察官に斬りつけたというのです。

警察官はけがを負いましたが、その不審者はその場で取り押さえられました。

ちょうどその生徒が右に曲がらずそのまま左へ進んでいたらまさにその場にいたであろうその時刻、そのバス停で事件が起こったのです。

その生徒は何も知らずに、とにかく「右へ曲がりなさい」との内なる声に従ったおかげで、事件に巻き込まれることなく無事に家路につくことが出来ました。

けがをされた方々の無事を祈りつつ、導きの声に深く感謝しました。そして改めて、自らを常に正しい行動へ導くの内なる声に従うことの大切さを身にしみて痛感したそうです。

正しいこと、他の人の役立つ何かをしたいと望む人々の心を常に導く内なる声に従うことによって大きな危険から守られた本当に素晴らしい話です。

2011年11月 4日 (金)

「泥足のままで-素晴らしいボランティア精神」

volunteer01.jpg愛する子供たちへ

今年3月11日(金)に発生した東日本大震災は、日本における観測史上最大の規模、マグニチュード (Mw) 9.0を記録し、死者・行方不明者は約2万人、建築物の全壊・半壊は合わせて27万戸以上という未曾有の被害を出しました。

犠牲者の方々のご冥福を心から祈ると共に一日も早い復興とおひとりおひとりの生活の安定および心の平安を心からお祈り申し上げます。

今回の震災で、同胞の痛みを自らの痛みとして、少しでもそれを軽減できるように一生懸命立ち働いたボランティアの方々の数は、岩手県、宮城県、福島県3県において10月11日現在で80万人を超えました。

それぞれの地域にあって支援物資を送った方々を含めると数え切れない数になります。

人知れず奉仕に加わった多くの方々の温かな支援の心と手にも心から感銘を覚えました。

平成7年1月17日未明に発生した阪神・淡路大震災も、5千人以上の人命を奪ってしまいましたが、その際被災者の救出のため、また彼らを物心両面で支えるために、130万人のボランティアが全国から集まったと言われています。

日本は若者たちも含め、本当にすばらしい心を持った方々が大勢いる素晴らしい国だと改めて実感しました。

さて、同胞の痛みを自らの痛みとして、懸命に立ち働いたボランティアの方々、その彼らが日々口ずさんでいた詩があるそうです。

それは「泥足のままで」という短い詩です。とても考えさせられるいい詩です。以下に紹介します。

「泥足のままで」

嫌なことを聞いたら、その「耳」を洗え

嫌なものを見たら、その「瞳」を洗え

卑しい思いが湧いたら、その「心」を洗え

そして、足は 泥足のままで 泥足のままで生きてゆけ

奉仕に携わる際の私たちの心が、思いやりに満ちた清く汚れない純粋なものであるように、また人の痛みを共に負い助けたいとの思いが大きな動機となって、疲れを知らずにどこまでも突き進み、手を差し伸べる手に強さを加えるものであるようにとやさしく教えてくれます。

本当に素晴らしいいい詩です。本当に感銘を受けました。

私も、彼らの優しい心に支えられた強い精神、真のボランティア精神を心から倣いたいと思いました。

2011年11月 3日 (木)

「未来と自分は変えられる!」

Donald1.jpgベストセラー作家のニール・ドナルド・ウォルシュは次のように語りました。

「自分の苦痛も他者の苦痛も、減らすには受け止め方を変えればいい。あなた方は、外部の出来事を変えることは出来ない。だから、内的な経験を変えるしかない。これが、生きることの『王道』である。」

難しく表現していますが、要は自らの思いを常に明るく前向き、積極的なものにするなら必ずや喜びと幸福を見出し、周りの人をも幸せにすることが出来るようになるということだと思います。

「過去と他人は変えられない!でも未来と自分は変えられる!」という言葉にあるように、自らの周りの様々な状況を変えたければ、まずは自分を変えるべし!です。

自分が変われば、必ずや周りを変えることが出来るようになると確信しています。 そのためにもまず自分自身の内なる能力を信じる必要があります。

そして決してあきらめない力を養うことです。

NapoleonHill01.jpg潜在能力開発研究家のナポレオン・ヒルは次のように語っています。

「ある仕事に三度失敗し、それでもあきらめないなら、あなたはその道での指導者になれる可能性があると思って良いだろう。

10回以上失敗して、なお努力を続けられれば、あなたの心には天才が芽生えはじめている。」

みなさんはNHKの番組「プロジェクトX」という番組を覚えているでしょうか。私は時間のある時はよく見ていましたが、大好きな番組でした。

この番組の内容には共通して言えることがあります。

それは、物事をなすに当たっては必ず試練が訪れます。そして苦境に追い込まれながらも、何度も問題解決の策を練って果敢にチャレンジするのです。

そして幾度となく失敗を繰り返しながら、でも決して最後まであきらめない!

そう、夢の実現のために! 「思いは必ず叶う!」ことをひたすら信じて……。

そして「奇跡」が起きるのです!

DealCarnegie1.jpgディール・カーネギーも次のように語りました。

「人は自分で不可能だと思わない限り決して敗北しない。」

本人があきらめさえしなければ、人生に失敗はありません。成功するまであきらめず頑張れる人になりましょう!

そのようなあきらめない心と地道な努力が、自らを大きく変える力になると思います。そして自ら未来を切り拓く力になるのです。

2011年11月 2日 (水)

「奇跡を起こす生き方」

Dealcarnegie1 ディール・カーネギーは次のように語っています。

「人の生き方には二種類しかない。一つは奇跡など起こらないだろうと思う生き方。もう一つは、奇跡は必ず訪れると思う生き方。」

「奇跡は起こる」と信じることによって、希望が生まれ、いつか必ずチャンスがめぐってくると思います。

第一次南極越冬隊隊長、西堀栄三郎氏は、その著書『石橋を叩いたら渡れない』の中で次のように語りました。

「私が11歳の時、いつかチャンスがあったら南極へ行ってみたいなぁという気持ちを持っていました。こうした志というか、願いというか、夢というか、そういうものを持っていると、いつか実現の道が開けてきます。

Nishiborieizaburou1 人間は生きていくうちに、必ず分かれ道に行き当たるものですが、その時、夢とか志があると、ついそっちの方を選び、チャンスをつかむことになるのです。

私が11歳で志を立ててから、40年ぶりかで、南極の話しがパッと出てきました。もうその時は、私は53歳になっていました。

とにかく、強い願いを持ち続けていれば、降って湧いたようにチャンスがやってくるものです。その時、取り越し苦労などしないで、躊躇なく勇敢に実行を決意することです。」

これは真実だと私も確信しています。

強い望みを持ちつつ奇跡を信じ、希望を持ち、それを実現すべく最善を尽くす日々を過ごせる人は本物の幸福をつかめることでしょう。

2011年11月 1日 (火)

「イチロウ-努力の天才」

イチロウ選手1.jpg世界的に有名になったシアトル・マリナーズの鈴木イチロー選手が次のように語りました。

「努力せずに何かできるようになる人のことを『天才』というのなら、僕はそうじゃない。 努力した結果、何かができるようになる人のことを『天才』というのなら、僕はそうだと思う。 人が僕のことを、努力もせずに打てるんだと思うなら、それは間違いです。」

「天才」といわれる人ほど、人知れず努力しているものです。ある意味では、成功するまで努力する人のことを「天才」と言うのかもしれません。

発明王エジソンも、電球を発明する過程で、およそ2万回もの失敗を重ねました。

そしてその血のにじむような努力の末に電球を完成させたのです。

その超人的な忍耐力に対する賞賛の声をよそに、エジソンは次のように語ったそうです。

「私は、実験において、失敗など一度たりともしていない。これでは、電球は光らないという発見を、今までに、2万回してきたのだ。」

そのような不屈の精神とあくまでもプラスな思考をもってすれば、私たちも自分の得意とする分野の「天才」になれるかも知れません。

「小さな、簡単なことによって大いなることが成し遂げられる」(アルマ37章6節) ということを心に銘記して、私も精進したいと思います。

「転んだ数だけ起き上がる」

Stanmusial11940年代から50年代にかけてアメリカ大リーグで活躍したスタン・ミュージアルという大リーガーがいます。

打者としての全盛期を迎えた彼は、1946年から58年までの13シーズンで200安打以上5回を含む2,532安打、362本塁打、510二塁打、三塁打も123本放ち、守備でもレフト、一塁手として好守を見せ、50年代最高の選手にも選ばれています。

その彼曰く、「私の誇りは打率の高さや、ホームランなどの数字ではなく、数知れぬ敗北とスランプからそのつど立ち上がったことだ。」

本当に謙虚なコメントです。

1962年に42歳で打率3割3分0厘の記録を残しましたが、時の大統領J・F・ケネディはミュージアルに対し「わたしは大統領になる時に若すぎると言われた。君は野球をするには年を取りすぎだと言われた。しかし今、どちらも全く的外れであることがわかった」と述べています。

真の勝利者は転んだ数だけ起き上がることの出来る人です。

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