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2011年10月

2011年10月31日 (月)

「熱意は失敗を乗り越え運命を切り拓く」

Hondasouichiro1 あの世界の「ホンダ」を築いた努力の天才本田宗一郎氏は次のように語りました。

「成功は、失敗と反省の繰り返しによってのみ達成される。

多くの人たちは、失敗を怖がり成功のみを求めるが、私の考えでは、成功とは仕事の1%であり、それは、失敗とも言うべき99%の仕事によってもたらされたものである。

……私の現在が成功というのなら、私の過去はみんな失敗が土台作りをしていることになる。私の仕事は失敗の連続である。」

失敗を恐れず、自らの夢に向かって、あるいは自らの良心に照らして正しいと確信している事柄を熱心に行う心の若さと勇気を持つべきだといつも思います。

あの松下産業を大成させた松下幸之助氏も次のように語っています。

「熱意のたぎっているところ、人は必ず新しい道を開きます。常識では考えられないことをやってのけ、運命を切り開き新しい発明発見をします。常識を破るのです。」

何を大切に思うか、それによって何を望むかが決まり、何を望むかによって何を行うかが決まります。何を行うかによって何を達成するかが決まります。そして自分がどのような人物になるかが決まると思います。そして、その思いと望みの強さが人を力強い行動へと駆り立て、奇跡を起こし、新しい未来を切り拓くのです。

何を大切に思うか、その出発点を間違うと自らの人格や人生の幸福にさえ大きな影響を与えかねませんが、世のためになる価値ある事柄に取り組むとき、「熱意をたぎらせて」とことん努め励むことは、本当に大切だと思います。これこそ真の成功の鍵なのでしょう。

凡人の私も、何はなくとも、まがいなりにも「努力の天才」になれるよう努めたいと思います。

「人に心から仕え、与える」

Albertschweitzer1フランスの神学者・哲学者・医者で1952年ノーベル平和賞を受賞したアルバート・シュバイツァー博士という方がいます。

30歳の時、医療と伝道に生きることを志し、アフリカの赤道直下の国ガボンのランバレネにおいて、生涯を原住民への医療などに捧げました。

「生命への畏敬」の哲学などでも知られ、世界平和にも貢献。「密林の聖者」とまで呼ばれています。その彼が次のように語りました。

「本当に幸せになる人は、どのようにして奉仕するかを探し求め、そしてそれを発見した人だけだ。われわれは何かを得る事によって生活しているが、人生は与えることによって豊になる。」

Robertkiyosaki1『金持ち父さん、貧乏父さん』の著者、ロバート・キヨサキも次のように語っています。

「金持ち父さんが教えてくれた事で、私がこれまでモットーとしてきたことの一つは、出し惜しみをしないこと、与える事だ。

この本で読んだ他の事はみな忘れたとしても、絶対忘れないで欲しい事が一つある。

それは、何かが足りないとか何かが必要だと感じた時には、まず、それを人に与える事だ。 そうすれば後になって、二倍にも三倍にもなって返ってくる。

この事はお金、ほほえみ、愛情、友情などいろいろな事に当てはまる。

私はこれまでずっと、お金が足りなくなったり、何か助けが必要になったりした時には、いつも自分が欲しいと思っているものをまず人にあげるようにしてきた。 そんなふうにして何かをあげると、必ずそれが戻ってきた。」

人生で幸せになる鍵は「人に心から仕え、与えること」のようです。

私たち凡人には、他人のために何か大きなことをなすというのはなかなか出来ることではありません。 でも、ほほえみや心からのあいさつ、バスや電車の中で席を譲ることなど、小さな親切なら何とかなりそうです。

私は、一日の終わりに子供たち一人一人に「今日一日、他の人のために何か良いことした?」と質問することにしています。

質問されると、子供たちは各々少し気恥ずかしそうに自らの経験を答えます。どんな小さなことに対しても「よくやったね!その調子で明日も頑張ろうね。」と褒めます。

凡人でも毎日の小さな積み重ねが、大きな成果、幸福へと繋がると信じています。

今日の記事に関連して、とても心温まる感動の動画を見つけました。 ゴードン・B・ヒンクレーの「少年の頃に学んだ教訓」です。英語ですが、誰でもそのメッセージを理解し、感動します。是非観て下さい。

「私が少年の頃に学んだ教訓」-ゴードン・B・ヒンクレー

2011年10月30日 (日)

「成功の鍵-限界を乗り越える努力と忍耐」

Inamorikazuo1 京セラKDDI創業者である稲盛和夫氏が次のように語りました。

「成功する人と、そうでない人の差は紙一重です。

成功しない人は、必ずしも責任感がないというわけではありません。実際誠意があり熱意もあり、仕事熱心な人が多く、その点では大成功を収めた人と何ら変わりありません。

それにもかかわらず、ある人は成功し、ある人は失敗します。

世の中が不公平だと思うかもしれませんが、実際両者の間には紙一重なのですが違いがあるのです。そしてそれは突き破るのが難しい壁でもあるのです。

その違いは、粘り強さと忍耐力です。

失敗する人は、壁につきあたった時、実際できないものと、はじめから決めてかかっているのです。言い換えれば、努力をすることはするのですが、あるレベル以上はしないのです。

『ここまでしかできない』といった頑固な固定観念を持っていると、壁を破り、一線を越えて成功にいたることができなくなります。

その壁をついに突破したという自負と自信により、より粘り強い性格が形成され、その粘り強さがさらに大きな成功へと導いてくれるのです。」

成功者とそうでない人の差は、「ここまでしかできない……」と思うか「ここまでできた!よし、最後まで頑張ろう!」と思えるかというわずかな差なのでしょうね。

「人事を尽くして天命を待つ」という私の大好きに格言がありますが、私はそれをいつも「天命を信じて人事を尽くす」と前半と後半を入れ替えて口にします。

後者は、成功するまで忍耐し、努力し続けるという稲盛氏の教えに相通ずるものがあると思うからです。

「ここまでしかできない」との頑固な固定観念を打ち破り、自らの壁を打ち破って大きな自信と喜びが得られるよう心して努めたいと思います。

「決してあきらめずに夢に挑戦しよう!」

Nishiborieizaburou1 第一次南極観測隊の副隊長および越冬隊長を務めた西堀栄三郎氏が次のように語りました。

「新しいことをやろうと決心する前に、こまごまと調査すればするほどやめておいた方がいいという結果が出る。

石橋を叩いて安全を確認してから決心しようと思ったら、おそらく永久に石橋は渡れまい。

やると決めて、どうしたらできるかを調査せよ!」

私の座右の銘にしたい言葉です。

石橋を叩いていたら一生渡れませんね!できない理由を探すより、それをやるためにはどうすれば良いのか、徹底的に考えて実行することを私たちの信条とするならば、多くの価値ある事柄を成し遂げることが出来るでしょう。

不可能と困難は違います。

誰にも現時点で不可能なことはあるのかもしれません。しかしながら、不可能だと自分自身で思っていることあるいは大きな困難を伴う仕事でも、自分の出来るところからとにかくやってみることです。

決してあきらめずによくよく考え抜いて行動しているうちに、天の助けによって道が開けるものです。

過去の偉業を成し遂げた先人たちの生き様は、それが真実であると教えています。

自らの夢を決してあきらめずに挑戦し続けましょう!

2011年10月28日 (金)

「試練や苦難は学びや成長の最大の機会」

ヘレン・ケラー1.jpgヘレン・ケラーは、「見えない」「聞こえない」「話せない」の三重の障害をもちながらも、通常では、考えられないハンディキャップをはねのけて、非常に大きな歴史的社会貢献を果たしました。

その彼女が、晩年次のような言葉を残しています。

「私は、自分の障害を神に感謝しています。私が自分を見出し生涯の仕事、そして神を見つけることができたのも、この障害を通してだったからです。」

神への信仰に根差した希望を持って、楽観的に物事をとらえ、積極的に物事に立ち向かう人は、自分の最大の弱点を、最大の財産に変えてしまいます。

試練や苦難の中にこそ、学び成長するための最大の機会があると考え、それに感謝しつつ積極果敢に取り組む人は、必ずや道を切り開き、天よりの祝福を手にするのだと思います。

愚痴や不平不満を言い続けて生きていくか、感謝して果敢に希望に満ちた将来をつかみ取るか、選ぶのは私たちです。

「不幸」とは自分の心が作り出すものかもしれません。どのようなことについても天に感謝できる人は「不幸」とは無縁の人生を送ると確信しています。

「毎日一歩進む」

Yukawahideki1日本の理論物理学者で、中間子理論の提唱などで原子核・素粒子物理学の発展に大きな功績をあげ、1949年(昭和24年)日本人として初めてノーベル賞を受賞した湯川秀樹氏がかつてこう語りました。

「一日生きることは、一歩進むことでありたい。」

どのような状況に自分の身を置くことになろうとも、一日一日が少しでも成長し、進歩する一日になれれば、本当に素晴らしいと思います。

よく人の悩み事相談を受けるある方が、相談の中でいつも使う決まり文句があるそうです。

それは、「それで、あなたはその経験から何を学びましたか?」だそうです。

つまり、失敗してもいいのです。大切なことは「その経験から何を学んだかだ」ということです。彼はいつもそのように諭すそうです。

そのようにどのような事柄からも学ぶ気持ちさえあれば、たとえ失敗してもそこからも学び、一歩進むことにつながります。 謙虚に歩み努めるならば、どのような状況にあっても昨日よりも今日、今日よりも明日さらに成長している自分を見いだすことでしょう。

毎日が「一歩進む」すなわち「少し成長し進歩する」一日一日となれるよう努めたいものです。

2011年10月27日 (木)

「生徒の人生を救った偉大な教師」

Letters1_2 友人のお一人から感動的な物語を紹介したメールをいただきました。

何度も読んで何回も泣きました。皆さんも泣いて下さい。ある小学校の女性教師と一人の生徒の感動物語です。

「その先生が五年生の担任になった時、一人、服装が不潔でだらしなく、どうしても好きになれない少年がいた。中間記録に先生は少年の悪いところばかりを記入するようになっていた。

ところがある日のこと、少年の一年生からの記録が目に止まった。次のように記されていた。『朗らかで、友達が好きで、人にも親切。勉強もよくでき、将来が楽しみ。』……間違いだ!他の子の記録に違いない!先生はそう思った。

二年生になると、『母親が病気で世話をしなければならず、時々遅刻する』と書かれていた。

三年生では、『母親の病気が悪くなり、疲れていて、教室で居眠りする。』三年生の後半の記録には、『母親が死亡。希望を失い、悲しんでいる』とあり、四年生になると、『父親は生きる意欲を失い、アルコール依存症となり、子供に暴力をふるう』と記されていた。

先生の胸に激しい痛みが走った。ダメと決めつけていた子が突然、深い悲しみを背負い生き抜いている生身の人間として自分の前に立ち現れてきたのだ。

先生にとって目を開かれた瞬間であった。

放課後、先生は少年に声をかけた。『先生は夕方まで教室で仕事をするから、あなたも勉強していかない?分からないところは教えてあげるから……。』

その言葉に少年は初めて笑顔を見せた。それから少年は教室の自分の机で予習復習を熱心に続けた。授業で少年が初めて手をあげた時、先生に大きな喜びがわき起こった。少年は自信を持ち始めていた。

クリスマスの日の午後だった。少年が小さな包みを先生の胸に押しつけてきた。あとで開けてみると、香水の瓶だった。亡くなったお母さんが使っていたものに違いない。

先生はその香水をつけ、夕暮れに少年の家を訪ねた。雑然とした部屋で独り本を読んでいた少年は、気がつくと飛んできて、先生の胸に顔を埋めて叫んだ。『あぁ、お母さんの匂い!!きょうは素敵なクリスマスだぁ!!』

六年生では、先生は少年の担任ではなくなった。

卒業の時、先生に少年から一枚のカードが届いた。『先生は僕のお母さんのようです。そして、いままで出会った中で一番すばらしい先生でした。』

それから六年。またカードが届いた。『明日は高校の卒業式です。僕は五年生で先生に担当してもらって、とても幸せでした。おかげで奨学金をもらって医学部に進学することができます。』

十年を経て、またカードがきた。そこには先生と出会えたことへの感謝と父親に叩かれた体験があるから患者の痛みが分かる医者になれる……と記され、こう締めくくられていた。『僕はよく五年生の時の先生を思い出します。あのままダメになってしまう僕を救ってくださった先生を、神様のように感じます。大人になり、医者になった僕にとって最高の先生は、五年生の時に担任してくださった先生です。』

そしてさらに一年後。届いたカードは結婚式の招待状だった。『母の席に座ってください』と一行、書き添えられていた。」

人の表面的な言動ではなく、見えない心の中にしまい込んだ深い傷や悲しみ、孤独に気づき、温かな助けの手を差し伸べることのできる心優しい人は、人の人生に大きな奇跡を起こす助け手となり、幸福をもたらす者となると強く思いました。

この先生のような心優しい人が世にいる限り、多くのうなだれた頭が高く上げられ、萎えた心と手足が力を得て、将来の希望へ向かって真っ直ぐに歩む力を得ることでしょう。

その深い愛情と温かな助けの手に感謝しながら……。

「ありがとう」

ありがとう1.jpg仕事の帰りに新都心を車で走らせていると、ひとつのポスターが 目に飛び込んできました。

レキオス倶楽部という編集出版会社の壁に次のようにポスターが貼られてあったのです。

〔あ〕   〔り〕   〔が〕   〔と〕   〔う〕

〔あ〕なたが〔り〕そうにむかって〔が〕んばっているから〔と〕ても〔う〕れしい

というポスターでした。何かしらほのぼのとした温かい気持ちを感じて、つい会社の周りを2回ほど回り、それを覚えてしまいました。

どのようなことでも自らの理想に向かって一生懸命努力している人の姿はとても輝いていて、周りの人に大きな感動や勇気を与えます。

そして「あの人のように自分も頑張ろう!」と思うのです。 それから、その人に感謝の気持ち「ありがとう」を伝えたくなります。

何かいいな~とひとりで感動にふけっていました。

周りの人に感動と勇気を与えられるような人になれたらいいなあと思い、またそのような人々へ感謝を込めて「ありがとう」と素直に言える自分になりたいとも思いました。

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