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2007年11月 7日 (水)

程順則(ていじゅんそく)-「琉球いろは歌」

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今回は、程順則(ていじゅんそく)シリーズ第3編です。

程順則は、5度にわたって赴いた中国において、師の陳元輔(ちんげんぽ)から様々な学問を学びました。

寝る間も惜しんで学ぶ順則の様子を見て、師の陳元輔は次のように彼を絶賛しました。

「程順則は学問に優れているだけでなく、心も広く考えが深い立派な人である。教えたことはすべて理解し、学問をするに値する人とは、まさに程順則のことだ。」

帰郷した程順則は、その後51さいの時に初めて江戸に上り、日本の著名な学者と交流しました。

教育の重要性を痛感している順則は、琉球に戻ると、かねて思案していた学校の設立を琉球国王に進言します。

「教育よりまず政治だ」と反対する勢力もいましたが、順則は「教育を高めてこそ、いい政治が行える」と粘り強く説得しました。

こうして1718年、琉球で初めての公立学校「明倫堂」が久米村にできたのです。

そこで熱心に教鞭を振るい、師弟の教育に力を尽くしました。

彼はまた、「六諭」が教える、人間としてよりよく生きるための指針、よりよい人間になるために必要な「心のあり方」を人々に分かりやすく伝えるために、多くの琉歌を残しました。

「琉歌」とは奄美・沖縄・宮古・八重山諸島に伝承される叙情的短詩形歌謡の総称で、短歌形式の琉歌は、八・八・八・六の30音からなる定型短詩です。

程順則が詠んだ数々のそれら琉歌を「いろは順」に編集したものが、いわゆる「琉球いろは歌」です。

次代を担う子供たちだけでなく、その教育に携わる父母や教師、指導者の「あるべき姿」をも指し示すその「いろは歌」は、まさに珠玉の教え-「黄金言葉」(クガニクトゥバ)といえましょう。

今後定期的に紹介していきますが、まずは最初の「い」の歌をご賞味下さい。

   イチンユシグトゥヤ ミ ヌ ウィ ヌ タカラ
琉歌:意見寄言や 見の上のたから

   ミミ ヌ ニ ユー アキティ  チム ニ トゥミリ
   耳の根ゆ開きて 肝に留みり

意味:「他人から受ける意見や教訓は、わが身にとってはこの上ない宝である。だから、しっかりと聞いて忘れることがないように、心に留めておきなさい。」

私は、宮本武蔵が語ったとされる「我以外みな師なり」という言葉が大好きですが、順則の上述の歌には、その同じ精神が流れています。

周りのどのような者からも、人は学ぶことができるという謙虚な姿勢です。

たとえ目下の者であろうが、誰であろうが、語るその言葉の内に「真理」を見出すとき、それがどんなに耳が痛く、心を貫くものであっても、謙虚に耳を傾け、受け入れ、実行するという精神です。

本当にすばらしい徳質です。

変なプライドを捨て去り、自らの良心が「よい」と感ずるすべての良き事柄に素直に耳を傾け従うとき、人は真の幸福へ至るステップを踏んでいるのだと私も思います。

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