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2007年11月14日 (水)

「46年ぶりの奇跡の再会-1」

okinawapic1.jpg沖縄のあるFM放送を聞いたという友人から、少しうわずった声で感動物語を聞きました。

主人公は、ひとりの女の子です。

彼女は、小学生の頃は、「クロ」と言うあだ名で呼ばれ、中学校に上がり、さらに転校した学校では「ナ‐ビヌスク‐」(鍋の底)と言われ、心傷つく悲しい思いをたびたび経験してきました。というのも、父が黒人の米兵、母は沖縄の女性、二人の間に生まれたのが彼女だったのです。

単なる肌の色の違いが、彼女をかくも厳しい境遇へ追いやる大きな要因のひとつとなりました。

さらに、彼女が乳飲み子の頃に、父親は母親を置いて米国に帰ってしまったのです。

そこから、親子二人だけでの想像を絶するような苦しい生活が始まりました。

生活のための度重なる借金、そして血のにじむような苦労の連続でした。

でも、苦しい中にあっても彼女は温かい母の愛情に育まれ、素直で明るい子供に育ちました。

大人に成長した彼女は、誠実な努力の証として今ではマンションを手に入れ、高級車に乗るまでに成功しました

極貧から這い上がり、豊かな生活を手にした彼女は、これまでの母親の御恩に報いたいと考えるようになりました。

彼女の母親は、4人姉妹の末っ子。

2番目、3番目の姉たちは去る大戦で死去。

一番上の姉は、アメリカ人と結婚してハワイへ。

しばらくは連絡し合っていたものの、その後は全くの音信不通となっていました。

そこで彼女は、母にとってただ一人の身内である母の姉を探し当て、母に合わせたいと考えたのです。

もちろん、母の姉を探す当てなど全くありませんでした。

あれこれ考えた末ひらめいたのが、ハワイでかなり盛んな沖縄県人会です。

「これしかない!」と確信した彼女は、早速行動を起こしました。

当地ハワイの県人会の方々に連絡を取り、母の姉の消息捜査を依頼。

その後粘り強く手がかりを求めます。

しかしながら、なかなか手がかりは見つかりません。

半ばあきらめかけていたまさにその時に、懸命に捜索を続けてくれた県人会から消息が分かったとの連絡を受けたのです!

彼女は、早速会社から一週間の休暇をいただき、母を伴ってハワイへ急行。

そこで、なんと46年ぶりの奇跡の再会を果たしたのです!!

涙、涙、涙……、感動、感動、感動……。

そして、喜び、喜び、喜び……、感謝、感謝、感謝……の一週間でした。

母を思う娘の祈り、切なる願いを、天はしっかり受け止め叶えてくれました!

幼い頃傷ついた心は、天が決して自分たちを見捨てなかったとはっきりと知る、この奇跡の再会により癒されました。

母への感謝とご恩返しの一念が生んだ感動の再会物語でした。

ところが、この物語には後日譚があるのです……!

さらに感動の後日譚、次回をお楽しみに!

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