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2006年6月 9日 (金)

親ぬ言葉や神ぬ言葉-父と母を敬う

Umitosora33 私の母校である県立普天間高校は、私が学生だった当時、国際親善の交換留学生プログラムに参加していて、米国オレゴン州のスプリングフィールド高校と姉妹校を提携していました。

毎年交互に交換留学生数名を送り友好を深めておりました。

私はその第1期の交換学生として、高校1年の春休み前から4月の中旬までの約1カ月半7人の先輩や同期生たちと共にオレゴン州へ行かせていただきました。

田舎者の私のこと、見るもの聞くものがすべて目新しく、本当に沢山のことを学びました。

何よりも自由闊達な雰囲気が校内に満ちあふれていて、学生たちの明るい笑顔や親しみを込めて私たちに接する姿、優しい目がとても印象に残りまた感銘を受けました。

高校3年生と共に数学の授業に出た時には、むしろ私たちの方が進んでいてやさしく感じられ、彼らに教える光景も見られました。

しかしながら不思議なことにそのような時でさえ、彼らの内には一様に変なプライドや自らを卑下するような態度が微塵も見られないのです。

彼らは、たとえ数学が不得意でも、野球は誰にも負けない、サッカー、トラック競技、レスリング、バスケットは誰にも負けない、という得意分野を基とした自らへの自信と誇りがあります。

自らを決して卑下せず、得意な分野になお一層磨きをかけることのよって将来の夢へ近づこうとする前向きな雰囲気がひとりひとりにしっかり根付いているのです。

とてもさわやかな印象を持ちました。

どのような状況でも、両親や家族、先生や友人から愛され期待されているとの強い安定感があるように感じられ、それが自らの価値を認識し自尊の心をしっかりと保つ大きな力になっているようにも思われました。

春休みに入ってからは、2週間ほどホストファミリーと共に乾燥地帯や雪の残る森林でキャンプをしました。

そこで生まれて初めて、本物のけん銃とライフルに触らせていただきました。

けん銃での空き缶打ちはとても楽しかったのですが、さすがにライフルの爆発音は半端ではありません。

弾丸発射の際の肩への衝撃が小柄の私にとってはものすごく大きく、情けないのですが1発で投げ出してしまいました。

前置きが長くなりましたが、そのライフルにまつわるとても興味深い話を聞きました。

以下に紹介します。

4人の若い青年たちが、鹿を狩るために車で山へキャンプに出かけることになりました。

4人は大の仲良しで、行動する時はいつも一緒です。

誰もが、翌日からのキャンプを本当に楽しみにしていました。

ところが彼らの中の一人の母親が、今回のキャンプに関し、なぜかとても大きな不安と胸騒ぎを感じて、息子に今回だけはキャンプへ行かないよう説得し始めたというのです。

その息子は、とてもがっかりし、でもなんとか母の気持ちが変わるよう、許可してくれるよう粘り強く多少のいらだちも含めて母に頼みました。

ところが母親の不安は募るばかりでその決意も固く、結局優しく理由を説明され、説得されたその青年は、母の勧告に渋々従うことにし、キャンプ行きを断念したそうです。

2日後3人の友人たちが青ざめて彼の元へ帰ってきました。

そして次のように報告したのです。

「君は今回のキャンプをキャンセルして本当に良かったよ。
 帰りしな、君がいつも座るシートの後ろには
 いつものようにライフルが立てかけられていたのだが、
 それが、どういう訳か暴発してしまったんだよ。
 君が座っていたはずのシートの背もたれを貫通し、
 フロントガラスに大きな穴を残して……。
 もしあの時君がそのシートに座っていたなら、
 今頃君はこの世にいないはずだよ……。」

その青年は絶句しました。

そして、しばらくしてわれに帰った後、母親への本当に深い感謝の念で満たされました。

沖縄の「島唄」の一節に次のようなくだりがあります。

「親ぬ言葉や 神ぬ言葉 忘んなよ」
(ウヤヌクトゥバヤ カミヌクトゥバ ワシンナヨ)

これは、「子供たちへの深い愛情を込めて語られる親の義しい教えや勧告は、神から下される勧告の言葉としてしっかりと心に留めて行い、決して忘れるようなことがあってはいけませんよ」という意味です。

聖書にも次のようにあります。

「あなたの父と母を敬え。これは、あなたの神、主が賜わる地で、あなたが長く生きるためである。」(出エジプト記20章12節)

沖縄のオジー・オバーたちは、自らが義にかなった生活をする限り、すべての父親母親は自らの子供たちのために、神(御天大主:ウティンウフシュ)より直接導きをいただき、子供たちに幸いと益をもたらす教えと勧告を与えることができると信じています。

そして義しい親を通して愛情を持って語られる教えや勧告は、すなわち神の教え、勧告であり、それに喜んで素直な心で従う時、神に守られこの地に長く幸せに暮らせると信じているのです。

父と母を敬い、その愛情を込めて語られる教えや勧告に従うことの大切さを改めて痛感しました。

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