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2006年5月 5日 (金)

かめえかめえオバー

Umitosora17103歳で亡くなった私の母方の祖母には、彼女の家を訪問するたびに私たちへ発する口癖がありました。

それは、「かめえかめえ。うりんありん、むるかめえ」です。

それは、「お食べなさい、お食べなさい。これもあれも、みなお食べなさい。」という意味です。

戦時中、筆舌に尽くしがたい艱難辛苦の限りを嘗め、苦悩と極限の飢えを経験したおばあちゃんたち。

平和で何の心配もなく食べられる今の幸せを骨身に染みて知る者が醸し出す優しさなのでしょうか。

沖縄のオバーたちは本当に食べ物の勧め上手です。

たとえ始めて会う人であったとしても、心からのおもてなしを欠かしません。

差し出すものは何であっても構わないのです。

お茶一杯、黒砂糖一個あるいはたとえふかし芋半分であっても……。

空手(素手)で帰してしまっては心苦しいと感じる思いやりの心に溢れています。

このような優しいオバーたちを、私たちは「かめえかめえオバー」と呼んでいます。

そしてそのようなオバーたちのもてなしを、私は「かめえかめえ攻撃」と呼んでいます。

父方、母方双方の実家に出かけおばあちゃんに会う時、いつでもその「かめえかめ攻撃」に見舞われました。

でもそれは、祖母に限ったことでもありませんでした。

小学生の頃、休日になると特に親しい友人たち数人を連れだって、家から三、四キロメートルほど離れた山の中に「探険」と称して入り、様々な楽しい時間を過ごしました。

季節の山菜や野いちご、山ブドウを収穫しては舌鼓を打ち、小川で泳ぎ、エビや小魚を捕まえたりしました。

時には、上流の農業用ダム兼養殖場から、大雨で増水した際に流されてきた色とりどりの鯉を捕まえては、家の庭にこしらえた池に放ったりもしました。

そんな「探険」の時には、貧しかった私たちは、もちろん水筒も一セントのお金も持参しません。

長時間にわたって遊びのどが渇くと、近くのオジーやオバーが住む民家に飛び込んでいきます。

きちんとごあいさつをし、のどが渇いて水をいただきたい旨を丁寧に説明し、お辞儀してお願いします。

すると、満面笑みを浮かべたオジーやオバーは、私たちを玄関先に招き入れ、お水や黒砂糖一個ずつを下さりました。

当時の水道事情のまだまだ良くない沖縄の民家には、雨樋を伝った水を溜める直径一メートル、高さ二メートルほどのコンクリート造りのタンクが一つか二つほどありました。

その中には大抵水浄化用の炭が入っていて、各家庭ではそのタンクの水を沸騰させてから飲料用に置いておきます。

その水がとても甘いのです。

遊び疲れた体には、その水と黒砂糖は疲労回復の格別な妙薬です。

戦争で失った自らの子供たちを思い出すのでしょうか、どのオジーやオバーも、腕白な私たちひとりひとりに優しく接し、温かくもてなしてくれました。

あの優しさと甘い水、甘い黒砂糖の味は、三十数年を経た今でも決して忘れません。

「かめえかめえ  うりんありん  むるかめえ 勧めるオバー  ビタミンI(愛)いっぱい」


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