
今日は、ゴールデンウィーク特別記事。長編です。
もしかしたら読むのに2、3日かかるかも知れません。(笑)
肩こりしないように何回かに分けて読んで下さいね。
それでは……
琉球大学に在籍していた学生の頃、2年間休学し、バイトで貯めたお金を持ってボランティア活動に携わりました。
主に和歌山と大阪を拠点に少しでも人々のお役に立てるようにと、東奔西走しておりました。
大阪城のすぐそば、造幣局へ続く美しい桜並木で有名な淀川沿いの天満橋にも一時期住んでいました。
そこでボランティア活動にいそしんでいた昭和60年夏、石原さんというおじいさんにお会しました。

彼はその年の2月に最愛の奥さんをガンで亡くされていました。その悲しみの上に、3年間の看病生活の末抱えてしまった数百万円もの借金返済に疲れ、真剣に自殺を考えていました。
彼は毎朝3時に起き、新聞配達をされて後、昼間の保険の仕事で街中を駆け回る本当にせわしい毎日を送っておられました。
時間に追われた大変な中、忙しい合間をぬって石原さんとの親しいお付き合いが始まりました。
子供もなく、身寄りのない孤独な彼にとって、話し相手になってくれる人がいるということは、心の支えとなったようでした。
「妻を亡くした寂しさでぽっかりと、しかも大きく穴の空いていた私の心が、何か温かなもので満たされていくようです。」
そのような言葉が石原さんの口から出た時、私はとても嬉しくなりました。

その彼がその後間もないある土曜日、新聞配達の途中、ダンプカーとの接触事故で背骨を強く打ち、1カ月間の病院療養の勧めを医者より言い渡されてしまいました。
骨折等はありませんでしたが、日頃の無理がたたって身体はボロボロでした。しかしながら彼にはそのような経済的、時間的な余裕などありません。
翌日彼の家を訪問した時、初めて前日の事故について知りました。
彼は全く動くことが出来ず、本当に痛々しい様子でした。
私は不公平に思える天を少し恨みました。けれども、その背骨の痛みに苦しむ彼の口から出た言葉は、私を本当に謙遜にさせるものでした。
「安里さん、大丈夫です。これは、私がもっとしっかりと強い心をもって生きるように、天が私に与えて下さった愛のむちです。恨む気持ちは少しもありません。心配しないで下さい。すぐによくなりますよ……。」
私は涙がこぼれそうになりました。
その日から、私の母がそうであったように、毎日朝も昼も夜も、同僚と共に石原さんのために祈り、できる限りの看病をしました。
起き上がり、働いて、借金を返さなければという彼の気持ちには並々ならぬものがありました。
結局3日を経ずして、彼は多少の痛みを訴えながらも仕事に出かけ、1カ月間入院療養が必要との医者の言葉を完全にはねのけてしまいました。
意志の強さのすさまじさを目の当たりにして、本当に感銘を受けました。

そして、そのしばらくの後、謙遜、柔和、純真な心を持つ彼にまさに奇跡としか言いようのない魂の癒しが訪れます!
9月の中旬、私たちのボランティア組織の特別大会が大阪で開催されることになりました。
奉仕の大切さ、家族やその絆の大切さ、真に幸福な家庭や社会を築くための特別な提言がなされる非常に大規模な講演会です。
石原さんにとって心癒される特別な集会になると思い彼をお誘いしました。私たちは石原さんが本当に元気になって欲しいと心から願っていたからです。
しかしながら、その日、単なる心の癒しという奇跡だけでなく、魂の癒しという大きな奇跡が起こりました!
その講演会の前の晩9月14日(土)私と同僚は最後の確認のために石原さんのもとを訪問し、集会へ共に参加して下さるようにお誘いしました。
彼は多少躊躇している様子でしたが参加して下さると約束して下さいました。
はじめ、彼の顔の曇が何を意味するのか分かりませんでしたが、集会に参加するための電車賃を心配しておられることがその様子から次第に判ってきました。
でもあえて参加して下さるようお願いしました。
その後の彼の話から、その時彼が持っていたすべてのお金は2千円だけでした。
そして3日後の火曜日にはかなりの額の借金を返済しなければならず、彼はそのお金を友人の家を廻り、お金を借りるための電車賃に充てようとしていたそうです。
……けれども、彼は講演会に来て下さいました。
心高められるよい話を聞くためには先ず身を清めてからと、私たちが訪問した土曜日の晩220円で風呂に入り、翌日の日曜日会場(神戸)までの往復に1,200円を使い、残りのわずかなお金でバイクにガソリンを入れ、友人を頼りに何とかお金を工面しようと心に決めたそうです。

当日、彼は普段と変わらぬ様子でしたが、殊の外熱心に講演会の話者の話に耳を傾けておられました。
集会中、彼は話者の話に耳を傾けつつ、借金返済のめどが何とか立つように必死に祈っていました。
集会後、彼は心を熱いもので満たしながらも、果たして借金返済のめどを立てることが出来るだろうかとの不安で複雑な気持ちだったようです。
私たちと別れてすぐに何軒か友人のもとへ行かれお金を貸していただけるようお願いしました。……でも結果は惨憺たるものでした……。
疲れた心と体を引きずって小さなアパートに戻ってきた頃には、もうすっかり日も暮れ、言いようのない寂しさと絶望感で押しつぶされそうになっていました。
お金は全く借りることが出来なかったのです。
彼の心の中には天を恨む気持ちは少しもなかったのですが、生きる気力がほとんど失われそうでした。
彼は自殺を意識しながら部屋の中の細々としたものを整理し始めました。
初めに手掛けたのはその年の2月に亡くなられた奥さんの服を納めた数個の箱でした。
子どももなく、最愛の奥さんを亡くされた深い悲しみやあまりにも重すぎる借金苦は、彼をして極限まで追い詰めてしまいました。
しかしながら、この世には奇跡というものが本当に存在します。
私は、心の正直な純真・純朴な人々、日々生きるために精一杯正直に努力する人々を、天は決して見捨てないと確信しました。
死を意識しつつ整理していったその奥さんの服の間から一冊のノートが出てきました。
そしてそのノートには、奥さんが生前蓄えてあった預金通帳や保険の証書がはさまれてあったのです!
さらに、いくつかある証書の保険金額や通帳の預金残高の合計が、彼の持っているすべての借金を支払ってもなお余りがあるというのです!
本当に信じ難いことです。でもこれは事実なのです。

石原さんは、この信じがたい大きな奇跡により、文字通り身も霊も癒されました。
魂の奥底から大きな癒しと大きな喜びを得たのです。彼は次のようにおっしゃいました。
「安里さん、私は出てきたお金を人々のお役に立てるようにも使いたいと思っています。……神様は私に生きる希望と私を決して見捨てないという確信を下さいました。私はそれだけで充分なのです。」
人生を仲睦まじく共に歩んできた最愛の妻(オバー)。その彼女が病床でガンと闘うその傍らで、お金に糸目をつけず必死に看病した石原さん(オジー)。
妻亡き後、孤独と借金苦にどん底まで突き落とされながらも、誠実に正直にそして必死に働き続けた石原さん。
そして極限まで追いつめられ死を覚悟した石原さん。
でも、天は決して彼を見捨てはしなかったのです。

世の人々の少しでもお役に立ちたいとボランティア活動に携わりました。
周りの人が少しでも元気になれるように一生懸命頑張りました。
でも、振り返ってみると、仕えたと思っていた方々から与えたと思っていた以上のすばらしい大きな「心の糧」をいただいていたことがよく分かります。
特にオジーたちやオバーたちからいただいた大きな元気、頑張る力、そして心の癒しは、本当に格別です。
ところで、亡くなった最愛の妻(オバー)は、霊界で次のように独り言を言っているのではないかと気になっています。
「アイエ~ナ~!(あら、まあ!)だ~、オバーは忘れていたさ~。このグソー(霊界)に来る前にオジーに預金通帳と保険の証書のこと言っておけばよかったさ~。そしたらオジーはこんな大変な思いしなくてもよかったのに……。ごめんね~オジー。本当にごめんよ~。……でもまあ、こんなに人生が変わる大きく貴重な経験が出来たのだから、もういいさ~ね~、オジー……。いやでも、本当にごめん……。」
でも、本当はそうではなく、絶体絶命の窮地に立たされたオジーを何とか救いたいという切実なオバーの心が、また、深い愛情と強い願いを込めて、グソー(霊界)から必死に祈るオバーの温かな思いが、オジーの誠実な努力と相まって「魂の癒し」という大きな奇跡を生んだのでしょう。
そうに違いありません。私はそう信じています。
そしてやはり、「慈愛」とそれに基づく「強い願い」は天の力を引き寄せ、奇跡を生む力となるのです。
「亡き妻の 遺品の陰より 証書出づ 天の恵みぞ 魂癒す」
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