« 2006年4月 | トップページ | 2006年6月 »

2006年5月

2006年5月31日 (水)

青春を謳歌する元気オバー

Panji001 仕事で、あるお客さんの家を訪問した際に、九十歳も近いというのに、血色の良いかわいい顔立ちのおばあちゃんにお会いしました。

ゲートボールや散歩を毎日のように楽しんでいる本当に元気なおばあちゃんです。

とても穏和で人懐っこい上に話し好き、亡くなった最愛の夫オジーの話に移ると、もう顔はほころび、目も爛々と輝きを増していきます。

「オジーはとってもハンサムで働き者だったさ~。」

オバーの若かりし頃、半世紀以上も昔のオジーの顔を思い浮かべながら、懐かしく嬉しそうに話すオバーの頬は、ピンク色に染まって二十歳も若く見えました。

沖縄の保険業界の基礎を築く大きな力となったという働き者のオジー。

そのオジーとの若かりし頃の良き思い出を胸にしっかりと秘め、いつの日かグソー(次の世、霊界)で再開できることを楽しみにしています。

そのような希望を持ちつつ、一日一日、青春(?)を謳歌しているオバーのライフスタイルが、若さと健康の秘訣かもしれません。

青春とは、単なる肉体的に若く元気な時代というだけではないと思われます。

やはり夢や希望を持ち、目標に前向きに取り組み頑張っている人は、すべて青春の真っ直中にいるのでしょう。

何と言ってもそのような人はみんな、あのオバーと同じく春の花のように輝いていますから…。

「今は亡き  オジーの話に  花が咲く  オバーの笑顔は  二十も若し」

2006年5月30日 (火)

10の言葉より1つの実行

Umitosora25 私の家の近くには、小さなタクシー会社があって、その建物に大きな看板が掲げられています。

その看板には次のような大きな文字が記されています。

「10の言葉より1つの実行」

お客様への心遣いを何よりも細やかな配慮で態度と行いに示すことにより、より良いサービスを提供しようとの社長さんの強い気持ちの表れだと感じました。

そのような温かい心遣いは必ずやお客様に届き、リピーターを増やしていくことでしょう。

損害保険の代理店を経営する私の親友に、文字通りそのことを地で行っている方がおります。

西郷隆盛を思わせるような風貌と風格を漂わせる彼は、まさにこの業界の風雲児です。

3年間の研修社員時代、数百名の同じ研修社員の中でも常にトップクラスの新規契約を挙げ、一時期は8カ月連続日本一を記録したまさに怪物です。

昨年10月代理店に独立した後も、沖縄支店内の個人代理店では常にトップクラスの新規契約を挙げています。

その彼に成功の秘訣を聞いてみました。彼曰く、

「決して難しいことはしていませんよ。

 ただ以下の3つの事柄を心込めて実行しています。

 1.初心を忘れないこと。

 2.やるべき事柄、やった方がいいと思う事柄をコツコツ地道に行うこと。

 3.自分が得た良いものをお客さんにも分かつこと。

 人は弱いもので、すぐに弱気になります。

 だから、この道で家族を食べさせるという入社当初の決意を

 いつも忘れないようにするんです。

 また、自らの良心に照らして良いと思うこと、

 すべきと思うことを難しく考えないで

 とにかく怠けず地道に実行すれば、必ず道は開けます。

 そして、自分が得た良いものは独り占めしないで

 みんなと分かち合うのです。

 お菓子でも、良い情報でも何でもです。

 そしたら必ずそれ以上のものが帰ってきますよ。

 当たり前のことを当たり前にこなし、

 難しそうなことでも、できると信じ、

 難しく考えないでとにかく実行です。

 そうすれば、本当に何とかなるんです。

 10の言葉より1つの実行ですよ。」

人懐っこい目で、豪快に笑いながら話す彼の顔は本当に輝いていて、この仕事に心から楽しみながら取り組んでいることがよく分かります。

いつも自らの良心に誠実にあろうとの努力を怠らず、良きものを多くの人に分かつ彼のその人柄と、どのような時でもあくまでも前向きに取り組む姿勢と底抜けの明るさが、人々の心を引きつける大きな魅力となり、成功の力となっているのだと思います。

「営業は人なり」

彼を見ているとその言葉の意味がよく分かります。

柔和、謙虚かつ勤勉、そして何でも人に分かつ「かめえかめオジー&オバー」の精神は彼の中にもしっかりと根を張り、彼をして成功者とならしめています。


2006年5月29日 (月)

ハミングバード

Haibiscus02 昨日わが家の庭に「ハミングバード」すなわちハチドリらしきものがやって来て、インパチェンスの花の蜜を吸っていました。

もし本当にハチドリであれば、生まれて初めてのご対面です。

すかさずカメラに収めようとしましたが、その移動の早いこと、カメラを取り出した頃にはもうその姿はありませんでした。

でも本当にハチドリだったのでしょうか……?

ハチドリは、鳥類の中では最も小形で、最小のものは体長約6cm。 鮮やかな羽毛をもつものが多く、花の蜜を吸うために空中に停止することができます。

南北アメリカに約320種が分布しているとのことですが、この沖縄にもいるのでしょうか?

よく、蛾をハチドリに間違えることがよくあるようですが……。

もう少し調べてみます。

ところでハチドリで思い出したのですが、学生の頃「The Greater Love(ハミングバード)」というとても感動的な短いビデオを見ました。

幼いクリストファーとジェニーの兄妹の物語です。

懐かしい感動の記憶をたぐりながらみなさんに紹介します。

蜜を吸うために、幼い2人の家の庭に数羽のハミングバードがやって来ます。

物語は、えさの蜂蜜を吸うそれらのハミングバードを見つめながら、仲睦まじく会話している2人の様子から始まります。

兄:「鳥たちは、1日中ああやって食べなくちゃいけないんだ。」

妹:「本当? もし誰かがけがしたらどうするの? 飛べなくなったらどうするの?」

兄:「友達が取ってあげるのさ。」

妹:「じゃあ、その友達が何も持っていなかったら死んじゃうの?」

兄:「うん。でも鳥はけがした友達を絶対見捨てないよ…。」

時にはけんかもする2人ですが、すぐに仲直りして一緒に遊ぶ本当に仲の良い兄妹です。

ある日、ペットショップに2人で出かけた帰り道、兄のクリストファーがトラックにはねられ、重傷を負ってしまいます。

大腿骨骨折、内臓出血のかなり厳しい、死の危険を伴う大けがです。

緊急の輸血が必要ですが、クリストファーの血液は抗ウィルス性のAB型Rh-という極めて稀な血液で、その地域では手配しても到着まで2時間かかります。

急きょ幼い妹のジェニーから半ユニットの血液採取を行うことになりました。

父親が、ジェニーに輸血のための採血をお願いします。

父:「ジェニー、お兄ちゃんは今血が必要なんだ。
   それができるのは、君だけなんだ。
   彼を助けてくれるかい?」

妹:「……私にそうしてほしいの?」

父:「お願いできるかい?」

妹:「……わかった…。」

大きく決心したジェニーは、ベットに横たわり、採血に臨みます。

ジェニーの血液で手術を受けたクリストファーは、医師と看護師の懸命な手術と処置、そしてその後到着した血液のおかげで一命を取り留めました。

手術を終え、両親に報告するためにやってきた医師に、ジェニーは次のように尋ねます。

ジェニー:「私いつ死んじゃうの?」

医師:「えっ? ……君は大丈夫だよ。君は死んだりなんかしないよ。」

ジェニー:「……血を誰かにあげたら、死んじゃうと思ってた。」

父:「それじゃあ、ジェニーはクリストファーに血をあげて
   自分は死ぬつもりでいたのかい?」

ジェニー:「……だって、わたしのお兄ちゃんだもの……。」

このビデオは、実話に基づいて作成されたもののようですが、本当に感動し泣けてきました。

幼子の純真な愛情には、人の心を洗う本当に大きな力があります。

ハミングバードについて見たり聞いたりする度にあの感動が蘇ってきます……。


2006年5月28日 (日)

元満州開拓少年義勇兵オジーの底力

Umitosora26わが家には、二百坪ほどの畑があります。

北中城村の村道のすぐ側にあり、入手した時には村道より50センチメートルほど低い土地でした。

生い茂っていた木々をすべて切り倒し、根ごと掘り起こして小さな畑にしました。

その村道の舗装工事があった際、出てきた大量の土砂の一部をいただいて、道路側の50センチメートルの落差を埋めるべく畑に放り込みました。

ところがその土は野菜栽培には到底向かないやせ土です。

そこで父を筆頭に農地一等地化計画が実施に移されました。

なんと、ユンボを使うことなく、ショベルや鍬の手作業で、畑の土を再生させるというのです。

この無謀な発想にびっくりしました。

しかしながら、一度言い出したら後に引かないのが父の性分。

年老いた父だけで二百坪を耕させるわけにはいきません。

畑の一番下手に幅2メートル、深さ1メートル、長さ15メートルほどの溝を掘り、そこにトラック5、6台分のあの道路舗装工事から出た土砂を移し始めました。

溝が埋まると肥えた土を被せ、また別の溝を掘って例の土砂を移すわけです。

それを何回か繰り返して、すべてのやせ土を移した後、山のように盛り上がっている肥えて黒々とした土を、道路との落差50センチメートル部分を埋めるべく移動させます。これがまた半端ではない本当に大変な作業です。

しかしながら、父はほとんど休まず、黙々と働き続けます。

私たち若者の息が上がってもまだまだ黙々と穴を掘り、土を運び続けます。

最初は「オヤジはよくやるな~」の軽い驚きから次第に驚嘆に変わり、仕舞いには尊敬に変わっていきました。

二百坪の畑を1日で一等農地に変えたのです。

恐ろしいまでの働きぶりです。

翌日私はダウン、父はいつものように畑に出て、区画整理と種まきの準備です。

当時70歳を超え、大手術を終えてまだ間もないオジーのどこからそのような力が出てくるのかと本当に敬服しました。

元満州開拓少年義勇隊の一員であった父の恐ろしいほどの底力を思い知らされました。

大正生まれの断固実行の気概と勤勉さ、そして強靱な肉体と体力の前には全く歯が立ちません。

情けない当時30代、面目丸つぶれでした。

もう一度身体を鍛え直して出直しです。

「二百坪の 田んぼも畑も なんのその オジーの鍬で 一等農地」


2006年5月27日 (土)

元気オジー&オバードライバー

Akaihana06 朝会社へ出勤する車の窓からふと左の車を見ると、なんと年の頃80歳を越えると思われるおばあちゃんが、窓から吹き入る風で白髪を少し後ろになびかせながら、車を運転しているのです。

背筋もピンと伸ばし、わき目もふらず一心に前を見つめるように運転していました。

でもその様子には、初心者のゆとりのなさは微塵もなく、至極穏やかで落ち着き払っています。

驚きのまなざしがいつしか尊敬のまなざしに変わっていきました。

「沖縄のオバーは本当に元気だな~!」と心の底からそう思いました。

私の父の実家、北中城村の荻道にも同じような元気オジーが住んでいました。

当時98歳。まさに1世紀を元気一杯生きてこられた長老です。

このオジーも百歳近くまで毎日のように車を運転して、個人的な用事をこなし、村や区の行事や老人会の集まりに顔を出していたようです。

「百歳近くの元気有名ドライバー」として区や村の名物オジーにもなっていました。

私も一度だけそのオジーと車ですれ違ったことがあります。

お盆に親戚周りをした際、隣に父を乗せて北中城村の荻道付近を走らせていた時のことです。

父が「あのオジーが百歳近くでまだ車を運転している荻道の元気オジーだよ」と指差すのです。

制限速度時速40㎞の道路を、時速20㎞のマイペースで運転を楽しみながら走らせる、本当に穏和そうなオジーでした。

前述のオバードライバー同様、年は取っていても落ち着いたハンドルさばきで、ぎこちなさは全くありません。

運転を本当に楽しんでいるようです。

白銀のオバードライバー、百歳のオジードライバーのいずれからも、中庸や柔和さを持って人生を楽しみ、チャレンジし、謳歌する人が醸し出す温かい力を感じます。

そしてこちらまで元気になるのです。

「白銀の 髪を後ろに なびかせて オバードライバー さっそうと走る」


2006年5月26日 (金)

値引きおまけのかめえかめえオジー&オバー

Umitosora23 三男の息子は中学のテニス部に所属していて、部活が終わるといつものごとく、学校の近くのパーラーに寄ります。

そのパーラーを経営しているのは、とても仲のよいオジーとオバーですが、学生の間でかなりの人気があるようです。

なぜかというと、このオジーとオバーはとても優しくて、お腹をすかせながらもあまりお金のない学生に対しては、値段をまけてあげ、またすべての学生に分け隔てなく、多めに作った商品をおまけであげるというのです。

50円のコロッケが40円になったり30円になったり、また、多めに作ったオバー特製のサーターアンダギー(麦ナゲットの沖縄版みたいなもの)をみんなに一個ずつ振る舞ったりするのです。

商売戦略と言われればそれまでかもしれませんが、それだけでもなさそうです。

少ない小遣いで一ヶ月をやり繰りしなければならない息子たちにとっては、神さまのような存在です。

くりくり坊主頭の学生たちが、自分の孫のように見えるのでしょうか、あるいは戦争でなくした自分の息子、娘のように見えるのでしょうか、オジーとオバーは、典型的な「かめえかめえオジー」「かめえかめえオバー」です。

気になるのは、オジーとオバーの儲けです。

採算はとれているのでしょうか。

息子には、「オジーとオバーにも生活があるのだから、値切るんじゃないよ! もらうだけじゃなくて、お母さんの得意なジェローケーキでも一緒に作って、時折はお礼しに行きなさいよ!」と釘を刺し続けますが、オジーとオバーにとっては、子供たちの喜ぶ顔が彼らの元気の源なのかもしれません。

「子供はみんなで育てるもの」と太っ腹に構える「かめえかめえオジー&オバー」たち。

彼らの子供たちに対する温かな思いは、なんとも嬉しく、私たちにとっても大きな元気の源です。

「学生に 大もてパーラー 切り盛りす 値引きおまけの オジーとオバー」

2006年5月25日 (木)

北谷第二小学校の幼子たちへ-ミエルさんからの手紙

begonia02.jpg先日皆さんが送った手紙に対して、ミエルさんから皆さんひとりひとりに嬉しいお返事が届きました。

ひとりひとりへの感謝と温かな励ましが込められた本当に心温まるメッセージです。

純真な心で手紙を綴り、送ってくれた皆さんへ心からの「ありがとう」の気持ちを込めて紹介します。

病気で苦しむ方々のために、続けて花を大切にお世話し、その度に一生懸命祈りましょうね。

<ミエルさんよりの感謝の手紙>

「北谷第二小学校のみなさん、
 本当にありがとうございます。
 とってもとっても嬉しいです。

 涙で文字が読めなくなっています。
 でもすぐにお礼が言いたくて・・・。

 みなさんからのたくさんのお手紙、
 これから大事に大事に、
 何度も何度も読ませて頂きます。
 宝物のお手紙、どうもありがとう。」

「大きな祈りの輪は、どんどん広がっていってるなんて、
 本当に素晴らしい事ですね!

 子供達のお手紙、とっても嬉しいです。
 物凄い元気を頂けていますよ。
 ありがとうございます。」

「心からのお手紙、しっかりと受け取りました。
 祈りの花は、どんどんたくましく
 咲いていってるのですね。
 みなさんと共に、花からのエネルギーをたくさん頂いて、
 心身ともに元気にならなくっちゃね!
 ひとりひとりに、ありがとうを贈ります。」

begoniya03A.jpg

りょうかちゃんへ

 かわいい女の子の絵をかいてくれてありがとう。
 私はまいにち たのしいせいかつをしているので
 あんしんしてくださいね!
 いつかあって、おはなししましょうね。

まゆちゃんへ

 まゆちゃんはおべんきょうがんばっていますね。
 私もまゆちゃんに負けないように、
 たのしいことをみつけて、げんきにがんばっていますから、
 大丈夫ですよ。
 かわいい絵をありがとうね。

りんたくんへ

 しんぱいしてくれてありがとう。
 びょうきにまけないように、まいにちげんきにすごしています。
 みんなのおせわのおかげで、
 お花もずっとげんきに咲いていますね。
 りんたくんもがんばってくださいね!

じゅりあちゃんへ

 おてがみみんなでかいてくれてありがとう。
 おはながいっぱい咲いているときいて、
 とってもうれしかったです。
 そのお花のように、きれいな笑顔でわらっていましょうね。

ゆうなちゃんへ

 かわいい絵をかいてくれてありがとう。
 ゆうなちゃんは絵が好きなんですね。
 好きなことをしていると、とてもげんきになれます。
 だから私もげんきでいますからしんぱいしないでね。

さゆりちゃんへ

 さゆりちゃんはチョコが好きなんですね。
 私もチョコは大好きです。
 私はたのしいことをみつけて、
 これからもいっしょうけんめい、いきようとおもいます。
 大好きといってくれて、ありがとう。

しゅうまくんへ

 私の好きなどうぶつはネコです。
 まいにちお花のおせわありがとうね。
 お花がげんきだと、みんなもげんきでいられるものね。
 びょうきもきっとなおるから、しんぱいしないでね。

たいしゅうくんへ

 たいしゅうくんは、ザリガニのおせわもしているのかな?
 いっしょうけんめいお世話をしたら、
 ザリガニもお花もずっとげんきでいられるから、
 がんばってくださいね。
 ヨーグルトは私も大好きですよ。ありがとう。

りこちゃんへ

 私もカレーもぶどうも大好きです。
 いちばん好きなくだものは、いちごです。
 きれいなにじの絵をありがとう。
 いっしょににじを見たいですね。

らいきくん

 いつもお花のお世話をありがとう。
 みんなのおいのりがつうじて、
 とてもきれいなお花がたくさん咲きましたね。
 だからきっと、私たちのびょうきもよくなるでしょう。

みらいちゃんへ

 すてきなおなまえですね。
 お花のきれいな絵をありがとう。
 お花がげんきになると、私たちもげんきになれて、
 みんなもげんきになれますよね。
 私はいま、とってもげんきでいます。

さとなちゃんへ

 いつもお花のお世話をありがとう。
 たくさんのお花がさいてくれて、
 私はとっても嬉しいです。 
 みんなのおいのりがきっと私たちのびょうきを、
 なおしてくれるとおもいます。

ひろとくんへ

 たのしいお手紙ありがとう。
 ザリガニもげんき、お花も元気、
 そしてみんなもげんきでとってもうれしいです。
 私もまいにちげんきにすごしているので、
 あんしんしてください。

せいやくんへ

 いつもいのってくれてありがとう。
 みんなのおいのりがつうじて、
 きっとみんなげんきでいられるとおもいます
 お花のおみまいとってもうれしいです。
 お花をもらえるように、がんばってびょうきをなおすから、
 まっていてね!

ゆいちゃんへ

 ザリガニは9ひきもいるのですね。
 お花といっしょに、
 みんなげんきにおおきくなるといいですね。
 たのしみにしています。
 かわいいおてがみありがとう。

しょうなくんへ

 しょうなくんはおりこうにしていてえらいですね。
 私もまいにちいっしょうけんめいにせいかつしています。
 なんでもいっしょうけんめいすると、
 かみさまはごほうびをくれます。
 しんぱいしてくれて、ありがとう。

だいきくんへ

 たくさんのおいのりをありがとう。
 みんながいっしょうけんめいおいのりしてくれるので、
 お花も私も、とてもげんきでいられます。
 だいきくんはげんきいっぱいに、
 たくさんのおともだちとあそんでくださいね!
 

さきちゃんへ

 かわいいおてがみありがとう。
 いっしょうけんめいかいてくれたのですね。
 とってもうれしいです。
 さきちゃんはこれからも、
 おべんきょうをしっかりがんばってくださいね。

なるみちゃんへ

 みんなでおうえんしてくれて、ありがとう。
 私もみんなのおかげで、
 まいにちげんきにせいかつしています。
 おいしいごはんもいっぱい食べていますよ。
 だからびょうきはなおるとおもいます。

 
りょうたくんへ

 おてがみいっしょうけんめいかいてくれて、
 ありがとう。とってもうれしいです。
 みんながなかよくしている絵ですね。
 これからもたくさんのひととなかよくしてくださいね!

ろみおくんへ

 おはなのおせわ、まいにちありがとう。
 みんなのおいのりはちゃんととどいていますよ。
 いつかみんなにあいにいきたいです。
 そしたらいっしょにあそびましょうね!

ななちゃんへ

 きれいなおてがみありがとう。
 ななちゃんはさんすうが大好きで、がんばっているんですね。
 わたしはまいにちしっかりごはんをたべて、
 げんきにせいかつしています。
 これからもよろしくね!

ひかるくんへ

 なかよしのおてがみありがとう。
 ひかるくんはおべんきょうがんばっているのですね。
 わたしもまけないように、まいにちがんばってせいかつしています。
 100さいすぎてもげんきでいなくちゃね!
 そしたらみんなにあえるものね。

ゆいなちゃんへ

 かわいいおてがみありがとう。
 ゆいなちゃんはメロンが好きなんですね。
 私もメロンは大好きで、きょうこれから食べるところです。
 おきなわのくだものはおいしいんでしょうね。
 こんどぜったいたべにいきますから、まっていてね!

ふうかちゃんへ

 みんながわらっているおてがみありがとう。
 私もわらってよんでいます。
 ふうかちゃんはおんがくが好きなのですね。
 私もおんがくが大好きで、
 おきなわの人のおんがくもよくきいていますよ。
 ビギンがとくに好きです。

れなちゃんへ

 いつもお花のおせわをありがとう。
 みんながおうえんしてくれて、とってもうれしいです。
 私がまいにちげんきでいられるのは、
 みんながいのってくれるからです。
 これからもよろしくね!

こうきくんへ

 お花の絵をありがとう。
 みんながおせわをしてくれるから、
 お花はたくさんげんきいっぱいのさいているのですね。
 私もお花からげんきをもらいましたよ。
 だから、しんぱいしないで下さいね。

 
たいせいくんへ

 きいろいきれいなおてがみありがとう。
 私はきいろが大好きなので、とってもうれしいです。
 お花もいっぱいさいていますね。
 みんなのおかげで私はげんきでいられます。

たつきくんへ

 いつもお花のおせわをしてくれて、ありがとう。
 9ひきのザリガニも、お花とおなじように
 げんきでいると思います。
 私もまいにちげんきにたのしくすごしています。
 だからしんぱいしないでくださいね!
 キャッチボールがんばってね!

begoniya04.jpg

たくさんのお手紙、本当にありがとうございます。
みなさんの気持ちに応えられるように、
私も元気いっぱいに生活しています。
【祈りの花】はみなさんと私達を繋ぐ、
希望の絆ですね。
ずっとずっと大切にしていきたいと思います。
ありがとうございました。

そして先生にも、ありがとうを贈ります!

<--*-*-*-*-*-*-*-*-*-*--*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-->

以下の詩は、子供たちが純真な心で花のお世話をしながら病気の方々のために祈り、そして手紙をしたためた活動に寄せて作って下さった感性豊かな二編の詩です。

inoriflower03.jpg

「祈りの花よ」

    夢乃ミエル

小さな胸で
清らかに願った祈りは
空駆けて 天まで昇り
神の御心に通じた

風よ 
雲よ
無垢な花びらを
どこまでも
高く 高く
飛ばせ 祈りの花を

幼き魂で
純に願った祈りは
海越えて 遥かにとどき
大きな奇跡を生んだ

風よ
波よ
けがれ無き花びらを
どこまでも
遠く 遠く
運べ 祈りの花を

ミエルさんの「祈りの花よ」はこちら

inoriflower02.jpg

 「花と夢」

    夢乃ミエル

痛めつけられようとも
手折られようとも
小さな祈りにも似た
命の営みは
花を咲かすことに全霊をそそぐ

咲かせた花は
だれかの命を繋ぎ
だれかに命を与えてゆく

汝 花であれ 夢であれ

打ち砕かれようとも
踏みにじられようとも
大きな祈りにも似た
明日への望みは
夢を咲かすことに心血をそそぐ

いつかー
花と咲く夢を信じ
だれかに愛を伝え
だれかに勇気を与えてゆく

汝 花であれ 夢であれ

強くて 一途な 花となり
美しい夢よ 咲き誇れ

ミエルさんの「花と夢」はこちら

inpachensu07.jpg

ミエルさんは次のように結んでいます。

「みんな一生懸命に、文字や絵を
 書いてくれています。
 本当に心を打たれます。

 私達が元気に楽しく生きる事が、
 小さな子供達へも
 生きる元気を与えている事、
 改めて実感いたしました。
 元気や勇気は、誰かから頂くと同時に、
 こちらからも与えてあげられる。
 そうやって生きてゆくのが、
 人間本来の生き方ですよね。
 だから人は、自分の為だけに
 生きているのではなく、
 誰かの為に生きて、
 生かされてゆくのだと思います。

 ありがとうございました。

<--*-*-*-*-*-*-*-*-*-*--*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-->

umitosora24.jpg

※ミエルさんのブログ【ミエルの居心地のいい場所】
 には、ガンという大きな重荷を背負いながらも、
 前向きにそしてひたむきに生きつつ、
 周りの方々へ贈り続ける温かな思いやりや
 励ましに満ちたメッセージが
 一杯詰まっています。

 100編を越える感性豊かな数々の詩も含め、
 みなさまの心を必ずや癒し、前へ進む元気を
 与えてくれることでしょう。

 みなさまもぜひ訪れてみてください。


2006年5月24日 (水)

風薫る 初夏のやわ雨 すがすがと キュウリ伸びゆく 竿先越えて

Kyuri001 オジーやオバーは、子供たちや特に孫たちを連れて畑に入り、野菜や果物を収穫するのを本当に楽しみにしています。

何よりも収穫する際の子供や孫たちの喜ぶ顔が、また何とも言えない満ち足りた思いをオジーやオバーに与えてくれるのです。

トマトやナス、キュウリ、大根、オクラ、白菜にキャベツ、ほうれん草やからし菜をはじめグァバにアセローラ、バナナにパパイヤ等のおいしい実にいたるまで、収穫は本当に豊富。

オジーやオバーは、まさに篤農家です。

孫たちがおじいちゃんと共に菜園でキュウリに取り組んだ時のことです。

梅雨時のほどよい雨をぐんぐん吸収して、日毎に大きく成長していくキュウリの勢いのすごさに孫たちも感動しています。

2、3日おきに畑に来るたびに、また一雨毎に、キュウリの背丈はぐんぐん伸び、支柱を越える勢いです。

キュウリの実自体も勢いよく大きくなっています。

畑仕事を手伝う孫たちの成長と重なって、オジーやオバーも嬉しそうです。

子供や孫たちにとっても自然から多くのものを学ぶ本当にいい機会です。

ある方が、次のような含蓄のある言葉を紹介してくれました。

「花に囲まれて育った子供は、2人の母を持っているに等しい。」

まさにそのとおりだと思います。

花を愛し、慈しみ育てる中で、無条件の愛情で優しく包む母親のような温かさを感じながら、心癒され、心満たされ、心身共に健やかに過ごし成長できます。

この言葉を少しもじって次のように言えるかも知れません。

「野菜や果物を養い育て、それに囲まれて育った子供は、2人の父親を持っているに等しい。」

畑仕事は時として土や汗にまみれる決してやさしい仕事ではありません。

時として自然の厳しさを学ぶと共にそれに対処する気概や強さを学びます。

自然の恵みの豊かさやありがたさ、生き物への慈しみ、そして野菜の成長過程で様々に好奇心をそそられ、たくさんのことに気づき、学び、知恵や喜びを得ていきます。

自然はまさに偉大な教師であり、家族の絆を深める仲立ちとなり得る友であり、子らの成長を優しく促す温かな父や母のようなものです。


2006年5月23日 (火)

癌と闘うミエルさん、mikannさん、岡田さん、皆さんへ-幼子よりの手紙3

Inpachensu06 ミエルさん、mikannさん、岡田さんそして同じように病気と闘うお友だちの皆さん、「幼子よりの手紙」の第3弾をお届け致します。

やんちゃで色々問題も絶えない幼子たちではありますが、真心込めて花に水をやり、その度に皆さんのことを祈り、また心込めて手紙をしたため、あるいは皆さんからのお返事やコメントを教師の姪から紹介していただく中で、彼らの中にさらに優しい心が育まれているようです。

「特にウーマクな(やんちゃな)何人かの子供たちも、花への水やりや手紙を書く活動の中で、とってもおちついてきておりこうさんになっていますよ。」

姪は嬉しそうにそう報告してくれました。

皆さんの温かい心と元気は確実に幼い子供たちにも届いています。

沖縄でも「祈りの花」の実が溢れるばかりに収穫できそうです。

皆さんの試練と真正面から向き合い「ひたむきに生きる花のような姿」に心から感謝しております。

それでは、幼子たちの飾らない素直な心からのメッセージをじっくり味わい、すべての病を文字通り吹き飛ばしましょう!!


Agl025 ミエルさん、もうびょうきはなおりましたか。
早くびょうきがなおるといいですね。
びょうきがなおったら、おかあさんに花をかってっていうから、びょうきがなおったら花をあげるから、はやくびょうきをなおしてください。
花はとてもきれいなのにします。
早くなおして、早く花をあげたいです。
たのしみにまっててね。
ぼくがいちばんすきなあそびは、ドッジボールです。

征耶(せいや)より


Agl026 わたしのすきなべんきょうは、さんすうです。
みかんさんのすきなたべものはなんですか。
だいじょうぶですか。
まいにちごはんもたべてね。
わたしのなまえもちゃんとおぼえてね。
よろしくおねがいします。

ななより

Agl027 おか田のおじさん、おばあちゃんやわたしのおうちにお花がいっぱいあってあかるいです。
こまったことがあったらいつでもいってください。
だからはやくなおってください。
けんこうにすごしてね。
早く元気になってね。

さとなより




Agl028 みかんさん、みえるさんげんきにしていますか。
これからもがんをなおしてくださいね。
ぼくたちはべんきょうをがんばるから、にゅういんをがんばってください。
すばらしく百さいをすぎて、がんばってくださいね。

輝(ひかる)より


Agl029 わたしはちゃたんだい二小学校のゆいなです。
みかんさんのだいすきなくだものはなんですか。
わたしがすきなのは、メロンです。
みかんさんもがんばってね。

ゆいなより




Agl030ミエルさん、ちゃたんだい二小学校のふうかです。
わたしたちの学校では、いろいろなべんきょうをします。
わたしが一ばんすきなべんきょうは、さんすうと音がくです。
わたしたちのがっこうには、いろんなものがいます。
うさぎやとりやザリガニもいます。
早くがんのびょうきをなおしてください。

ふうかより


Agl031 おか田のおじさんげん気ですか?
早くげん気になって下さい。
リハビリもがんばって下さい。
しゃしんをとりましたので見て下さい。
からだをたいせつにしてくださいね。
たいいんして早くげんきになってください。

れなより

Agl032 みえるさん、みかんさん
早くリハビリでガンがなおったらいいですね。
みかんさんはなんで名前がみかんなのですか?
ぼくが一ばんすきなあそびは、ドッジボールです。
ガンがなおったらいいね。

こうきより


Agl033 みえるさんがんをなおしてね。
はなもいっぱいさいています。
さりがにもいっぱいかっていますよ。
がんをはやくなおしえね。
みかんさん、おか田のおじさんもがんをはやくなおしてね。

たいせいより




Agl034 みかんさん、びょうきをなおしてください。
げんきでいてくださいね。

れなより

   「祈り」

    エライザ・M・ヒコック

どんな方法でかわかりませんが、
神は必ず祈りに答えて下さいます。

祈りをいつも聞いている
いつか必ず答えると、
神はそう言われました。

だから、私は祈り、静かに待ちます。 

願いが望み通りに答えられなくても、
私は神にゆだねます。
みこころには及ばないので…。

神は私の願いをかなえて下さいます。
お願い以上の祝福を与えて下さることもあるのです。

     Inpachensu05

2006年5月21日 (日)

癌と闘うミエルさん、mikannさん、岡田さん、皆さんへ-幼子よりの手紙2

ミエルさん、mikannさん、岡田さんそして同じように病気と闘うお友だちの皆さま、元気でいらっしゃいますか。

お約束しました「幼子よりの手紙」の第2弾をお届け致します。

首を長くして楽しみに待っていたと思いますが、土曜日までの3日間東京の方へ行っておりまして、お届けするのが遅くなってしまいました。

東京には「東京神殿」と呼ばれる先祖の方々を供養し、家族を永遠にひとつに結ぶ神聖な建物があります。

日本各地から多くの方々が先祖の方々の供養と、様々な病気や問題で苦しむ方々の重荷が軽くなるよう祈るために参入致します。

私も3日間参入致しまして、ミエルさん、mikannさん、岡田さんをはじめ、皆さんの病気で苦しむお友だちのために、他人の痛みを自分の痛みと考える何百人もの方々と共に祈って参りました。

毎月何千人もの方々が参入し、皆さんの病が癒され悩みが解消するように祈っております。

ミエルさん、mikannさん、岡田さんをはじめ、皆さんの病気で苦しむお友だちには、今ではあの一心に祈る純真な幼子たちに加えて、皆さんのことを心配して祈って下さる何千人もの心強い応援団がついていますよ。

幼い子供たちは、ミエルさん、mikannさん、岡田さんに加えて、皆さんの病気で苦しむお友だちのためにも祈り始めました。

「愛は、すべてを完全に結ぶ帯である。」(コロサイ3章14節)と聖書にありますが、

「祈りは、奇跡をもたらし、人々の心をひとつに結ぶ帯である。」と実感しております。

痛み苦しむ方々のために祈り、心を尽くすこんなに大勢の方々がいる日本は、まだまだ捨てたものではないと感謝の思いで一杯です。

それでは、以下に幼子たちの手紙第2弾を紹介します。

子供たちの手紙には「がんばってください」や「早く元気になって」「早くなおってください」との、時として皆さんの心を刺してしまうような表現が用いられていますが、かつての私がそうであったように皆さんを励ますに当たっての適切な語彙を持たない彼らのこと、どうぞお赦し下さいね。

今の彼らにとっては、それが唯一皆さんへの愛と心からの気持ちを表わす言葉なのです。

どうぞ見える不十分な言葉ではなく、見えない彼らの温かい心を受け取って下さい。


みえるさん、みかんさんげんきですか?
ぼくのくらすでは、ざりがにをかっています。
ざりがにはとってもげんきです。
いつもげんきにあるいてます。
ぼくたちは、ざりがによりもげんきです。
みかんさんも、みえるさんも早く元気になってね。

ひろとより


ぼくは、せいやです。
はやくがんがなおるといいですね。
ぼくはいつもみずかけしているとき、
みえるさんとおか田さんとみかんさんのがんを
いのっています。
早くげんきになるといいですね。
びょうきがなおったら、花をみまいするから
たのしみにしていてください。
ぼくは、いちばんすきなあそびはドッジボールです。

せいやより


わたしの名まえは、ゆいです。
みかんさん、ミエルさん、おか田のおじさんおげんきですか。
わたしたちの学校は、ザリガニ9ひきかっています。
早くたいいんしてください。

ゆいより


みかんさんは、おげんきですか。
ぼくは、おりこうにしています。
ぼくもみかんさんのおうちにきたいなとおもいました。
はやくなおってね。
みんなもしんぱいです。
はやくげんきでね。
おだいじに……けんこうになってね。

しょうなより



がんのびょうきはたいへんだけど、
がんばっているミエルさんのことをきくと、
わたしまでがんばるきもちになってきます。
がんをなおして、できれば1かいだけでも、
いっしょにあっておはなしをしたいね。
いつかいっしょになにかぜったいしようね。

りょうかより


はやくがんをなおしてください。
からだをだいじにしてください。
からだにいっぱいけんこうをおくってください。
はやくなおってください。
たいいんしてください。

だいきより





わたしは、ちゃたんだい二小でがんばっています。
みかんさんも、がんばってね(^_^)/

さきより








早くがんがなおるといいですね。
からだをたいせつにしてくださいね。
ちゃんとけんこうなごはんをたべていますか?
早くおうちにかえれるといいですね。
がんばってがんをなおしてください。
わたしたちみんなおうえんしています。
たいいんしてもちゃんとからだにいいごはんやうんどうもがんばってください。
わたしたちぼくたちみんないつでもおうえんしています。


なるみより








みかんさんおげんきですか。
すきなくだものは、なんですか。
ぼくがすきなあそびは、ドッジボールです。

りょうたより


おか田のおじさんおげんきにしていますか。
だいじょうぶですか。
がんたいいんをして、がんばってください。
そしたらちゃたんだい二小にあいにきてください。

たろみおより

2006年5月18日 (木)

奇跡をもたらした幼子の祈り

Umitosora223年ほど前、家内の親戚に当たる一人のオバーが突然くも膜下出血で倒れ、病院へ運ばれました。

60歳を過ぎても大好きな文化財発掘調査の現場で働いたり、小学生の健全育成のための活動に毎週ボランティアで参画し、子供たちを温かく指導する本当に気丈なオバーです。

以前から血圧が高く用心しながら奉仕活動にも携わっていたのですが、無理がたたったのかついに最悪の状況に陥ってしまいました。

くも膜下出血は、それで倒れた方の10人中3~4人が亡くなり、一命を取りとめても身体の麻痺や意識障害がでたり、最悪の状況では植物人間になる場合もあります。

オバーが運ばれたその病院には植物人間となった私の友人の母親も入院していました。

さらなる最悪の状況が頭をよぎります。

それを振り払うように家族や親戚一同が心を合わせて祈りました。

緊急の大手術は成功し、何とか一命を取りとめたものの、なかなか意識が戻りません。

十分な治療を受けられるよう大きな大学病院への搬送も検討されましたが、あまりにリスクが高過ぎ、医師も家族も断念。

ただただ祈り、経過を見守ることしかできませんでした。

そんな折り、知らせを聞きつけた20数名もの子供たちが、日頃お世話になっているオバーをこのままにしてはならぬと祈りの輪に加わりました。

子供たちは全員がオバーへの励ましの手紙を書き、10数名の小学校高学年の子供たちがなんと1日食事を絶ってオバーのために祈ったのです。

家族は皆が燃えるような熱い感謝の気持ちに満たされ、意を大いに強くしました。

「最悪の場合死も覚悟して下さい」と宣告した医師の言葉をはねのけ、一週間後オバーは長い昏睡状態から目覚めました。

その後オバーは、医師や看護師を始め周りの方々が驚くほどの回復を見せ、長く苦しいリハビリにも決してめげず一生懸命に取り組みました。

病室の壁には、オバーのために断食して祈った子供たちの励ましの手紙と絵が張られ、オバーはそれを毎日読み返し、眺めては、自身を励まし決して弱音を吐かずにリハビリに専心しました。

そしてその後程なくして、オバーは何ら障害を残すことなく完全に回復したのです。

まさに奇跡でした!

今年65歳の元気オバーは、もちろん細心の健康管理を怠ることなく、現在も子供たちの健全育成の奉仕活動にまだまだ熱い情熱を注いで頑張っております。

深い愛情と痛みを伴う真剣な祈りには、天の御旨を成就する大いなる力があることを確信しました。

特に純真無垢な子供たちの心からの祈りは、天を揺らし、その恵みの窓を開く本当に底知れぬ力があるのです。

ミエルさん、mikannさん、岡田さん、このような心強い味方、天使のような子供たちが皆さんのために心をひとつに祈っているのです。

心を強く保って、是非とも奇跡を起こしましょう!

信じ抜き、最善を尽くすことによりもたらされる「天の愛と憐れみの理法」により、世が「負の因果の理」と称するその病を完璧に打ち砕けるよう心から祈っております。

2006年5月17日 (水)

癌と闘うミエルさん、mikannさん、岡田さんへ-幼子よりの手紙1

Begoniya04 ミエルさん、mikannさん、岡田さん元気でいらっしゃいますか。

ガンの完治へ向けて日々闘病とリハビリに励んでおられることと思います。

焦らずじっくり養生し、必ず良くなるとの強い気持ちをもって一生懸命精進しましょう。

私たちもみんな応援しております。

さて、先日お話しました、小学2年生の教師をしている私の姪のクラスの子供たちから、かわいい手紙が何通か届きました。

純真無垢な子供たちは、例のベゴニヤとインパチェンスの花に毎日水をかけ、世話をしながら皆さんの病気が良くなるよう一生懸命祈っています。

姪曰く、「クラスで一番ウーマクな(やんちゃな)男の子も、花の前ではさすがに神妙になり、目を固くつむって懸命に祈っていますよ」とのことです。

その心からの愛情と祈りが込められた手紙を以下に紹介します。

彼らの元気と純粋な気持ちをしっかり受け取って癌なんか完璧に吹っ飛ばして下さい。では……

Agl010 「わたしのなまえは、りょうかです。
お花は、とってもいっぱいさきましたよ。
ガンのびょうきはたいへんでしょう。
わたしも、そのびょうきをなおしてあげたい。
みなさん、びょうきはやくなおして、
げんきに、まい日たのしいせいかつで、
ずーとながいきしてください。」

りょうかより

Agl001 「はじめまして、
わたしのなまえは、まゆです。
いつもべんきょうがんばっています。
みかんさんは、りはびりがんばっていますか?
おか田のおじさんとミエルさんは、
げんきでいますか?
みなさんげんきでいてほしいです。
ミエルさん、おか田のおじさん、
みかんさん、
げんきでいてください。」

まゆより

Agl008 「ぼくの名前はりんたです。
みかんさん、みえるさん、おか田のおじさん
早く元気になってください。
がんでくるしんでいるけどまけないでください。
みんなしんぱいしているから
がんばってください。」

りんたより

Agl007 「みかんさん、ミエルさん、おかだのおじさん、
がんをもどして(治して)、(えがおの)うつくしいかおや
かっこいいかおになって下さい。
それからこんどおみまいにこれないので、
かんぷうごむをおくります。
あしたかいつかになおってください。」

じゅりあより

「ミエルさん、おはなはもっともっとさいています。
花のように(えがおの)うつくしいかおになってくださいね。」 じゅりあより

「おかだのおじさん、きれいなはながいっぱいさいています。
はやくげんきなってください。」 じゅりあより

Agl006 みかんさん、みえるさん、おかだのおじさん、
わたしはゆうなといいます。
わたしたちはまってます。
早く元気になってくださいね。」

ゆうなより

Agl005 「みかんさん、みえるさん、おか田のおじさん、
がんばって、はやくげんきになってね。
わたしは、がんでもがんばって
いきようとおもう人が大すきです。
みかんさんはくだもので一ばん大すきなものはなんですか?
みえるさんは、大すきなおかしはなんですか?
おかだのおじさん、げんきですか?
わたしは、ももとぶどうが大すきです。
わたしは、ちょこがだいすきです。
わたしは、とてもげんきいっぱいです。
はやくなおってね。」

さゆりより

Agl009 「みかんさん、くだもののみかんがだいすきなの?
みえるさんはなんのどうぶつがすきなの?
おかだのおじさんはなにがすきなの?
ぼくはまいにちがっこうがよいしています。
がっこうがすきです。
がんをなおしてね。
しゃしんもあげるよ。」

しゅうまより

Agl004 「ぼくの名まえは、たいしゅうです。
ぼくのきょうしつにはザリガニがいます。
早くガンをなおしてください。
ぼくのすきなものは、ヨーグルトです。
ぼくは、おにいちゃんが二人います。
おとうとはいません。
早く元気になってください。」

たいしゅうより

Agl004_2 「わたしの名まえは、りこです。
すきなくだものは、ぶどうです。
すきなたべものは、カレーです。
みかんさんと、ミエルさんと、
おか田のおじさんは、
すきなくだものはなんですか?
わたしたちのがっこうではざりがにの
赤ちゃんをかっています。
早くがんをなおしてください。」

りこより

Agl002 「ぼくはいつも水かけしているときに、
いつもみかんさん、ミエルさんと
おかだのおじさんっていって、
いつもおいのりをしています。
はやく、ガンをはやくなおしてください。」

らいきより

Agl011 「わたしの名まえは、みらいです。
からだのいごこちはどうですか?
がんでたいへんですが、
だいじょうぶですか?
おはなはおおきくなりましたよ。
はやくげんきになってください。」

みらいより

Agl012 「みかんさんおげんきですか?
わたしはみかんさんにあえないので
よくわかりません。
でもお花もげんきです。
お花もまいにちかがやいてキレイです。
だから早くもっと元気になってください。
みえるさん、びょうきなおりましたか?
なおったらげんきになって
おきなわにきてください。
それとほんとうの名まえをおしえてください。」

さとなより

Agl014 「おか田のおじさんげんきですか。
はやくなおしてくださいね。
みかんさんげん気ですか?
早くげんきになってください。
みえるさんびょうきはなおりましたか?
お花はいっぱいさいています。
お花にお水をかけるとき、
みえるさん早くなおって下さい、
といってお水をかけています。」

れなより

純真無垢な大勢の子供たちが一心に祈るとき、必ずや天よりの大きな恵みが注がれると確信しております。

「主は、真心から主の聖なる名を呼ぼうとするすべての人に憐れみをかけられる。」

と聖典にある通りです。

絶対にあきらめない強い気持ちをもって養生・リハビリに専念し、文字通り病気を完全に吹き飛ばしてしまいましょう!!

みんなで心から祈り、応援しています。

残りの手紙はまた後ほどご紹介します。お楽しみに……。

2006年5月16日 (火)

幼子の祈りから学ぶ

Orangehana01私の大先輩のおひとりに、去る大戦ですべてを失い、なおかつ若くして父親まで失い、母と多くの兄弟たちと共に極貧の幼少時代を過ごしながら、血の滲むような努力と勤勉さで熱心に学び働き、一代で年間数億の収入を得るにまでに成功され、億万長者となった方がおられます。

西郷隆盛のモットーである「敬天愛人」すなわち天を敬い人を愛することを文字通り実践し、そのとおりに生きた人格者です。

成功されてからも父母の教えの中で培った謙虚さを決して失うことなく、誠実さと卓越した指導力で多くの人々の心をとらえました。

数年前に亡くなられたとき、彼を個人的に慕う数千人の方々が彼の葬儀に参列し、その死を悼みました。

彼は若くして億万長者となった後も、日課として一日たりとも欠かさないことがありました。

それは聖典を熱心に学び、朝な夕なにそしてことある度にひざまずき謙虚に頭を垂れて神に祈ることです。

彼のモットーは、まさに「学び、祈り、家族や周りの方々の幸せのために働き、働き、奉仕し、そしてさらに働いてかつ人生を楽しむ」ことのように思われました。

「天は自ら助くる者を助く。」(イギリスの諺)

「神に祈れ、だが岸に向かって漕ぐ手を休めるな。」(ロシアの格言)

そのことを自らの信念として、自然体でしかし確固とした決意を持ちあらゆる難題に常に前向きな姿勢で熱心に取り組む方でした。

私は彼のことを心から尊敬しておりました。

亡くなる前、若かりし頃の彼の幼い娘の祈りにまつわる興味深いエピソードについて、彼自身からお話しをお伺いしました。

今日はそれを短く紹介します。

常日頃正しい祈りはそれが正当である限り必ずや聞き届けられるとの信念を持って幼い子供たちに教え諭し、自らもそのように信じ努力しておられました。

ある晩小学校へ上がったばかりの娘が彼の元にやって来て質問しました。

「お父さん、あしたえんそくだけど雨がふりそうなの。いっしょうけんめいおいのりしたら、神さまははれにしてくれるかな。」

彼はそれに答えて言いました。

「お父さんは、正しい祈りはきっと聞き届けられると思うよ。」

「わかった。じゃあてるてるぼうずつくって、いっしょうけんめいおいのりするね。」

娘は自らの部屋へ戻り、てるてる坊主を作って窓辺にさげてから一生懸命祈りました。

ところが、娘が目覚めた時その翌朝は、何と土砂降りの雨でした。

娘の祈りに対する確信が揺らがないか心配した父親の彼は、娘に

「たまには祈りも答えてもらえないこともあるんだよ……。」

とためらいがちに言うと娘曰く、

「お父さんそんなことはないよ。神さまはかならずいのりにこたえてくださるよ。だってきのうのよるもいのってるとき、神さまは『あしたは雨だよ』っていってたもん。えんそくいけなくてざんねんだけど、雨ふってたすかる人がたくさんいるんだよきっと。」

彼は、明るい顔で語る娘のこの意外な答えから非常に大切な原則を多く学びました。

そして自らの非を悔い次のように決心したそうです。

この人生で、どのようなことについても天の御旨を求め、知り、それを断固として実行しようと……。

この決意が彼をして一代で偉大な成功者へと導く大きな力となりました。

すなわち家庭にあっては誠実で優しい夫、父親、そして経済界にあっては柔和で傑出した影響力を持つ誠実かつ謙虚な力強い指導者です。

彼の子供たちは、莫大な財産を受け継ぎながらも父親と同じように謙虚に各界で活躍し、かつ温かな家庭を築き、幸福な日々を送っております。

「心をつくし主に信頼せよ、
 自分の知識にたよってはならない、
 すべての道で主を認めよ、
 そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる。」

              箴言3章5、6節

彼の生涯はまさにこの聖句そのものでした。




2006年5月15日 (月)

父の心を変えた幼子の純真さ

Umitosora21私の友人の一人がある時、少し口げんかが多くなった幼い3人の息子たちに、兄弟が互いに仲良く何でも分かち合い協力できるような良い関係を育んで欲しいと願い、彼らを自分の元に呼んで特に長男にひとつの課題を与えて考えさせ、それから一緒に話し合おうと考えました。

彼は長男に5つのあめ玉を渡し、それを兄弟3人で分けなさい、もちろんどのように分けるかはあなたに任せますと投げかけました。

彼の予想では、長男はまず1個ずつを弟たちに与え、あとの3個を自分のものとするだろうから、それを踏まえて持論を展開するつもりのようでした。

ところが結果は予想と全く違うものとなりました。

その長男は少し考えた後、2人の弟にあめ玉を2個ずつあげて自分は残りの1個を本当に美味しそうに食べたのです。

それを見ていた父親である友人は、非常に感激し、彼の言葉を借りれば「自分の中の何かが非常に強く大きく変わるような感動を覚え、持っていたすべてのお菓子を長男にあげたい」と思ったようです。

しばらくは理性で持ちこたえていましたが、結局は気持ちを押さえ切れず全部のお菓子を長男に渡し、兄弟3人で分けさせました。

危うくこぼれそうになった涙を息子たちに見られないように必死にその場を取り繕いながら……。

もちろんその後の予定していた彼の話もキャンセルです。

友人はとても嬉しそうに次のように言いました。

「今回は息子に全く一本やられ、逆にこちらが学びました。まさに釈迦に説法でした……。」

純真な幼子の思いやりある小さな行為が、いかに人に感化を与えその心を動かす力を持つものであるかを改めて確認できた温かい話でした。

幼子の持つそのような純真さは本当に最高です。


2006年5月14日 (日)

恩師の花-インパチェンス

niwanohana01.jpgわが家の庭は今インパチェンスの花で満開です。

至る所に種から芽を出し生長したインパチェンスが所狭しと花を咲かせています。

私はインパチェンスが大好きです。それには2つの理由があります。

まずひとつは、色とりどりの花を咲かせるその花が鳳仙花の仲間であることです。

昨日の「てぃんさぐの花」でも触れたように、この花を見るたびに両親への感謝とその恩へ報いる気持ちを新たにします。

もうひとつは、それが30数年前の私の特別な恩師がそれで学校中を飾り、子供たちの卒業式に必ず用いた花だからです。

昨年1月初旬の春休みの頃、私の姪が教師を勤める小学校に私の3人の子供たちの提案でうさぎ小屋の掃除とえさの差し入れをするために出かけました。

姪や子供たちと2時間ほどの掃除とえさやりを終え、ふと校庭を眺めるとインパチェンスを中心に色とりどりの愛情たっぷりに育てられたであろうと思われる花々に溢れていました。

とても「嬉しそうに咲いている花々」に大きな驚きを覚えすっかり魅了されてしまいました。

用務員のおじさんが丹精込めて育てているのかと姪に聞くと、そうではなく一人の先生が週日も週末も休日も一日も欠かさず毎朝毎夕手入れをしているとのこと。

そして休日であるはずのその日も手入れに来ているとのことでした。

是非お会いして花々をこんなに愛情込めて育てている先生に感謝を伝えつつ、その人となりを知りたいと姪にお願いするとすぐに紹介してくれました。

ところがなんと驚いたことにその先生が30数年前私が小学校4年から6年にかけ、生徒会役員だった頃も含めてお世話になったとても尊敬する私の恩師だったのです!

彼は30数年の時の隔たりにもかかわらず私の名前と私の妹の名前すら覚えていて下さいました。

感動で身震いすらしてしまいました。

inpachensu06.jpg

さらに感動したのは、校庭の片隅で1年生から5年生までのひとりひとりと共に一鉢ずつ花を育てていて、3月の卒業式に6年生へのはなむけにそれで会場の体育館を埋め尽くし飾るというのです。

生き物(花)への愛情と共に卒業していく先輩たちへの感謝と激励の思いを花を育てることで養っていけるようにとの先生の深い思いが込められたものです。

卒業式の日私は参加できませんでしたが、姪が「感動の渦に包まれた本当にすばらしい卒業式でした」と報告してくれました。

その3月末、私は花束とメッセージ、プレゼントを用意し、退職される先生の離任式に出席しました。

先生方が退場されるその場面には、特に会場が感動の渦に包まれました。

その会場へ駆けつけた多くの父母やかつての教え子たちの嵐のような感謝と激励の渦が先生をもみくちゃにしていました。

感動の涙でぐちゃぐちゃになった先生の顔、先生への感謝と退職を惜しむこれまた涙でぐちゃぐちゃの父母や教え子の顔。

その光景は、彼が長年にわたって変わることなくまた分け隔てなく子供たちに注いだ愛情と情熱の深さを物語っていました。

私も先生をしっかりと抱きしめ深い感謝を伝えました。

本当に感動の一日でした。

そしてその日から私も庭でインパチェンスを育て始めました。

先生の子供たちに対する深い思いをいつも思い起こせるようにするためです。

アメリカの偉大な教育者でもあったデビッド・O・マッケイは、次のように語っています。

「人々の間に道徳的な雰囲気を形作る
 青少年の指導者には無限の価値がある。

 花は一時の美しさと香りを放つとしぼみ、
 永久に枯れてしまう。

 だが、立派な教師に教えを受けた子供は、
 永遠の真理の原則を吸収し、良き影響を与える。

 これは霊と同じく永遠にながらえる。」

              デビッド・O・マッケイ
              「幸福への道」 P.308

この言葉は先生への私の心からの賛辞です。

そして同時に私自身へのチャレンジだと受け止め、先生の御恩へ報いられるよう精進したいと思っております。

       inpachensu05.jpg

2006年5月13日 (土)

黄金言葉-てぃんさぐの花

Housennka01 先日母から鳳仙花(ホウセンカ)の苗を一株いただきました。

畑で自然にはじけた種から芽を出し、大きく成長したものです。

以前にも少し紹介しましたが、鳳仙花のことを沖縄では「てぃんさぐ」と呼んでいます。

この「てぃんさぐ」の花にまつわるすてきな琉歌があります。

いわゆる人の道を指し示し、良き事柄へと人を誘う珠玉のような黄金言(クガニクトゥバ)、先人の深い洞察と知恵に基づいて語られた数々の格言を歌にしたものです。

  「てぃんさぐぬ花」

1.「てぃんさぐぬ花や 爪先に染みてぃ 親ぬ諭言や 肝に染みり♪」

  (ティンサグヌハナヤ チミサチニスミティ
   ウヤヌユシグトゥヤ チムニスミリ)

(意味)
鳳仙花の花びらを指先ですりつぶし、出てきた淡いピンクの汁を爪につけて染めると、その色は決して落ちることがありません。そのように、父親や母親の教えを決して消えることのないように心に染め、すなわち心に深く留めて、それを行いなさいという意味の歌です。

2.「天ぬ群り星や 読みば読まりしが 親ぬ諭言や 読みやならん♪」

  (ティンヌムリブシヤ ユミバユマリシガ
   ウヤヌユシグトゥヤ ユミヤナラン」

(意味)
天の群星は数えようと思えば数えることができるが、私たちの幸福を願い情愛を込めて語られる親の教えは数えることができない。

3.「夜走らす船や 北極星みあてぃ 我なちぇる親や 我どぅみあて♪」

  (ユルハラスフニヤ ニヌファブシミアティ
   ワンナチェルウヤヤ ワンドゥミアティ」

(意味)
夜航海する船は北極星を目当てに進みます。同じように私を産み育ててくれた親は私の成長と幸福を目当てとして努めてくれます。

本当にすばらしい黄金言葉だと思います。

私たちのことを本当に愛し大切に思ってくれている両親が、その子や孫たちの幸せを願って与える正しい教えや諭しを、真に心に留めて行い、その期待のままに幸せな人生を送ること、もしかしたらそれが物やお金に勝る最も大きな親孝行-ご恩返しかもしれません。

母からいただいた鳳仙花の苗を大切に育てながら、それを見るたびに上記のことを思い起こすよう努めたいと思います。

※「琉歌」とは奄美・沖縄・宮古・八重山諸島に伝承される
  叙情的短詩形歌謡の総称。
  短歌形式の琉歌は、8・8・8・6の30音からなる定型短詩です。



2006年5月12日 (金)

オジー・オバーの祈り2

Haibisukasu03 妻の実家は、沖縄本島北部にある大宜味村大兼久の海岸のすぐそばにあります。

家の後方は美しい自然の残る小高い山に支えられ、季節の山菜や山あいを流れる小川で捕れる小魚やエビ、眼前の海で獲れるカニ、タコ、イカ、様々な魚など、都会ではお目にかかれない自然の幸を楽しむことができる本当にすばらしい所です。

心癒されるまさにふるさとです。

その実家を子供たちと訪れるたび、おじいちゃん、おばあちゃんは大歓迎です。

さっそく「かめえかめえ攻撃」の歓待を受けますが、おじいちゃんは、決まってまず仏壇の前にひざまづき、私たちのために次のように祈ります。

「タンメーヨウサイ、安里(アサトゥ)ヌ夫婦(ミートゥンダ)ガ ウマグァ ムルスルティ チャイビータンド~。
 事故ンケガンネーランヨークー 無事チチュルグゥトゥ 見守リクィミソーチ イッペーニヘーデービル。
 …家族、子孫ヌ幸(クァマガヌサチ) クヌ後(ヌチ)ン 心(ククル)ユリ ウニゲーサビラ。」

(ご先祖さま、安里の夫婦が、孫たちをみな引き連れてやって参りましたよ。
 事故もケガもなく、無事に着けるよう見守り下さり心より感謝申し上げます。
 …家族、子や孫たちが、この後も幸福に過ごせますよう心よりお願い申し上げます。)

おじいちゃんのこの感謝の祈りを同じようにひざまずいて耳にする度に、私たちや子供たちひとりひとりは、おじいちゃん・おばあちゃんの深い愛情を感じ、感謝の念で満たされました。

その仏壇のそばには、おじいちゃんの長男兄さんで、今は亡き神太郎おじいちゃんが残した家訓ともいうべき琉歌が掛けられてあります。

次のようにあります。

 「誠ある人ぬ 後やいちまでぃん 栄えゆくたみし 世々のかぎり」
  マクトゥアルチュヌ アトゥヤイチマディン サカエユクタミシ ユユヌカギリ

 (誠ある人は 後世いつまでも 世が続く限り栄えるものです。)

その家訓をいつも心に留めつつ、真心から祈るおじいちゃんやおばあちゃん。

いつも「必ずしも偉い人、立派な人にならなくてもいいですよ。ただ誠を尽くす良い人になりなさい」と諭す二人の祈りには、本当に大きな力があると感じています。

私たちが今得ているたくさんの恵みは、私たちを深く愛し、その幸福を祈り、手を差し伸べる人々によるものが大きいとも感じています。

「子や孫が 家に来るたび ひざまずき 仏壇の前 オジーの感謝」

※「琉歌」とは奄美・沖縄・宮古・八重山諸島に伝承される
  叙情的短詩形歌謡の総称。
  短歌形式の琉歌は、8・8・8・6の30音からなる定型短詩です。

2006年5月11日 (木)

オジー・オバーの祈り

Umitosora20 以前にも紹介しましたが、私は、詩人須永博士さんの詩が大好きです。

須永さんの作品は、つらく悲しい立場にいる人の痛みを自らの痛みとして感じて励ます温かさと優しさに溢れています。

同時に良き事柄に向かって前向きに立ち向かっていく強さを教え、またそれを与えてくれます。

そんな須永さんの作品の中でも私は次の詩が大好きです。

    父ありて我が強さあり
    母ありて我が優しさあり
    父母の姿いつも忘れられず
    いつも我が人生の心の支えなり
            須永博士

沖縄のオジーやオバーに日々接する中で、あるいはよくよく観察する中で、須永さんには怒られるかもしれませんが、この詩を次のように書き換えてみました。

    オジーや父ありてわれらが強さあり
    オバーや母ありてわれらが優しさあり
    オジー・オバー、父母の姿いつも忘れられず
    いつもわれらが人生の心の支え
    われらが謙虚さと知恵の礎
    見えぬ大いなる力を信じ引き寄させる師なり

沖縄のオジーやオバーたちというのは、まさに祈りの民です。

自身のためにあるいは家族のため、すなわち子や孫、子孫の幸福を念じどのようなときでもどのようなことについてもトートーメー(仏壇)の前にひざまづいて、あるいは歩きながら、あるいは道ばたで腰を下ろしつつ心込めて熱心に祈ります。

沖縄は先祖崇拝の特殊な地というのが一般のとらえ方のようです。確かにそれは言えるかも知れません。

私たちのオジーやオバー・父母たちは先祖を敬い、その供養に努めるという点では他の地にはない熱の込め方があります。

ただ、母やオバーの話を聞き整理すると、単なる先祖崇拝とも違う興味深い事柄も浮かび上がってきます。

オジー・オバーたちは、人が亡くなると33年後にその人は「神」になると信じています。(イエス・キリストの33歳での復活と昇天を類推させます。)

亡くなった肉親や先祖が「神」になれるよう、またそれらの「神」が自らと家族を見守ってくれるよう熱心に供養し祈るのです。

単なる先祖崇拝と違うのは、その「神」にも大本の「神」がいます。

沖縄ではそれらを「三天の神(ミティンヌカミ)」と呼んでいるようです。

すなわち「御天大主(ウティンウフシュ)」「一味の守り神(イチミヌマモリガミ)」そして「風空気の神(カジクウキヌカミ)」の御三方です。それぞれ別々の人格(神格)を持つ独立した存在です。

キリスト教の神会の概念と以下のように本当によく似ています。

もちろん三位一体とは全く違いますが……。

「御天大主(ウティンウフシュ)」:

  全宇宙を統治する全能の神。天父。父なる神。

「一味の守り神(イチミヌマモリガミ)」:

  イエス・キリスト(全人類の救い主、贖い主)

「風空気の神(カジクウキヌカミ)」:

  聖霊(肉体を持たない霊の御方)

沖縄のオジー・オバーたちは直接、あるいは先祖に祈るときでも先祖を介して、父なる神すなわち「御天大主(ウティンウフシュ)」に祈っているのです。

一般のキリスト教徒からは、沖縄の先祖崇拝は「偶像礼拝」と一刀両断に伏されそうですが、いずれにしてもあのまさに地獄のような沖縄戦を経験し、家族すなわち子や孫の幸福、同胞の幸福を誰よりも強く強く望むオジー・オバーたちの純朴で切実な祈りには、私たちの理解をはるかに超えた大きな力があります。

深い愛情に根ざしたその心から発される祈りには、まさに「見えぬ大いなる力を信じ引き寄せ、奇跡を起こし、魂の癒しをもたらす力」があるのです。

オジー・オバーたちは、理屈抜きで文字通り「われらが謙虚さと知恵の礎、見えぬ大いなる力を信じ引き寄させる師」なのです。

オジー・オバーたちのこの祈りという「霊的な財産」を他の芸能・文化と同じように正しい形で私たち以降の世代にゆずり伝えていくことはとても価値あることだと思います。

もしかしたら、物質的な豊かさとは裏腹に、心の飢えをなかなか満たせない今の殺伐とした時代に最も必要な、真の幸福へ至る鍵のひとつかも知れません。

謙虚な心、深い愛情と感謝に根ざした心から発される祈りは、確かに奇跡と魂の癒しをもたらすからです。


2006年5月10日 (水)

働き者(虫?)&名建築家(虫?)-クマゼミの幼虫

Semiyochu01 先月の末から今月初めの数日間沖縄は例年のごとく雨でした。

「ゴールデンウィーク思いっきり楽しむぞ~!!」と気合いが入っていた方々にとっては少し出鼻をくじかれる天気になったかも知れません。

でも、庭の草花はとても喜んでいるようです。みんな活き活きとしていました。

雨が上がった庭に出て、いつものように花たちに声をかけつつひと花ひと花を愛でていると大きな木の根本にひとつ穴が開いているのを見つけました。

顔を近づけてよくよく見ると、何とクマゼミの幼虫が、2、3日降り続いた雨で壊れたのか、せっせと地面に穴を掘り巣の修繕をやっているようです。

成虫になるため地面から出てきて脱皮する幼虫は何度か見たことがありますが、巣を修繕する幼虫は生まれて始めてみました。

とても器用に土を掘り、そして穴の外へ運び出しています。とても働き者(虫?)です。

なんと、午前から午後にかけて5時間以上ほとんど休まず働き続けました。

あんな小さな身体のどこにあれだけのバイタリティーがあるのか本当に不思議です。

夕方もう一度見てみると穴の入り口は運び出した土でとてもきれいにふさがっています。

まさに家造りの名人です。

「見て、見て! このセミの幼虫チョ~すごいぜ!」

「わぁ~! じょうずに穴ほっている~!」Inpachencu02

わが家の子供たちも、幼虫の名人ぶりに感激し、顔を近づけ、写真に撮り、飽きずにずっと様子を見守っていました。

自然の小さな営みに親子共々とても感動した一日でした。

自然は動物にしろ植物にしろはたまた景色にしろまさに最高の芸術作品です!

2006年5月 9日 (火)

危篤をはねのけたオバーパワー

Umitosora19 母方の祖母、ウサ~オバーが100歳の頃、足は若干不自由ではありましたが、頭ははっきりしていましたし、健康そのものでした。

サツマイモが大好きで、毎日一食は食膳にあげていました。

とても働き者で清潔好き、いつも身の回りを自分できれいに整え、いつ訪問してもさわやかな印象が残りました。

ウサ~オバーも先日のブログで紹介したように、御多分に洩れず「かめえかめえオバー」の典型のようなオバーでした。

子や孫が来ると決して空手で帰すようなことはしません。

手元に何もない時、私の母に食べかけのサツマイモを持たせたこともあったほどです。

とにかく心優しい元気なオバーでした。

そんなオバーも年には勝てず、風邪をこじらせてからはずっと入院続きでした。

いつでも見舞いに行けるようにと、私の実家の近くにある病院に移って来ていました。

そんな折、病状が急変し、病院の医師から私の母にウサ~オバー危篤の連絡が入りました。

その夜が峠で、明朝まではもたないだろうということでした。

家族を集めて最後のお別れをということと、亡くなった場合の衣装等を準備して欲しいとのことでした。

母方の親戚と私たち孫がほとんど全員集まりました。

ウサ~オバーは、とても穏やかな表情をしていて、さほど苦しむ様子はありません。

意識もほとんどないようで、眠っているかのようです。

私の母はいつものように、オバーの体をさすりながら、一生懸命祈っています。

干潮が早朝の四時頃。年配の方々は、その頃が山だろうと話をしています。

ところが、すべての家族がお別れを告げた後、朝の四時を過ぎても、オバーの体はもっています。

潮止まりが終わり、そろそろ潮が満ち始める頃、なんとオバーは急に薄目を開け、おもむろに「ワンネーヤーサンドー。ヌーガラカマシェー」(私はお腹がすきました。何か食べさせて下さい。)と言うではありませんか。

医師から看護師、私たち全員が驚き、目が点になりました。

急いでおかゆを食べさせ、点滴を追加し、適切な処置が施されました。

なんとその時を境に、オバーはみるみる元気になっていったのです。

本当に不思議な奇跡としか言いようがありません。

その後、オバーは一時期自宅療養できるまでに回復し、子や孫と親しい語らいの時を持ちました。

もちろん大好きなサツマイモも食べながら……。

そして3年後、安らかに103歳の天寿を全うしたのです。

オバーの本当にすごい「生きるバイタリティー」に心から敬服しました。

グソー(霊界)で、最愛の夫である徳唐オジーに再会した時、ウサ~オバーはオジーを抱きしめながら次のように言ったかもしれません。

「大好きなオジーに早く会いたかったけど、だ~、おかゆとサツマイモに少し未練があって3年も遅くなったさ~。オジー、寂しくさせてごめんネ~。(笑)」

「オバー危篤 医師の知らせに みな揃う 未明に目覚め ワンネーヤーサン(私はお腹すいたよ)」


2006年5月 8日 (月)

友達はいいもんだ_3-「真の友」

Hirugao01今日は「友達はいいもんだシリーズ」第3弾をお届けします。

先日紹介した詩「すてきな友達」「ケサラの歌」でも分かるように親友とは本当にすばらしいものです。

喜びも悲しみもすべてを分かち合い、時には叱咤激励し、互いにより高い目標をめざして切磋琢磨します。

良き友は人生の本当に大きな宝です。

その良き友、すなわち真の友についてのすてきな詩があります。皆さんも読み味わって下さい。

私をいつも支えてくれる親友たちに贈ります。

   「真の友」

真の友とは、死の床に伏しているときにそばにいてもらいたい人である。

真の友とは、また元気でいるときにも共にいたい人である。

真の友とは、問題があるときに自然に相談を持ちかけたくなる人である。

真の友とは、良い知らせを聞いていちばん先に喜んでくれる人である。

真の友とは、問題が解決したときにいちばん先に報告したい人である。

真の友とは、他の人には打ち明けたくないことも打ち明けたい人である。しかし、それでいて私の心の秘密を詮索しようとしない人である。

真の友とは、心が痛むときに頼りにしたい人である。しかし、頼りにしてもそれを利用しない人である。

真の友とは、倒れ伏しているときに、横でひざをかがめてくれる人である。しかし、元気に立ち上がったときにはひざをかがめたことなど忘れている人である。

真の友とは、悲しいときにすがって泣ける肩をもっている人である。しかし、うれしいときには、いっしょに、思いっきり笑ってくれる人である。

真の友とは、苦しんでいるときに、彼のほおにも幾筋かの涙の航跡が見える人である。しかし、喜んでいるときに、その目にキラッと輝く星の見える人である。

真の友とは、慰めの言葉に痛みの震えのある人である。しかし、共に喜ぶ声にはメロディーのある人である。

真の友とは、長所をよくほめてくれる人である。しかし、欠点もよく忍んでくれる人である。

真の友とは、たとえ失敗しても少しも軽侮の色を示さない人である。しかし、失敗をくり返さないように助言を忘れない人である。

真の友とは、成果をあげたときには誇りに思ってくれる人である。しかし、失敗に終わっても恥には思わないでくれる人である。

真の友とは、成功を助けてくれる人である。しかし、その助力を主張しようとしない人である。

真の友とは、喜ばせれば満足に感じてくれる人である。しかし、失望させてもけっして恨まない人である。

真の友とは、痛いことでも言ってくれる人である。しかし、痛いことを言われてもおこらない人である。

真の友とは、おりいっての頼みごとをしてくれる人である。しかし、それをしてくれても恩着せがましさが全くない人である。

真の友とは、少しでも人の重荷を軽くしようとして助けの手を伸べる人である。しかし、それをさせてもらった事を特権としか感じない人である。

真の友とは、もてるものを与えつくす人である。しかし何を与えたか記録などもっていない人である。

真の友とは、すべての人に最悪のことを言われているときにも、最善のことを言ってくれる人である。

すべての人は、こんな真の友を少なくも四人はもつ必要がある。

そして、少なくも四人の人に対してこんな真の友になる必要がある。

ああ神よ、わたしをこのような真の友になさせたまえ。


2006年5月 7日 (日)

友達はいいもんだ_2-あなたにありがとう

Umitosora18 最近中山真理さんの詩に魅せられてこのブログでも彼女の詩を何度か紹介しました。

きっかけは小6の息子が学校からいただいた楽譜綴りです。

その中に綴られた中山真理さんの詩はとても素敵な感性で綴られたものばかりです。

友達はいいもんだシリーズ第2弾としてもうひとつだけ紹介します。

タイトルは「あなたにありがとう」です。

「あなたにありがとう」

        中山真理

あなたがいたから 頑張ってこられたんだね
ひとりぼっちなら とうにくじけてた

あなたがいたから 元気でいられたんだね
いつも 励ましてくれてたからだね

どんな時も 支えてもらったから
つらいこと いやなこと いつしか 忘れてた

あなたにありがとう
ありがとう ありがとう
いつまでも だいじな宝物
そばに いたこと

あなたがいたから 楽しく過ごせたんだね
けんかをした日は 笑えなかったよ

あなたがいたから 優しくなれたんだよね
いじわるな気持ち 消えて行ったよね

どんな時も 支えてもらったから
つらいこと いやなこと いつしか 忘れてた

あなたにありがとう
ありがとう ありがとう
いつまでも だいじな宝物
そばに いたこと

そばに いたこと

自分のことを本当に一生懸命考えてくれて支えてくれる友がいるということは本当にありがたいことです。

私にもそのような友がいますよ。

そしてそのような友は、本当に大切な宝物です。


2006年5月 6日 (土)

友達はいいもんだ_1-教室のペンキ塗り

Ajisai01 高校時代の友人たちはみんな気持ちのいいやつばかりでした。

高校生活3年間のクラスの仲間たちとの青春の思い出は、本当に数多く、私にとってそのひとつひとつが大切な宝物です。

私は沖縄県立普天間高校の30期生ですが、3年13組のあのクラスで過ごした1年は、私の人生で最高のひとときのひとつでした。

走馬燈のように蘇る多くの良き思い出がまさに凝縮された1年間です。

今日は良き青春の思い出「教室のペンキ塗り」を紹介します。

28年前の5月、ちょうどこの時期の懐かしい思い出です。

理科ビルの隣に建っていた私たちの校舎は、今ではもう新しい校舎になっていますが、当時はかなり古く、1階部分に4クラス、2階部分に同じく4クラスの2階建てになっていました。

何よりも大変だったのが、戸袋に潜んでいる数十匹のガジャン(蚊)。毎朝雨戸を開けるたびにその数十匹(夏場は百匹以上)のガジャン(蚊)が一斉に総攻撃を仕掛けるため、もうたまりません。

そこで気心知れた数人の男子生徒を招集し、共に作戦会議を開催。すったもんだの挙げ句、女子に内緒で(驚かせるため)教室全体のペンキを塗り直そうと決定しました。

密かに打診した男子生徒全員が、なんと二もなく賛成してくれたのです。涙が出そうになる位感動しました。

早速担任の先生と用務員のおじさんを通じ、校長先生に交渉。なぜかすんなり了承をいただき用具とペンキを準備していただきました。

5月中旬の土曜日と日曜日、男子生徒全員が朝早くから教室に集まり、にぎやかにペンキ塗りの決行です。

例の戸袋から雨戸や内壁、外壁、廊下の天井や柱まで一生懸命塗って新ピカピンです。

22人の元気有り余る男子生徒が力を合わせたものですから、2日間で3年13組の教室だけが全くの新築同様になりました。

翌月曜日の朝、女子生徒たちをはじめ先生方や全校生徒のあの驚きの顔を決して忘れません。

特に同じ校舎の他のクラスのみんなの驚きの顔は本当に最高でした!

ガジャン(蚊)もほとんどいなくなり、五月病の症状を呈する仲間も皆無でまさに快適な学校生活の再スタートです。

さらに、出し抜かれたと感じた他のクラスの全男子生徒が立ち上がり、それぞれにペンキ塗りを始めました。

6月末頃までには、学生だけでひとつの校舎のペンキ塗りを完成させ、リニューアルさせてしまったのです。

青春を謳歌するとはまさにこのことだと自ら納得し、すがすがしい気持ちで一杯でした。

同じ気持ちになれる友や仲間がいるということは本当にいいものです。

ペンキ塗りを提案したとき、みんなが心をひとつにしてくれなければ、決してあのようなことは起こりえなかったと思っています。

気持ちが分かり合える友達は本当に大切な宝物です。

卒業式を終えたクラスの分散会の時、私はオリジナルの曲を作りギターをつま弾きながらみんなに感謝を込めて歌いプレゼントしました。

以下に紹介します。皆さんも味わいながら五月病を吹き飛ばして下さい。

吹き飛ぶかな……?

  「わがクラスいつまでも」

         作詞・作曲  安里吉隆

1.暖かな日差しが 校庭を包み
  桜の花も ちらほら咲き出した
  屋根の上では 子猫がうたた寝をしてる
  とてものどかな 春の昼下がり
  なのに日向で語らう みんなの声が
  以前のようには 弾まない
  教室では 想い出作り 授業なんて上の空
  ああ 学生時代も もうあとわずか

2.共に過ごした日々が 一陣の風と
  肩を並べて 通り過ぎて行く
  数々の想い出が 走馬燈のように
  脳裏を 楽しく 悲しく駆けめぐる
  ラララ 服まで真っ白ペンキ塗り
  みんなで応援 陸上 *1
  ちょっぴり涙の 学園祭
  笑いだらけの クリ年会 *2
  ああ 青春の想い出を 宝石箱の中へ

  *1 校内陸上競技大会 
  *2 クラスのクリスマス&忘年会

3.たとえ ひとりびとりの歩む道が
  違ってて みんな 遠くに離れていても
  そして その道が長く 険しくて
  ひとり 涙を落としそうになったとき
  決してくじけちゃいけない ひとりじゃないさ
  みんなの心はひとつさ みんな気持ちのいい奴ばかり
  淋しさなんて 雲の上
  ああ わがクラス いついつまでも

  ラララ……………………………………

  ああ わがクラス いついつまでも


2006年5月 5日 (金)

かめえかめえオバー

Umitosora17103歳で亡くなった私の母方の祖母には、彼女の家を訪問するたびに私たちへ発する口癖がありました。

それは、「かめえかめえ。うりんありん、むるかめえ」です。

それは、「お食べなさい、お食べなさい。これもあれも、みなお食べなさい。」という意味です。

戦時中、筆舌に尽くしがたい艱難辛苦の限りを嘗め、苦悩と極限の飢えを経験したおばあちゃんたち。

平和で何の心配もなく食べられる今の幸せを骨身に染みて知る者が醸し出す優しさなのでしょうか。

沖縄のオバーたちは本当に食べ物の勧め上手です。

たとえ始めて会う人であったとしても、心からのおもてなしを欠かしません。

差し出すものは何であっても構わないのです。

お茶一杯、黒砂糖一個あるいはたとえふかし芋半分であっても……。

空手(素手)で帰してしまっては心苦しいと感じる思いやりの心に溢れています。

このような優しいオバーたちを、私たちは「かめえかめえオバー」と呼んでいます。

そしてそのようなオバーたちのもてなしを、私は「かめえかめえ攻撃」と呼んでいます。

父方、母方双方の実家に出かけおばあちゃんに会う時、いつでもその「かめえかめ攻撃」に見舞われました。

でもそれは、祖母に限ったことでもありませんでした。

小学生の頃、休日になると特に親しい友人たち数人を連れだって、家から三、四キロメートルほど離れた山の中に「探険」と称して入り、様々な楽しい時間を過ごしました。

季節の山菜や野いちご、山ブドウを収穫しては舌鼓を打ち、小川で泳ぎ、エビや小魚を捕まえたりしました。

時には、上流の農業用ダム兼養殖場から、大雨で増水した際に流されてきた色とりどりの鯉を捕まえては、家の庭にこしらえた池に放ったりもしました。

そんな「探険」の時には、貧しかった私たちは、もちろん水筒も一セントのお金も持参しません。

長時間にわたって遊びのどが渇くと、近くのオジーやオバーが住む民家に飛び込んでいきます。

きちんとごあいさつをし、のどが渇いて水をいただきたい旨を丁寧に説明し、お辞儀してお願いします。

すると、満面笑みを浮かべたオジーやオバーは、私たちを玄関先に招き入れ、お水や黒砂糖一個ずつを下さりました。

当時の水道事情のまだまだ良くない沖縄の民家には、雨樋を伝った水を溜める直径一メートル、高さ二メートルほどのコンクリート造りのタンクが一つか二つほどありました。

その中には大抵水浄化用の炭が入っていて、各家庭ではそのタンクの水を沸騰させてから飲料用に置いておきます。

その水がとても甘いのです。

遊び疲れた体には、その水と黒砂糖は疲労回復の格別な妙薬です。

戦争で失った自らの子供たちを思い出すのでしょうか、どのオジーやオバーも、腕白な私たちひとりひとりに優しく接し、温かくもてなしてくれました。

あの優しさと甘い水、甘い黒砂糖の味は、三十数年を経た今でも決して忘れません。

「かめえかめえ  うりんありん  むるかめえ 勧めるオバー  ビタミンI(愛)いっぱい」


2006年5月 4日 (木)

天の恵み-魂の癒し

今日は、ゴールデンウィーク特別記事。長編です。

もしかしたら読むのに2、3日かかるかも知れません。(笑)

肩こりしないように何回かに分けて読んで下さいね。

それでは……

琉球大学に在籍していた学生の頃、2年間休学し、バイトで貯めたお金を持ってボランティア活動に携わりました。

主に和歌山と大阪を拠点に少しでも人々のお役に立てるようにと、東奔西走しておりました。

大阪城のすぐそば、造幣局へ続く美しい桜並木で有名な淀川沿いの天満橋にも一時期住んでいました。

そこでボランティア活動にいそしんでいた昭和60年夏、石原さんというおじいさんにお会しました。

彼はその年の2月に最愛の奥さんをガンで亡くされていました。その悲しみの上に、3年間の看病生活の末抱えてしまった数百万円もの借金返済に疲れ、真剣に自殺を考えていました。

彼は毎朝3時に起き、新聞配達をされて後、昼間の保険の仕事で街中を駆け回る本当にせわしい毎日を送っておられました。

時間に追われた大変な中、忙しい合間をぬって石原さんとの親しいお付き合いが始まりました。

子供もなく、身寄りのない孤独な彼にとって、話し相手になってくれる人がいるということは、心の支えとなったようでした。

「妻を亡くした寂しさでぽっかりと、しかも大きく穴の空いていた私の心が、何か温かなもので満たされていくようです。」

そのような言葉が石原さんの口から出た時、私はとても嬉しくなりました。

その彼がその後間もないある土曜日、新聞配達の途中、ダンプカーとの接触事故で背骨を強く打ち、1カ月間の病院療養の勧めを医者より言い渡されてしまいました。

骨折等はありませんでしたが、日頃の無理がたたって身体はボロボロでした。しかしながら彼にはそのような経済的、時間的な余裕などありません。

翌日彼の家を訪問した時、初めて前日の事故について知りました。

彼は全く動くことが出来ず、本当に痛々しい様子でした。

私は不公平に思える天を少し恨みました。けれども、その背骨の痛みに苦しむ彼の口から出た言葉は、私を本当に謙遜にさせるものでした。

「安里さん、大丈夫です。これは、私がもっとしっかりと強い心をもって生きるように、天が私に与えて下さった愛のむちです。恨む気持ちは少しもありません。心配しないで下さい。すぐによくなりますよ……。」

私は涙がこぼれそうになりました。

その日から、私の母がそうであったように、毎日朝も昼も夜も、同僚と共に石原さんのために祈り、できる限りの看病をしました。

起き上がり、働いて、借金を返さなければという彼の気持ちには並々ならぬものがありました。

結局3日を経ずして、彼は多少の痛みを訴えながらも仕事に出かけ、1カ月間入院療養が必要との医者の言葉を完全にはねのけてしまいました。

意志の強さのすさまじさを目の当たりにして、本当に感銘を受けました。

そして、そのしばらくの後、謙遜、柔和、純真な心を持つ彼にまさに奇跡としか言いようのない魂の癒しが訪れます!

9月の中旬、私たちのボランティア組織の特別大会が大阪で開催されることになりました。

奉仕の大切さ、家族やその絆の大切さ、真に幸福な家庭や社会を築くための特別な提言がなされる非常に大規模な講演会です。

石原さんにとって心癒される特別な集会になると思い彼をお誘いしました。私たちは石原さんが本当に元気になって欲しいと心から願っていたからです。

しかしながら、その日、単なる心の癒しという奇跡だけでなく、魂の癒しという大きな奇跡が起こりました!

その講演会の前の晩9月14日(土)私と同僚は最後の確認のために石原さんのもとを訪問し、集会へ共に参加して下さるようにお誘いしました。

彼は多少躊躇している様子でしたが参加して下さると約束して下さいました。

はじめ、彼の顔の曇が何を意味するのか分かりませんでしたが、集会に参加するための電車賃を心配しておられることがその様子から次第に判ってきました。

でもあえて参加して下さるようお願いしました。

その後の彼の話から、その時彼が持っていたすべてのお金は2千円だけでした。

そして3日後の火曜日にはかなりの額の借金を返済しなければならず、彼はそのお金を友人の家を廻り、お金を借りるための電車賃に充てようとしていたそうです。

……けれども、彼は講演会に来て下さいました。

心高められるよい話を聞くためには先ず身を清めてからと、私たちが訪問した土曜日の晩220円で風呂に入り、翌日の日曜日会場(神戸)までの往復に1,200円を使い、残りのわずかなお金でバイクにガソリンを入れ、友人を頼りに何とかお金を工面しようと心に決めたそうです。

当日、彼は普段と変わらぬ様子でしたが、殊の外熱心に講演会の話者の話に耳を傾けておられました。

集会中、彼は話者の話に耳を傾けつつ、借金返済のめどが何とか立つように必死に祈っていました。

集会後、彼は心を熱いもので満たしながらも、果たして借金返済のめどを立てることが出来るだろうかとの不安で複雑な気持ちだったようです。

私たちと別れてすぐに何軒か友人のもとへ行かれお金を貸していただけるようお願いしました。……でも結果は惨憺たるものでした……。

疲れた心と体を引きずって小さなアパートに戻ってきた頃には、もうすっかり日も暮れ、言いようのない寂しさと絶望感で押しつぶされそうになっていました。

お金は全く借りることが出来なかったのです。

彼の心の中には天を恨む気持ちは少しもなかったのですが、生きる気力がほとんど失われそうでした。

彼は自殺を意識しながら部屋の中の細々としたものを整理し始めました。

初めに手掛けたのはその年の2月に亡くなられた奥さんの服を納めた数個の箱でした。

子どももなく、最愛の奥さんを亡くされた深い悲しみやあまりにも重すぎる借金苦は、彼をして極限まで追い詰めてしまいました。

しかしながら、この世には奇跡というものが本当に存在します。

私は、心の正直な純真・純朴な人々、日々生きるために精一杯正直に努力する人々を、天は決して見捨てないと確信しました。

死を意識しつつ整理していったその奥さんの服の間から一冊のノートが出てきました。

そしてそのノートには、奥さんが生前蓄えてあった預金通帳や保険の証書がはさまれてあったのです!

さらに、いくつかある証書の保険金額や通帳の預金残高の合計が、彼の持っているすべての借金を支払ってもなお余りがあるというのです!

本当に信じ難いことです。でもこれは事実なのです。

石原さんは、この信じがたい大きな奇跡により、文字通り身も霊も癒されました。

魂の奥底から大きな癒しと大きな喜びを得たのです。彼は次のようにおっしゃいました。

「安里さん、私は出てきたお金を人々のお役に立てるようにも使いたいと思っています。……神様は私に生きる希望と私を決して見捨てないという確信を下さいました。私はそれだけで充分なのです。」

人生を仲睦まじく共に歩んできた最愛の妻(オバー)。その彼女が病床でガンと闘うその傍らで、お金に糸目をつけず必死に看病した石原さん(オジー)。

妻亡き後、孤独と借金苦にどん底まで突き落とされながらも、誠実に正直にそして必死に働き続けた石原さん。

そして極限まで追いつめられ死を覚悟した石原さん。

でも、天は決して彼を見捨てはしなかったのです。

世の人々の少しでもお役に立ちたいとボランティア活動に携わりました。

周りの人が少しでも元気になれるように一生懸命頑張りました。

でも、振り返ってみると、仕えたと思っていた方々から与えたと思っていた以上のすばらしい大きな「心の糧」をいただいていたことがよく分かります。

特にオジーたちやオバーたちからいただいた大きな元気、頑張る力、そして心の癒しは、本当に格別です。

ところで、亡くなった最愛の妻(オバー)は、霊界で次のように独り言を言っているのではないかと気になっています。

 「アイエ~ナ~!(あら、まあ!)だ~、オバーは忘れていたさ~。このグソー(霊界)に来る前にオジーに預金通帳と保険の証書のこと言っておけばよかったさ~。そしたらオジーはこんな大変な思いしなくてもよかったのに……。ごめんね~オジー。本当にごめんよ~。……でもまあ、こんなに人生が変わる大きく貴重な経験が出来たのだから、もういいさ~ね~、オジー……。いやでも、本当にごめん……。」

でも、本当はそうではなく、絶体絶命の窮地に立たされたオジーを何とか救いたいという切実なオバーの心が、また、深い愛情と強い願いを込めて、グソー(霊界)から必死に祈るオバーの温かな思いが、オジーの誠実な努力と相まって「魂の癒し」という大きな奇跡を生んだのでしょう。

そうに違いありません。私はそう信じています。

そしてやはり、「慈愛」とそれに基づく「強い願い」は天の力を引き寄せ、奇跡を生む力となるのです。

「亡き妻の 遺品の陰より 証書出づ 天の恵みぞ 魂癒す」

        

2006年5月 3日 (水)

柔道-19歳石井、最年少V

Umitosora16日本武道館で行われた柔道の全日本選手権において、初出場の国士舘大生石井慧選手19歳が史上最年少での初優勝を果たしました。

並み居る世界トップクラスの強豪を次々と倒し、決勝ではアテネ五輪100キロ超級金メダリストの鈴木桂治五段を残りわずか6秒で放った大内刈りで有効のポイントを奪い逆転の優勢勝ちを収めました。

「(鈴木選手との)実力はかけ離れている。まぐれで勝てた」と語る石井選手は、序盤から五輪金メダリストの厳しい組み手に苦しみました。

ただ、決して一本を取られないようにすれば必ず勝機はある、最後まで決してあきらめない強い思いで当たれば何とかなる。彼はそう信じていました。

世界のトップを相手に攻めようにも攻められず、消極的と見なされ指導を受けてポイントに差がついてしまいました。苦しい状況のまま時間が進み、敗戦は決定的でした。

でも、彼は決してあきらめませんでした。

残り6秒の絶体絶命のピンチに、「鈴木選手に唯一決まる技」と感じていた組み際の大内刈りを仕掛け、抱きつくように飛び込んで大逆転を果たしてしまいました。

コーチが止めるほど練習し、寝る前までビデオで研究するほどの超努力家の石井選手。

その血の滲むような努力と最後まで決してあきらめないで飛び込んでいくその果敢さが勝利を呼び込みました。

「決してあきらめない心」と「思いの強さ」がもたらす奇跡を目の当たりにし本当に感動しました。

今後のさらなる活躍を期待しています。


2006年5月 2日 (火)

病気と闘うmikannさんへ

Inpachensu01a 私の父が直腸癌で医師から余命5年と宣告されたとき、また私の娘が大病を患い医師から完治は難しく、最後の特殊な治療で症状が軽くなる確率も3分の1と宣告されたとき、本当にショックでした。

人生の中であの時ほど真剣かつ必死に祈ったことはありませんでした。

初めのうちは「なぜ私の父が?」「なぜ私の娘が?」との苦しい疑問が頭をもたげましたが、すべてを天に委ねてできうる最善を尽くすと決心して祈る中、心がとても穏やかになり「父や娘は大丈夫!心配しないで」との熱くとても静かで強い確信を伴う思いで満たされるようになりました。

父や娘に関して、決してあきらめず最善を尽くすなら、物事は必ずよい方向へ向かうと確信しました。

私のことを心配したクリスチャンの友人は、聖典から次のような珠玉の3つの黄金言葉と詩をプレゼントしてくれました。

本当に励まされました。mikannさんにも紹介します。

「あなたがたの会った試錬で、世の常でないものはない。神は真実である。あなたがたを耐えられないような試錬に会わせることはないばかりか、試錬と同時に、それに耐えられるように、のがれる道も備えて下さるのである。」

「イエスが道をとおっておられるとき、生れつきの盲人を見られた。弟子たちはイエスに尋ねて言った、『先生、この人が生れつき盲人なのは、だれが罪を犯したためですか。本人ですか、それともその両親ですか』。イエスは答えられた、『本人が罪を犯したのでもなく、また、その両親が犯したのでもない。ただ神のみわざが、彼の上に現れるためである。…』」→(時には因果の理法を越えた天の深い御心があると確信しました。)

「わたしたちが最善を尽くした後、神の恵みによって救われることを知っているからである。」

    「足跡」Umitosora06_1

ある夜、ひとりの男の人が夢を見ました。
彼が主と共に浜辺に沿って歩いている夢を見ました。
彼の人生のいくつかの場面が空にぱっと映し出されました。
それぞれの場面において、彼は砂に残されたふた組の足跡に気づきました。
ひと組は彼のもの、そしてもうひと組は主の足跡です。

彼の最後の人生の場面が彼の前にぱっと映し出された時、彼は砂に残された足跡を振り返って見ました。
その時彼は、彼の人生の細道に沿って足跡がただひと組だけしかないということが何度もあることに気づきました。
しかも、それが彼の人生において最も落胆し、最も悲しみにうち沈んでいた時に起きたものであるということにも気づきました。

このことは彼を非常に悩ませたため、彼はそれについて主に尋ねました。

「主よ。あなたは、ひとたび私があなたに従うと決意するならば、生涯私と共に歩んで下さるとおっしゃいました。
しかしながら、私は私の人生におけるいくたびかの最も苦しい時にただひと組の足跡だけしかないのに気づきました。
私は、なぜ私が最もあなたを必要とした時に、あなたが私の許を離れて行かれたのか理解できません。」

主は答えて言われました。

「私の息子、私の大切な子よ。私はあなたをこよなく愛し、そして決してあなたから離れ去ったことはないのです。
あなたが試練に遭い苦しむ間、あなたがただ一組の足跡しか見なかったまさにその時、私はあなたをおぶって歩きました。」と。

心の奥底から本当に熱い力が湧き上がってきました。

信仰心の薄い私ですが、「神の業」が父や娘の上に現れるよう、すなわち神の恵みによって癒しを得られるよう最善を尽くそうと決心したのです。

多くの方々の祈りと励ましに支えられ10年間の治療の末に娘は完治しました。父も心臓のペースメーカーの手術をも経た85歳の今でさえ元気です。医師の余命5年の宣告をはねのけ、15年以上にわたって畑仕事さえ続けてきました。

「天命」には私たちがどのように努めてもどうしようもないものがある一方、「信じ抜く心」と「自らの自由意志による最善の努力」によって「神の恵み」による「神の業の現れ」を目にするようになるものもあると知りました。

すなわち「信じ抜き」「最善を尽くして」「神の恵み」により「奇跡を起こし」「魂の癒し」を得ることが「天命」そのものであることもあるのです。

ロシアの格言に次のようにあります。

「神に祈れ、だが岸に向かって漕ぐ手を休めるな。」

どのような状況であろうと、どのような結果になろうと天にすべてを委ねつつ、しかし最後まで決してあきらめずにじっくりと養生・リハビリに努めるならば、いずれにしても必ずや自らの魂に「神の業の現れ」を目にすることでしょう。

Begoniya03a この記事に貼りつけた2枚の花の写真は、猫に蹴散らされ折れてしまったベゴニヤの葉を挿し芽したものとブロック塀で芽を出し、移植した際に根が完全に折れてしまったインパチェンスの写真です。

小学校の教師をしている私の姪にお願いしてふたつを学校に持っていってもらい、たくさんの子供たちに世話をしてもらっています。

純真な子供たちは毎日水をやり、優しく「頑張ってね」と声をかけてくれています。

全く根がなく、枯れてしまうのではないかと心配もしたのですが、昨日姪から「かわいい花が咲きました」との写真付きのメールをもらいました。それがこれら2枚の写真です。

雨に打たれながらも懸命に咲いています。

2枚の写真が父と娘に重なって本当に感銘を受けました。

ベゴニヤとインパチェンスの花はまさに奇跡そのものです!

奇跡を信じて生きるとき、文字通り「魂の癒し」という奇跡を目にすることができます!!

私の6人の子供たちはmikannさんのために奇跡を信じて毎日祈っていますよ……。


2006年5月 1日 (月)

日本一長寿の沖縄県が日本一肥満の多い県へ

Umitosora15 日本一長寿の県であるわが沖縄県。

ところが、その沖縄が同時に不名誉な日本一も取ってしまいました。なんと、日本一肥満が多い県であることが分かったのです。

社会保険庁が発表した資料により明らかになったのですが、2004年度に行われた「政府管掌健康保険生活習慣病予防検診」を受診した全国347万7759人の数値を都道府県別にまとめた中で、沖縄県は受診した県民のうち男性では約46.9%が肥満であるという結果が出たのです。

2位の北海道は約34.8%、3位の徳島は約34.4%で、およそ10%も引き離しダントツの1位となってしまったわけです。

長寿ナンバーワンというのは間違いありません、ただし健康なのは戦前、戦中、戦後の厳しい時代をすべてにおいて質素な生活を送り、身体を使って勤勉に働いてきた高齢者の方々だけです。

問題は私たち若い世代です。

まず、「ゆいレール」以外電車のない車社会の沖縄で人は歩かなくなり全くの運動不足。

そして、脂の摂取量がかなり多いようです。

沖縄は人口に対するファーストフードやバーの店舗割合が一番多い県。コンビニの弁当でも、他県より脂ものが多いとのことです。

お袋の愛情とミネラルたっぷりの朝のみそ汁も徐々に少なくなり、オジーやオバーの健康を支えた「医食同源」も死語になりつつあるかも知れません。

以前からアメリカナイズされてきた私たちの食嗜好を心配はしていましたが、長寿の高齢者と、不健康な若者のその差は歴然。戦争世代のオジーやオバーの後の世代は長寿ナンバーワン維持は難しく、その座からの転落は時間の問題です。そう感じております。

自給自足による自然の恵みを堪能していたオジーやオバーの質素な食生活に倣い、食嗜好の改善に腹八分そして適度な運動、全県民あげて取り組まなければならないかも知れません……。

« 2006年4月 | トップページ | 2006年6月 »

2013年12月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

最近のトラックバック