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2006年4月21日 (金)

母の祈り

Umitosora13 私の長女は今年高校2年生ですが、彼女が三歳の時、非常に重い病気にかかりました。

訪れた県立病院の専門医に診察していただいた結果、非常に深刻な進行状態であることが分かりました。 その後、自宅の近くにある国立病院の有名な小児専門医を紹介され、本格的な治療が始まりました。

ところが様々な薬物治療がなされますが、思うような成果がなかなか得られません。

当初からかなりの長期戦になることは覚悟していましたが、この種の病気の中でもかなり症状が重く、担当の医師も厳しい表情です。

ある日その担当医に夫婦で呼ばれまして、相談を持ちかけられました。

娘の症状は殊の外重く、現在の症状を抑え、抜本的な治療を施すためには入院が必要であること、その治療には副作用が伴い、完治は難しく、症状が大きく改善する確率も三分の一とのことでした。

もちろん命の危険もあります。

「どうしますか」との問いが投げかけられました。

「どうしますか」と言われても、その治療法以外には他に打つ手はなく、そのままでは命の危険も伴います。

完治は困難、症状の大幅改善の確率三分の一と言われても、もうやるしかありません。

早速、入院の手続きが取られ、特殊な治療が始まりました。

これまでの人生の中で、これほど必死に祈った経験はありませんでした。

当時五歳になる上の息子と、一歳半の下の息子を連れて実家に預けるたび、母が私たち夫婦以上の切実さで朝な夕なに必死に祈っている姿を目にしました。

二人の息子も、そのおばあちゃんの祈る背中を毎日のように見つめました。

娘は、治療期間中かなりの副作用で苦しみました。

しかしながら治療は大きな効力を及ぼし、あの重い症状は徐々に引いていきました。

もちろんその後も長く治療と投薬は続きましたが、日常生活を全く問題なく送れるほどに回復しました。 担当の医師も奇跡が起こったと本当に喜んで下さいました。

普通の子供のように幼稚園に通い、そして普通の子供のように小学校へ上がりました。

私たち夫婦にとって、その平凡でごく普通のことが、本当に大きな幸せであると身に染みて感じ感謝しました。

娘が中学へ上がって間もなく、十年近く続いた治療・投薬は病気の完治と共になくなりました。

担当の医師もこれほどまでの回復は、症例が本当に少ないと手放しで喜んで下さいました。

まさに奇跡でした。

温かく支えて下さった担当の先生や病院のスタッフ、周りの方々へ心から感謝しました。

そして十年間ほとんど一日も欠かさず祈ってくれた母(おばあちゃん)には、どのように感謝しても感謝し切れません。

情愛を込めた祈りは奇跡を生むとは月並みな表現かもしれませんが、私たちにとっては本当に重い言葉です。

「子や孫の 幼心に 焼き付くは 祈るオバーの 小さな背中」


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