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2006年3月

2006年3月31日 (金)

心を洗う幼子の純真さ

Misakipark ある日、三人の孫を預かったオバーが、ひとりの乳飲み子をだっこしています。

三歳になるお姉ちゃんは、オバーを弟にとられたと思って自分もだっこしてくれるようにオバーにせがんでいます。

ところが、二人を同時に抱きかかえられないオバーは困ってしまいました。

その状況を見かねた五歳のお兄ちゃんが、だだをこねるその妹を顔を真っ赤にしながらだっこしてあげたのです。

妹は初めは不服そうにしていましたが、そのうちお兄ちゃんの首に腕を回し、ほっぺたをお兄ちゃんのほっぺたにくっつけて静かになりました。

見ていた私自身も心を本当に強く動かされました。

幼子が、親の求めに素直に従う純真さ、身内の気持ちを察して行動する純粋な優しさには、見る者の心を洗う大きな力があります。

その時オバーが感じた気持ちは、私が感じた気持ち以上のものだったに違いありません。

体の中のすべてが再新されるような、とても温かで、本当に誇らしい気持ちです。

そしてそれは確かに、オバーの身も心も若返らせるまさに長寿の薬なのだと思います。

「乳子も抱き 抱っこねだられ よわるオバー 面染め妹負う 吾孫誇らし」

2006年3月30日 (木)

ベゴニヤの生命力-奇跡と感動の力

Begonia01昨日はセンバツの甲子園球児の熱闘に本当に感動したとの記事を書きました。

彼らひとりひとりの、自分や仲間を信じて決してあきらめない「一生懸命さ」「ひたむきさ」が、最悪の状況の中から奇跡を生む力となり、周りに感動と頑張る希望、前へ進む力を与えてくれることも改めて実感しました。

植物の「一生懸命さ」「ひたむきさ」が、高校球児と同じような奇跡を生む例として、今日はわが家の庭のベゴニヤの花について紹介します。

写真にもあるように、春真っ盛り、時折初夏をも思わせるような陽気に包まれる沖縄では、庭の花々も今を盛りに咲き誇っています。

その中で、プランターに植えた赤やピンクのベゴニヤもこぼれんばかりに鮮やかな花を咲かせ、私たちの目を楽しませてくれています。

そんな中、1月ほど前にある事件が起こりました。(「事件」はちょっとオーバーかな?)

そのベゴニヤの花を2匹の野良猫が追いかけっこをする際、ものの見事に蹴り飛ばしてくれて、数枚の葉が無惨にも折れ散ってしまったのです。

このベゴニヤたちも、手塩にかけたわが子のような存在で、めちゃくちゃ腹が立ちました。

でも、どうしようもありません。

折れ散った葉は本当に痛々しくてそのまま処分するのも心が痛く出来ませんでした。

そこで、ベゴニヤは比較的生命力が強いとの評判も耳にしていましたので、その数枚の折れた葉を、プランターに挿し芽のような形で挿し、手厚く見守ることにしました。

するとどうでしょう。損傷の大きな3枚ほどは枯れてしまいましたが、そのうちの2枚は現在でも元気で、1枚の葉はしっかりと根を下ろし、新たな芽が出たかと思う間もなく小さなかわいい花を咲かせたのです!

Begonia02 大きな驚きと共に、感動に包まれました。

「生きたい!」「きれいな花を咲かせたい!」と強く願いつつ「一生懸命」かつ「ひたむきに」根を伸ばし、水を吸い上げるベゴニヤの葉は、ついに花を咲かせ始めたのです!

花の生命力の強さ、すばらしさ、そして「生きて周りにさらなる幸せを分かちたい!」との強い思いが伝わってくるようです。

そしてそれは、確かに奇跡を生む力となりました。

人も植物も、やはり内に秘められた潜在能力は絶大で「自分でだめだと思わない限り、決して敗北はない」のですね!

現在プランターから植木鉢に移し替えられたその花は、日向で元気一杯に育っています。

ベゴニヤの花よ、高校球児にも劣らない感動と元気を本当にありがとう!

最後まであきらめない甲子園の熱闘!感動をありがとう!

Tsutsuji1_1第78回選抜高校野球大会第7日目の第2試合は、わが沖縄県代表の八重山商工対名門神奈川県代表の横浜高校。

八重山商工は、要所を締める横浜川角投手をなかなか攻略できず、7回まで金城選手のソロホームラン1本に抑えられ、7対1の大量リードを許します。

しかしながら通常ほとんど試合が決まったような厳しい状況下でも全員が決してあきらめず、8回1死から6連続ヒットの猛攻で大量5点を挙げ、7対6まで迫りました。

王ジャパンの快挙にも劣らずめちゃくちゃ感動しました。

勢いに乗る八重山商工は9回、2死2・3塁とリリーフの浦川投手を攻めてさよならのチャンスをつかみますが後続がたたれて試合終了……。

しかしながら、最後まであきらめず、自分と仲間を信じて果敢にしかもはつらつプレーする姿にとても感動しました!!

続く第3試合、東京都代表の早稲田実業と岡山県代表の関西高校の試合も感動的でした。

6対4で迎えた最終回、先行の早稲田実業はだめ押しの1点を挙げて7対4とし、勝負は決まったかに見えました。

ところが、9回裏の関西はこれまた決してあきらめず、気持ちで負けず、エラーと2つの死球で満塁としたあと、安井選手が奇跡の走者一掃3塁打を放ち再び同点としました。

すさまじいまでの「思いの強さ」を思い知りました。

その後は両校共に得点できずに、延長15回史上2度目の再試合となりました。

高校野球がすばらしいのは、すべての選手が一瞬一瞬に全力を傾け、持てるすべての力を出し切るその闘志と一生懸命な姿に本当に大きな感動を覚えるからでしょう。

短い試合の中で、まさに全力で走り、全力で投げ、全力で球に食らいついて打ち返し、全力で打球を追うのです。

勝利を信じ全員が一丸となって対戦チームにぶつかっていきます。

そして、全力を尽くしたものだけが流す悔し涙、喜びの涙があるのです。

すべてが感動です!

今日の上記2試合は、他のすべての試合と同様本当に大きな感動を与えてくれました。

私にとって、野原や道ばたで一生懸命咲く名もない花が与えるに似た本当に素晴らしい感動です!

高校球児-選手の皆さん、本当にお疲れ様!

そしてすばらしい熱闘、感動を本当にありがとう!!

2006年3月29日 (水)

素晴らしい家庭12箇条

Soratoumi02 あるカレンダーに記されたすばらしいメッセージを見つけました。

すばらしい家庭を築くための12箇条です。次のようにあります。

   「素晴らしい家庭12箇条」

1.素晴らしい家庭には信仰がある。
  宗教的な心情から家庭は浄化される。
  宗教的な心情とは目に見えないものを大切にする心である。

2.素晴らしい家庭にはいたわりと尊敬と愛情が充ちあふれている。
  何故なら、愛情は魂の糧だからである。

3.素晴らしい家庭は家族がそろって健康である。
  心身共に健康な家にはいつでも笑いが絶えない。

4.素晴らしい家庭は夫婦が仲良く尊敬し合い、愛情の表現が豊かである。

5.素晴らしい家庭には必ず良い教えがある。
  良い教えとは、人のため世のために奉仕する精神である。

6.素晴らしい家庭には美しい言葉がある。
  美しい言葉とは美しい心の表現である。

7.素晴らしい家庭には若さがある。
  若さとは学ぶ姿勢である。
  だから素晴らしい家庭では家族が良く書物を読む。
  読書は若さと進歩の秘訣である。

8.素晴らしい家庭にはユーモアがあり、食事が楽しくおいしい。
  そしてほめ言葉があふれている。

9.素晴らしい家庭は常に美しく整理整頓、清掃されている。
  居は人の心を映すものである。

10.素晴らしい家庭には良いきまりがある。
  そのきまりを守ることによって家の秩序が保たれている。

11.素晴らしい家庭は腹を立てない。
  寛容の心がみなぎっている。
  感謝の心は最高の美である。

12.素晴らしい家庭には憩いがあり、家族みんなの話し合いの場がある。
  そして日々に進歩している。

   私たちの心は常に光に向かっている。
   その光を求めて多くの人々が集まってくる。
   それを繁栄といい、豊かさというのではないだろうか。

なかなかすばらしいメッセージです。
このメッセージに照らしたわが家の現在の状況は、百点満点の35点位でしょうか。

理想と現実はなかなか隔たりが出来てしまいます……。
でも、大丈夫です。

大切なのは、現在どの地点にいるかではなく、どの方向に向かって進んでいるかです。
そう信じています。

このメッセージが示す家庭を築けるよう努力し続ける限り、報いから漏れることはないと思っています。

マイペースで子供たちと一緒に精進していきます。

2006年3月28日 (火)

わが家の儀式

Kiiroihana1_2 子供たちが幼い頃、わが家には毎日行う儀式がありました。

儀式というとちょっとオーバーですが、要は寝る前に私と家内で子供たちひとりひとりを抱きしめて、「お休みなさい」と声をかけながらほっぺたにキスをしてあげることです。

また、子供たちと共に実家を訪れ、帰るときには必ず子供たちが、おじいちゃんとおばあちゃんを抱きしめ、「ありがとうね~、おじいちゃん・おばあちゃん。バイバイ! また来るね~!」と声をかけながらほっぺたにキスをしてあげることです。

当時は子供たちの方から我先にやってきましたが、中学に上がる頃からは次第に逃げ回るようになり、今では小学3年の末娘と小学6年の4男坊だけになりました。

おじいちゃん・おばあちゃんの家でも抱きしめて、キスをするのはその二人だけで、あとは全員握手に変わりました。照れくさいのでしょうね。私にもよく分かります。

おじいちゃんが直腸ガンの手術で難渋していた頃、子供たちは毎日のように実家を訪れておじいちゃんを見舞い、帰るときには全員がおじいちゃんを抱きしめ、キスをして励ましました。

孫たちの励ましは、おばあちゃんのリンゴとニンジンの愛情・健康ジュースとともにおじいちゃんの回復に大いに寄与したと感じています。

先日このブログでも紹介したように、医者からは5年の命と宣告されていたおじいちゃんの回復は奇跡的なもので、あれからすでに16年、85歳まだまだ元気です。

幼子は天使だと思います。

純真無垢な彼らとの触れ合いから感じる何とも言えない喜びや幸福、彼らの純粋なまなざし、仕草、表情そして愛情は、オジーやオバーの魂の奥、骨の髄までしみこんで、身も心も健やかなものにしていくと信じています。

ある、おじいさんも次のように言いました。

「孫たちはぴっかぴかの新しい硬貨、私たち老人は古びて茶色になり、ところによってはサビのついた古い硬貨です。

でもそのふたつを重ねてこすり合わせると、古い硬貨は新しい硬貨に生まれ変わるのです。

私たち老人も、孫たちとの触れ合いの中で、心も体も若返って、健康で長生きできるのですよ……。」

まさにそのとおりだと思います。

沖縄のオジーやオバーが長寿なのは、もちろん温暖な気候やいにしえから伝わる沖縄独特の健康料理が大きな要因になっているのは否めません。

でも、私にはそれ以上に、多くの子や孫に囲まれ、その触れ合いの中で感じる満ち足りた幸福な思いが、百薬の長にはるかに勝る長寿の薬になっているのだと確信しています。

若者たち、一生懸命勉強して働いてモーキヤーになり(経済力をつけて)、オジーやオバーのためにたくさん子供を産みましょう!

オジーやオバーの長生きの力となるかわいい天使たちを「生めよ、ふえよ、地に満ちよ」です。

「孫の笑み 百薬の長も 影かすむ オジーの笑顔 三十若し」

2006年3月27日 (月)

右の頬 打たれば左 頬を出し 耐えて赦せよ オジーの教え

Okinawapic1_3 私の母方の祖父は新垣徳唐といい、沖縄県の中部中城村で父新垣徳眞と母カマの長男として生まれました。明治十二年二月のことです。

とても聡明で、心優しい穏やかな性格の上、手先が非常に器用で、あらゆる生活の道具を独自に考案し作り上げるという独創的なおじいちゃんでした。

二十四歳の時、呉屋カミと結婚し、その後四男一女に恵まれますが、悲しいことに三男を四カ月の頃に病気でなくし、続いて次男を二歳六カ月の時、長男を十五歳、四男を三十三歳の時に病気で亡くします。

なんと結婚後南米へ移民した一人娘の長女をも病気で失ってしまいます。

そして、さらには最愛の妻カミおばあちゃんも、四男の出産が原因で病気になり、徳唐おじいちゃんが二十八歳の時亡くなってしまいます。

まさに地獄の苦しみです。

でも徳唐おじいちゃんは、決して自暴自棄になることなく、誠実に働き子供たちを必死に養いました。

徳唐おじいちゃんが三十九歳の時、宮里ウサおばあちゃんと再婚します。私の母の母、すなわち私の実祖母です。

その後四男二女に恵まれました。その最初の女の子が私の母です。

過去の苦しみを忘れ、幸せをかみしめるひと時が訪れました。

徳唐おじいちゃんは、八男三女、十一人の子供に恵まれたことになります。

しかしながらその幸福な時もつかの間、やがてその幸せに満ちた笑い声も軍歌・軍靴の音にかき消されてしまいます。

沖縄を吹き荒れた戦争の惨禍、鉄の暴風により、さらに四人の子供たちと共に自らの命も失ってしまいました。

十一人の子供たちの中、実に六人の子供の死を看取らなければならない、本当に狂おしいまでに悲しくつらい人生です。

でも、そのような耐え難い悲しみに打ちのめされながらも、徳唐おじいちゃんが、常に私の母に諭し教えていた事柄の中に、次のような教えがあります。

「人は、右の頬を打たれたら、左の頬をも差し出すようでなければなりませんよ。」

「これからの時代は、三本の指で生活ができるような時代になります。どのような状況でも、熱心に勉強しなさい。」

徳唐おじいちゃんは、クリスチャンではありませんでしたし、聖書を持っていたわけでもありません。

ただ、聖書の中で教えられているひとつの教えを自らの信念として、生活の中で実践していました。

六人の子供を失うという耐え難い試練に会いながらも、天を恨むでもなく、悲しみや苦しみに耐えつつ、自らの心を磨き、人を赦し愛することと熱心に学問に励むことの大切さを子供たちに教え諭しました。

徳唐おじいちゃんは、試練や苦難・悲しみが、決して人をつまずかせるものではなく、それを受け入れ、耐え、乗り越えるべく最善の努力をする人を精錬するものであることを自らの生きざまを通して教えてくれました。

そんな徳唐おじいちゃんを、私は心から尊敬し、誇りに思っています。

「右の頬  打たれば左 頬を出し 耐えて赦せよ オジーの教え」

2006年3月26日 (日)

アメリカ発の黄金言葉(クガニクトゥバ)

Akaihana1_2 友人のひとりから、沖縄の黄金言葉(クガニクトゥバ)ならぬ、アメリカ発の黄金言葉を紹介して頂きました。

「大草原の小さな家」に出てきそうな、アメリカの古き良き時代の雰囲気を漂わせる本当にすばらしい3つのメッセージです。

ひとつは、エセル・G・レイノルズ婦人の夫に対する賛辞の言葉です。

「子供が病気になると、彼は苦しむわが子をやさしくみまもり、看病します。子供たちが泣いて求めるのは父親であり、病気の子供たちにとっては父親こそ万能薬なのです。傷に包帯をする父親の手、苦しむ者に勇気を与えるその腕、子供が過ちを犯したときにやさしくいさめる声、そのような父親に恵まれた子供たちは、父親を喜ばせることをするのが自分たちの喜びであることを知るようになるのです。」

愛する子供たちをやさしく、親の愛情を持って教え導き、諭すようにいつも心がけて子供に接するとき、親の望んでいることを行い、親の喜ぶことを行うことが子供たちの望み、喜びになります。このような家庭で育つ子供たちは、父親や母親の歩んだ(幸福の)道を歩むようになります。そのように教えています。

あとのふたつは以下の通りです。
                                                  
「父親としてあるいは母親として立派であることは、……高い地位に就くよりもはるかに大切なことである。家庭は決まりきった仕事に追われる、たいして意義のないところであるかのように思われることが時折ある。しかし、家庭を実りある場とすることは人生で最高の仕事である。」
                    ハワード・W・ハンター

「父親が息子に与えることのできるものの中で、母親を愛していると伝えることほど貴いものはありません。」
                    H・バーク・ピーターセン

私自身はそのいずれにおいても、落第父親・夫かも知れません。
でも、このようなメッセージに触れるとき、妙に心が安らぎ、郷愁に似た感動を覚えます。

日本の封建時代やアメリカの無法者がはびこるガンマン時代がいいとは決して言いませんが、上記3つは、徳や家族・家庭を大切にする、古き良き時代の真に幸せになるための本質を突く提言のように感じられ、なかなかいいと思います。

家庭・家族の崩壊を報じる記事が後を絶たない、世紀末すら感じさせるこのご時世、なにかしら心に温かいものを感じさせるすてきな黄金言葉です。

これはインターネット教育サービス配信会社スカイクエストコムがめざす理想的な家族像でもあります。

2006年3月25日 (土)

名も知れぬスカウトの善行

Soratokumo02_1 とても心温まる記事を読みました。ボーイスカウト関係者の方々には知らない方はいない話かも知れませんが、とても新鮮な感動を与えてくれました。

1909年の秋のこと。イギリスの首都ロンドンは、例のごとく一日中濃い霧に包まれていました。

アメリカのイリノイ州シカゴからロンドンに来た出版業のウィリアム・ボイス氏は、市の中心部で、ある事務所をさがしていましたが、道がわからなくて困りはてていました。

そのとき霧の中からひとりの少年が近づいてきて、「何かお役にたつことがありますか。」と言いました。

事務所がわからなくてこまっていることがわかると、少年は先にたって、その事務所までボイス氏を案内しました。

ボイス氏は、アメリカ人の習慣で、少年にチップを上げようとポケットに手を入れました。しかしボイス氏がチップをとり出す前に、少年は勢いよく右手をあげて敬礼しました。

「ぼくはボーイスカウトです。今日も何かよいことをするつもりでいました。お役にたててうれしいと思います。スカウトは、他の人を助けることでお礼はもらいません。」と少年は言いました。

少年からボーイスカウトのことを聞いたボイス氏は、用事をすませてから、少年に、ボーイスカウトの本部へ案内してもらいました。ボイス氏が少年の名前を聞く前に、少年はもう姿を消していました。

イギリスの本部でボーイスカウトのことをくわしく調べたボイス氏は、アメリカへ帰って大統領のタフト氏などに話し、やがて、アメリカでボーイスカウト運動が始められたのです。

そのときの少年がだれだったのか、その後もだれもわかりませんでした。

しかし名前もわからないこの少年の小さな善行が、アメリカのたくさんの少年に、ボーイスカウトを伝えるもとになったのです。

自分にも出来るとても小さくて簡単なこと、それが将来の世の中を変える力になるかも知れないと思うと希望が湧いてきます。

2006年3月24日 (金)

子育てのやり直し

Soratoumi01_1 先日、中学1年の息子の悪ふざけが長じて担任の先生から父母呼び出しをいただきました。

教室の中でふざけて、飛んでしまった息子の上履きが運悪く女の子の鼻にあたり、血を流すケガを負わせてしまったのです!

幸いケガは軽く、病院で見てもらって後遺症も残らないようでホッと胸をなで下ろしました。

息子を連れて先生やその女の子とご両親に平謝りに謝り、出来る限りのことを尽くしました。

この息子は、根は優しく明るくひょうきんなのですが、元気があまり過ぎなのでしょう、今回で呼び出しは3度目です。私も今回だけははさすがに頭に来ましたが、家内がかなりこってりと絞り、諭し聞かせたこともあって、すっかりしょげている顔を見ると怒りもどこかへ飛んでいってしまいました。

実のところ息子を諭し教える中で、以前に先輩からいただいた以下の詩が頭にちらついて、また彼なりにこたえている様子に、怒りもしぼんでいってしまったのです。

他の5人の子供たちに注ぐ以上の関心と愛情を必要としているのかも知れません。

  「子育てをやり直せるなら」

  もし、子育てをやり直せるなら、
  家よりもまず、子どもの自尊心を築き上げます。

  間違いを直そうとばかりしないで、
  子どもともっと心を通わせます。

  時間ばかり気にしないで、
  子どもの成長を見つめます。

  知識をばかり詰め込もうとしないで、
  心を思いやりでいっばいにします。

  もっとハイキングに行って、
  広い野原で、子どもと一緒にたこ上げをします。

  深刻ぶるのはやめて、
  子どもと夢中になって遊びます。

  広い野原を一緒に駆けまわって、
  空いっぱいの星をじっと眺めます

  意地を張らないで、
  子供をもっと抱きしめます。

  目先のことだけにとらわれないで、
  もっと長い目で子供を育てるようにします。

  うるさいことばかり言わないで、
  もっと子供をほめてあげます。

  そして、成功や権力を追い求めるのではなく、
  愛の力のすばらしさを子供に教えます。

          ダイアン・ルーマンズ

現アメリカ合衆国大統領の母親であるバーバラ・ブッシュ元大統領夫人が、ある大学の卒業式で演説を行い、以下のように語りました。

「どんな時代であろうと、どんな時勢であろうと不変のものが一つあります。

父親、母親である皆さん、子供があるならば、まず子供たちを優先しなければなりません。

本を読んだり、抱き締めたりして愛を示さなくてはなりません。

家族としての皆さんの成功、社会としてのわたしたちの成功は、
ホワイトハウスではなく、皆さんの家庭の中で起こることにかかっているのです。」

本当に大切な、事の本質を突いたすばらしいメッセージだと感銘を受けました。

忙しい仕事の合間、子供たちともっと一緒に遊び、笑い、学び、互いの関心事や思い、日々の経験を分かち合う時間を持たなくてはいけないな~と思っております。

父親業、まだまだ修行が足りません。

でも、ゆっくり焦らず、丹精込めて一生懸命精進します!

皆さんも、何かよい提案があればアドバイスよろしくお願いします。

2006年3月23日 (木)

漫画も捨てたもんじゃない…かな?

Akabana02_1 私は読書は好きですが、漫画はあまり読みませんでした。漫画に対する若干の偏見があったことも正直に認めます。

子供たちの教育上漫画は好ましくないことの方が多いと感じてきたからです。
目を覆いたくなるような暴力シーンや性描写など、多感な子供たちにとって好ましくないものが漫画の世界にも忍び寄っています。

戦争をはじめとする極端な方向へ人を駆り立てる思想は別として、いにしえから受け継がれてきた道徳観念は非常に大切であると思います。

しかしながら残念なことに、本来すばらしい美徳であるはずのそれらが、現在「古くさいもの」として脇へ追いやられつつあります。

漫画にしろどのようなメディアにしろそれを助長するものはいただけません。

次代を担う子供たちにとって、かれらを取り囲む環境は本当に厳しいと言わざるを得ません。

子供たちには、どうせ読むのなら世界の歴史や日本・沖縄の歴史を漫画で分かりやすく説明する本や偉人伝、童話、昔話など学ぶものが多い本を大いに読むよう勧めています。

ただ、最近私の漫画に対する偏見を大いに和らげた作品に出逢いました。
子供たちがどのような漫画を読んでいるのか確認しようとしていたときのことです。
心動かされる一コマに大いに感銘を受けました。
以下のフレーズをご賞味下さい。

「人の幸福とは家族の中にこそあるのです。

 家族を守ることが国を守ることにつながり、
 家族の絆を弱めてしまうということは、
 先祖への誉れや未来の子孫の幸福や祝福を
 損なってしまうことにつながるのです。

 それを忘れないで下さい。」

     (「スティール・ボール・ラン」
                      少年ジャンプより)

私は感動で、その本に釘付けになってしまいました。
そして、子供たちが持っている漫画をすべて読み尽くしました。

なかなかよい作品ばかりです。

作品の根底に、他人の幸せを願うという優しい心に支えられた作者の理想や理念、信念がしっかりと流れている作品には、本当にすばらしいものがあります。

もちろんすべては手放しでよいというわけでもなく
積極的に勧めているわけでもありませんが、
子供たちに漫画についてあまり小言を言わなくなりました。

少年ジャンプの「スティール・ボール・ラン」の中には、アメリカの偉大な教育者だったデビッド・O・マッケイの以下の名言に相通ずるのがあります。

「私たちに与えられた最も貴い財産は家族である。
 家族関係は何にも勝るものであり、
 この世にあって他のいかなる社会的結びつきよりも
 価値のあるものである。

 何といっても一番心を動かす力があるのは家庭であり、
 家庭こそ底知れない愛の源である。

 家庭は人間としての徳を学ぶ大切な場である。
 人間生活の中に見られる責任、喜び、悲しみ、
 ほほえみ、涙、希望、心配といった様々な経験を
 私たちは家庭生活の中で味わうことができるのである。

 ……愛のもとに一致した家族は、いかに貧しくとも、
 他のいかなる富にも増して神と将来の人類にとって
 大きな価値を持つのである。

 ……いかなる成功も家庭の失敗を償うことは出来ない。」

目の鱗を落としてくれた子供たちに感謝です。

2006年3月22日 (水)

あなたは決してひとりではありません

Miyamaenlavender1 昨日は春の彼岸、ご先祖様への感謝を新たにして、いただいた先祖の血と名に恥じぬ生活を送る決意の日でした。

大切なその日を、王ジャパン対キューバ戦の応援ですっかり忘れてしまっていた私は、少し罰当たり者です。

そこで、その罪滅ぼしではありませんが、沖縄と私の先祖に関する考え方を紹介します。

まず、私の父方の祖父母はもう亡くなりましたが、私の父を含む8人の子供をもうけました。孫である私たち、そして私たちの子供たちである曾孫も含めると、現在120人を超える大親族集団となっております。

もしこの割合で行くと、あと3代後には、2人から120人ですから単純に計算すると、7,200人、さらに3代後にはなんと432,000人となります。

もちろん少子化のこのご時世、実際にはもっと少なくなると思いますが……。
ただいずれにしても、世代を経るごとに大きな数となることは間違いありません。

同じように先祖を考えますと、4、5代上の私たちに関わる先祖は数千人におよびます。

すなわち私たちひとりひとりには、数百から数千人の身近な先祖がいることになります。

私の大好きな詩人の相田みつを氏も次のような詩を残しておられます。

 「父と母で二人 父と母の両親で四人
  そのまた両親で八人

  こうしてかぞえてゆくと
  十代前で千二十四人 二十代前では
  ……なんと百万人を越すんです

  過去無量のいのちのバトンを
  受けついで
  いまここに自分の番を生きている

  それがあなたのいのちです
  それがわたしのいのちです」

         相田 みつを

何千、何万、何十万もの尊い先祖の血をいただいて、今私たちが生きています。

現在恵まれたこの世に生を受け、恵まれた人生を送ることが出来るのも、私たちの前に厳しい時代を立派に生き抜いて下さった先祖のおかげです。

沖縄の人々は、それら先祖の方々の霊は死でもって無に帰するのではなく、すべての先祖の霊がグソー(霊界、次の世)で生きていると信じています。

そしてそのグソーは、私たちのすぐ近くにあるのです。

彼らは私たち子孫の幸福と繁栄を一心に願って、幕の彼方から祈り応援してくれています。

皆さんひとりひとりには何百、何千、何万人もの応援団がついているのです。

王ジャパンが最高の勝利を得られるよう応援した無数の応援者と同じように、あなたを深く愛し、その幸せを願う無数の先祖の方々は、それこそ王ジャパンへ向けられた熱い思い・願い・期待以上の切実さを込めてあなたを応援しています。

すべての夢が打ち砕かれ、希望の光も完全に消え失せ、もう一歩も前へ進めず、立ち上がることすらかなわないと感じているあなたのために、彼らは深い愛を込めて祈っているのです。

心を澄ませ、幕の彼方から送られるその祈りと応援の声に心の耳を傾けるならば、あなたに決して敗北はありません。

その応援の声は、あなたに再び立ち上がり、前へ向かって進み始め、決してあきらめずに幸せをつかむ力を与えてくれるでしょう。

あなたは決してひとりではないのです……。

2006年3月21日 (火)

王ジャパン世界一おめでとう!&感動をありがとう!

王ジャパン世界一本当におめでとうございます!
めっちゃくちゃ感動しました!

19日(日)の韓国戦もこれまでの雪辱を果たすべく内なるパワーを全開にして6対0の圧勝! もう本当に燃えました!

そしてさらに今日、過去のオリンピック4大会中3度金メダルに輝くあの世界のキューバ-赤い稲妻軍団を序盤からリードして10対6の大快勝。

全くもってすごい! の一言に尽きます!

まさに、選手ひとりひとりの優勝へかける思いの強さと、チーム一丸となってぶつかっていった一致団結の強さが世界の王者キューバに勝りました。

もちろん今大会における攻守双方の力のデータは総合して日本が上。でもそれ以上に世界No.1の実力を誇るキューバの壁を打ち崩したものは、全員の心力、すなわち「絶対に優勝を勝ち取るぞ」との全員一丸となった思いの強さだったと思います。

一度は夢も希望も費えたかに思えた最悪の時期も乗り越え、最高の結果を残してくれました。運も確かに実力の内です。

決してあきらめず、最後まで自分や仲間を信じて全力でぶつかれば、乗り越えられない壁はないということを教えられました。

王ジャパン、最高の結果と最高の感動をありがとうございました!!

6人目のお子さん出産おめでとう!

Family1_1 gentanpapaさん、6人目のお子様の出産本当におめでとうございます。

他の5人の子供たちに囲まれて、新しいお子様の世話はなかなか大変だと思いますが、天よりの大切な授かりもの、子育て、お互いにマイペースで丹精込めて一生懸命精進しましょう!(「空と海」さんよりの受け売りです。)

子育てには難儀苦労が伴いますが、その分感動があり、生きる喜びを感じながら、親子共々成長できます。
やりがいのある、まさに一大事業です。

「白金も 黄金も 玉もなにせんに 勝れる宝 子にしかめやも」ですよね。

戦後の日本経済の復興はベビーブームによる消費の拡大とその後の労働力の増大が大きく寄与しました。
このまま少子化が進めば日本は衰退します。

そんな中での6人目の出産は、日本社会への大きな貢献です。
本当にそう思います。

わが家も同じように6人の腕白・おてんばな息子・娘がおりますが、その末っ子が生まれたのが9年前の平成9年8月。
一番上の息子が、小学校4年の時でした。

4人の腕白坊主たちの中、女の子はひとりだけというわが家に、もうひとりのお姫さまが加わった特別な日。
その息子は「いもうと」と題する詩を作りました。
妹の誕生が本当に嬉しかったのでしょう。
以下のようにつづっています。

わが家と同じ8人家族になったgentanpapaさんの家族への小さなプレゼントです。

  「いもうと」
       大山小学校4年3組
              安里 克己(よしや)

  8月1日、とってもうれしい日。
 だって、ぼくのいもうとの
  たんじょう日だから。
  これでぼくらは
  8人家族。

  「かわいい~!」
  「あ! わらってる!」
  と、おとうとたちの声
  うまれたばかりの
  いもうとを見ていると
  なんだか心が
  うきうきしてくる。
  家族みんなもうれしそう。

  いもうとの名前は愛恵(まなえ)ちゃん。
  たくさんの人々に愛され
  恵まれるようにと
  お父さんがつけてくれた。
  愛恵ちゃん 早く大きくなってね。

  いもうとはやっぱりいい。

お子様の健やかな成長と、ご家族のますますの繁栄を心から祈っております。
そして、心から応援しています。

お二人の幸せそうな笑顔を想像しつつ、稚拙ながら一首。

「愛吾子の  顔を覗いて ニンマリと 互いに目くばせ さらにニンマリ」
(まなあこ)

2006年3月20日 (月)

ジョーク-逆走(ギャグソウ)?!

Hibiscus1_2 スカイクエストコムのエンターテイメントページからジョークをひとつ紹介します。
少し頭を柔らかくして大笑いし、心も体も健康になりましょう。では……、

「あるおじいさんが高速道路を走行していたとき、
 彼の電話が鳴りました。

 電話にでると、彼の奥さんがあわてた声で
 彼に注意しました。

 あなた! たった今、280号線で反対走行している
 車がいるとのニュースが流れたのよ!
 気をつけてね!!

 そのおじいさんは言いました。
 いや、1台だけじゃなく、
 100台だよ……。」

何というおじいさんでしょう。

……とは私は言えないのです。
実は……、5方向から入る複雑な交差点で、
私もかつてやってしまったのです!

中央分離帯がない道だったからいいようなものを……。
いや~焦りましたね。くわばら、くわばら……。

みなさんも、車の運転くれぐれも気をつけましょうね。

模範で教え諭す真の師

Kotinda250 私には人生の師と言えるすばらしい先輩が何人かいます。「鉄の暴風」と呼ばれた地獄の沖縄戦を含め、人生の荒波を立派に生き抜いてこられ、仕事においても家庭においても成功を収めておられる大先輩です。

そのおひとりに、かつての沖縄戦で「鉄血勤王隊」に少年兵として従軍し、多くの戦友が尊い命を失う中、奇跡の生還を果たした強運者がいらっしゃいます。

彼は、戦後若くしてアメリカに渡り、必死に学問を修めて沖縄に帰ってこられました。県内のトップ3に入る某銀行に入社し、その誠実かつ熱心な働きが認められ、取締役まで登り詰められた方です。

現在は引退され、奥様と共に、亡くなったかつての戦友たちの供養と奉仕活動に毎日余念がありません。本当にお忙しい毎日です。

その彼が、常々私にこのようにアドバイスしていらっしゃいました。

「安里君、どのようなことでもいい、読書でもジョギングでも奉仕でも、自分にできる何かひとつを一日も欠かさず10年間続けなさい。そしたら君は必ず成功者になれるよ。」

かつて彼が取締役の頃、非常に忙しい仕事の合間に何とか時間を作り、お抱えの運転手と共に毎月行っていた奉仕がありました。それは、病院に入院された親しい友人であるひとりのおばあちゃんを見舞うことでした。

1時間ほどそのおばあちゃんと親しい会話を交わしながら、そのおばあちゃんのむくんで痛む足をマッサージしてあげていたのです。

彼を知る病院のスタッフたちは、みな驚きの目を向けていました。何ら飾らず、誰とでも気さくに会話する彼の人柄は多くの銀行員のみならず、親しく交わる方々の尊敬の的でした。

狂おしいほどの地獄の辛酸をいやというほど嘗めた彼だからこそ持ち得る優しさなのだと頭では理解できますが、同じように行うのは並大抵のことではありません。

人に勧め、チャレンジしたことは、まず自ら実践する彼は、私にとって本物の師です。

彼に、ぴったりの詩があります。「その人」という詩です。

  その人の前に出ると
  絶対に嘘が言えない
  そういう人を持つといい

  その人の顔を見ていると
  絶対にごまかしが言えない
  そういう人を持つといい

  その人の眼を見ていると
  心にもないお世辞や
  世間的なお愛想は言えなくなる
  そういう人を持つといい

  その人の眼には
  どんな巧妙なカラクリも通じない
  その人の眼に通じるものは
  ただ ほんとうのことだけ
  そういう人を持つがいい

  その人といるだけで
  身も心も洗われる
  そういう人を持つがいい

  人間にはあまりにも
  嘘やごまかしが多いから
  一生に一人は

  ごまかしのきかぬ人を持つがいい

  一生に一人でいい
  その人を持て……

もちろん完全な人などこの世にひとりもいません。
ただ、不完全な普通の人が、高い志をもって努力し続けるとき奇跡にも似たことが起こります。
その人だけでなく、接する人の心が変わるのです。

もしかしたら「本当の奇跡とは、病の癒しや超常的な現象というより、人の心がよい意味で改まり、生活が変わること」かも知れないと最近思います。

そのような影響力を持つ彼の努力は本当にすごいですし、尊敬に値する実にすばらしいことだと思います。

私が彼のようになるには100年の努力が必要な気がしますが、いずれにしても、自らの模範で教え諭す本物の師が身近にいるということは本当に幸せなことです。

2006年3月18日 (土)

イチャリバチョーデー、ヌーフィダティヌアガ

先日、沖縄の「黄金言葉」(クガニクトゥバ)について少し記しました。

「黄金言葉」とはすなわち、人の道を指し示し、良き事柄へと人を誘う、沖縄の先人たちの深い洞察と知恵に基づいて語られた数々の格言です。

そのひとつに次のようなものがあります。

イチャリバチョーデー ヌーフィダティヌアガ
「行逢ば 兄弟、何 隔てぃぬ あが」

(行き逢えば兄弟、何の隔てがあろうか。)

たとえ見ず知らずの人であったとしても、縁あって知り合い親しくなれば、兄弟のようなもの。そこには何の隔てもありませんという意味です。

この世の中、社会というものはみんなが助け合ってこそ成り立つものであり、みんなが仲良くなっていかなければやっていけません。

ですから、出逢いがあったら、その人を自分の兄弟のように受け入れて大切につき合いなさいという教えです。

なかなか言うは易く行うは難しですが、
暖かい気候の沖縄でのんびり育ち暮らしてきた多くの先輩たちは、
その教えを自然体で行いに移しています。

初めての人にも心ゆるすために、だまされる人も多いのですが……。

でも、世知辛いこのご時世であるからこそ、自分の子供たちや将来の孫たちに伝えていきたい教えでもあります。

このような「黄金言葉」に接するたびに、ある方が語ったように私も次のように思います。

 「先人・先輩の珠玉の黄金言葉
  すなわち 知恵に満ちた真理の種が

  私の心に静かに蒔かれるとき

  私の心が
 
  固い道ばたの土でないように

  また ごつごつした石のために
  根が伸びずに枯れてしまうことのないように

  はたまた いばらの地で
  この世のわずらいのために
  実のならないまま
  枯れてしまうことのないように

  そうではなく 深く耕された肥えた土で
  また 誠実な生活がおくれるところであるように……」

沖縄の「黄金言葉」、日本中どこの地域にもある知恵に満ちた格言と同じように
本当にすばらしいと思います。

スカイクエストコムの著名人のセミナーも、このような知恵ある教え-「黄金言葉」で満ちています。本当にすばらしいですよ。

「黄金言葉」、また紹介します。

2006年3月17日 (金)

挫折を乗り越えて成功を得る鍵

Winstonchurchill01 英国史上最も傑出した指導者の一人であったウィンストン・チャーチル。
ヒットラー率いるナチスドイツに、断固とした決意で挑み勝利した鉄の心を持つ偉大な指導者でした。

しかしながら、そのチャーチルも少年時代に落伍者のレッテルを貼られ、また政界へ出てからも幾度となく大きな挫折を経験していました。

ある日、チャーチルの父親が息子である彼の通信簿を見て、あまりの成績の悪さに愕然としてしまいました。父親は、彼に法廷弁護士になってもらいたいと思っていましたが、担任の先生は「その可能性は、まったくない」と断言するほどでした。

26歳ではじめて議会入りしたヴィクトリア時代の1900年から、エリザベス女王時代までの55年間にわたる政治人生もまた、驚くほど波瀾万丈なものでした。
その途中で4度もどん底に落ち、多くの人に政治生命が終わったと判断されました。しかしながらそのたびに地の底から這い上がり、そうした人々を驚かせたのです。

彼の人生にまさにぴったりの詩があります。ウォルター・D・ウォルトンの「思い」という詩です。次のようにあります。

もし自分でだめだと思えばだめになってしまう。
しかし自分は違うんだと思えば頑張ることもできる。
勝ちたいのだが勝てそうもないと思えば十中八、九は勝てない。
初めから負けると思っていれば絶対に勝つことはできない。
この世のことに限らず、成功、不成功はすべて人の思いから始まる。
すべては思い次第である。

この世にはその第一歩を踏み出す前から敗れているレース、
仕事にかかる前から失敗している臆病者がなんと多いことか。
大きな思いは行ないを向上させ、小さな思いは人を萎縮させる。
自分には何ができ何をしたいのか、すべては人の思い次第である。

自分をすぐれた者と思えばそのようになる。
自らを高めるためにはそのような思いを抱かなければならなくなる。
賞を得たいと思えば自分にはまずその確信がなければならない。
人生の戦いは必ずしも強い者、早い者が勝つのではない。
最後の勝利者となるのは、いつも自分にはできると考えている人である。

「仕事にかかる前から失敗している臆病者」は、読む人の心を深くグサリと刺す強い言葉です。私も多少たじろいでしまいました。でも、

「人生の戦いは必ずしも強い者、早い者が勝つのではない。
最後の勝利者となるのは、いつも自分にはできると考えている人である。」

この言葉は、心を本当にホッとさせ、また奮い立たせてくれます。

すぐれた頭脳がなくても、才能がなくても、体力・財産がなくても、強くなくても、遅くても、何度も失敗し挫折したとしても……

「自分にはできる!」と信じて地道に努力し続けるならば、必ずや勝利者となると私も信じています。

挫折や失敗は必ずしも人をつまずかせ、打ちのめしてしまうものではありません。

チャーチルの生涯は、「思い」の中で自らを信じ、決してあきらめずに努力し続けるなら、必ずや勝利と成功を勝ち得るときが来る、そのことを教えてくれています。

2006年3月16日 (木)

老夫婦のほほえましい絆

私が幼い頃の実家の前には、美しい一本松のある泉の方向に向かって緩やかな長い坂がありました。

カトリック系教会のハイビスカスでできた垣根のそばを南に伸びる、緑に囲まれたとても風情のある坂でした。私たちにとって幼い頃のたくさんの思い出が詰まった本当に懐かしい、郷愁を感じさせる特別な坂道です。

ある暑い夏の日の午後の光景が目に浮かびます。

当時では珍しい白い半袖のワイシャツに棒ネクタイ、薄いグレーのズボンにシルクハットのような帽子をかぶったおじいちゃんとハワイのムームーにも似た沖縄独特の生地柄でできたワンピースの服に身を包み、沖縄ではカンプーと呼んでいますが、白髪を丸く結い上げたかわいいおばあちゃんが、二人とも杖をつきながら坂道をゆっくりと登っていきます。

アスファルトのまだ敷かれていないでこぼこ道は、夏の午後の日差しに真っ白に輝き、目も開けられないほどの照り返しです。

所々木々や特に枝を張ったリュウキュウマツの枝で涼しげな木陰も点在するその坂は、頂上手前で急に険しくなります。

そこにさしかかる頃、おじいちゃんはおもむろに右手の杖を左手に持ち替え、右手でおばあちゃんの左手を取り優しく引き始めました。

互いに手を取り、互いを気遣い合いながらゆっくり登っていく様子は本当にほほえましく、幼い私たちの心にとてもさわやかな印象を残しました。

大きくなって結婚して、どんなに年を取ってもあのおじいちゃんおばあちゃんのように仲のよい夫婦になれたらいいな、と思いました。

恵まれて今の妻と結婚する際、病気がちだった母にいつも温かい励ましを下さったすばらしいひとりの恩師から特別なメッセージをいただきました。

私たち夫婦がその絆を深めていくに当たっての一生の指針となる本当にすばらしいメッセージです。以下に記します。

  「幸福で堅固な家庭を築くために」

円満で幸福な家庭(家)を築くにはどういうような材料を使うべきか深く考えなければなりません。

まず最初に家庭(家)の土台です。
何よりも土台を最も強くしなければなりません。

土台を堅固なものにするためには、「天を敬い、人を愛する心」あるいは「正義を愛し、人々の幸福を願う心」という材料が必要です。

家を丈夫に支えるために柱が気になります。
四本の柱を強くするために次のような材料が必要です。

北の柱は「誠心誠意」の材料、
南の柱は「尊敬」、
東の柱は「忍耐」、
そして西の柱は「陽気」の材料で建てるように。

屋根はどうでしょうか。
屋根は家全体を雨、雪、風から守る重要な役割を果たすものです。

家を厳重にかぶせる屋根の材料は「ふたりの抱いている純情な愛」で造らなければなりません。

次は天井です。
天井は「理解」の材料でなければなりません。

夫婦の絆を強くするための材料がいつも「理解」であるように。

次は壁です。
高級な材料を使ってしっかりとした壁を造ってもらいたいと思います。

しっかりとした壁に囲まれていたらいつも安心感を感じて楽しい毎日を過ごせます。

北の壁は「思いやり」の材料で造るように。
南の壁は「寛容」の材料、
東の壁は「譲り合い」の材料、
そして西の壁は「有意義で楽しいコミュニケーション」の材料です。

最後に床です。
床は年中踏み歩いて使っているので特別な長持ちのする材料で造らなければなりません。

床を「信頼」の材料で造れば間違いはありません。
床の上をいくら踏み歩いても「信頼」の材料より丈夫で安全なものはありません。

以上です。

……ひとつ肝心な事を忘れていました。
これらすべての材料は無料です。すなわちお金は要らないのです。

天の豊かな祝福がお二人の上にありますよう心よりお祈りいたします。

現実と理想は大抵かけ離れるもので、私たち夫婦も御多分に洩れませんが、このメッセージを度々読んでは、理想に少しでも近づけるように努力する毎日です。

あの微笑ましいおじいちゃんとおばあちゃんの夫婦に近づけるように……。

「杖をつく オジーとオバーが 手を取りて 登りゆく坂 絆深むる」

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2006年3月15日 (水)

ホワイトデー大作戦

Presents01 一昨晩、4人の息子たちとホワイトデー作戦会議を持ちました。

バレンタインデーに彼らに愛の手を差し伸べてくれた方々に、
感謝のお返しをするための計画会です。

「バレンタインデーにチョコレートをもらったとき、どんな気持ちがした?」
との私の質問に、子供たちの答えは、

「チョー嬉しかったぜ~! クラスの3人からもらったからね~。」と三男。
「お母さんやお姉ちゃん、それにサッチおばちゃんとおばあちゃんたちからだったから、
ん……ちょっと残念。……でも、まあうれしかった。」と四男。
「とても嬉しくて、ひとりで全部食べたら鼻血が出そうだった。」と長男。
「………………………。」と本命からもらえなかった次男。

悲喜こもごも、それぞれにドラマがあったようでした。

「お母さんやお姉ちゃん、おばさんやおばあちゃんたちからも含めて、プレゼントは本当に嬉しいよな~。
お父さんもとても嬉しかったさ~。そこで、みんなが感じたあの嬉しい気持ちを今後はみんなでお返ししたいと思うけど、みんなどうか? 何をプレゼントしたらいいと思う?」

という提案にみんな喧々ごうごう。

結局チョコレートだけでなく、健康にいい「ローズヒップ」と「ノニ」の健康茶も加えることになりました。

早速夜中からみんなでスーパーマーケットへ買い出しに…。
そして昨晩はプレゼント計画を実行!

「おばあちゃん『ありがとうね~。と~ってもうれしいから、プレゼントふところに入れておこうね~』って言ってチョ~喜んでいたぜ。」

「だっからよ~。みんな本当にうれしそうだったね~」

「お母さんも嬉しそうだったさ~。チューもしてくれたし……。

へへへっ…。」←私ではありません。息子です。

帰ってきたみんなの顔は輝いていました。

企業の商戦にまんまと乗せられましたが、
誰かが喜ぶささやかなプレゼント活動もいいものですね。

2006年3月14日 (火)

一生懸命咲いている花は美しい

Inpachensu05_2 私は花が大好きです。物覚えが悪いので名前はなかなか覚えられないのですが、すべての花が大好きです。

花屋さんで華やいでいるポピュラーな花ばかりではなく、野菜や果物、雑草なんかの花も最高です。
(本当は雑草という草花はありませんね。正確には田畑や荒れ地に咲く草花…かな? いずれにしても雑草と呼んでごめんなさい。)

わが家の庭でも、季節ごとに咲くたくさんの花が見られます。

さつまいもの薄紫色の花、ニラの真っ白い可憐な花、かわいい黄色の菜の花、ジャガイモの真ん中黄色に薄紫花びら、しそのほんのり紫がかった白い花、大根の清楚な白い花、ゴーヤ・キュウリ、トマトの鮮やかな黄色い花……などなど数えたらきりがありません。

庭や道ばたの草花も、よくよく見ると本当にきれいな花を咲かせて私たちの心を和ませてくれます。

そんな花たちを見るとつい小さな声で、「みんな一生懸命咲いてるね~。とてもきれいだなあ。風が強いけど頑張ってよ~。」と話しかけてしまいます。

時々不覚にも、花に声掛けしているその現場を通りがかりのオジーやオバーに見つかって、とてもばつの悪い思いをします。顔から火が出そうなときもありました。(^^;) でも、そんな時のオジー・オバーの目は、

「ウンチュヤ ウヒグヮー フリトーッサー(この人は少し頭がおかしいさ~。)」

という目…ではなく、しわくちゃの笑顔の奥にあるとても温かな優しい目です。これもまた花にも劣らず私の心を和ませ、安心させ、癒してくれます。だから私はオジーもオバーも大好きです。

仕事で疲れたとき、落ち込んでいるとき、気分が悪いとき、難しい問題で頭が疲れたとき、毎朝毎夕必ず庭へ向かいます。そして花たちと会話するのです。10分ほどで心も頭も身体まですっきりします。まるで、心ときめく恋人(結婚前の家内)に会ってきたような気持ちです。(笑)

「あなたは私の顔を見つめるのより、花を見つめる時間の方がはるかに長いわね。」最近はよく家内に皮肉られます。

そんなときは、その場の空気が和らぐよう「いや~花たちを見てると結婚前のデートのときのあの心のときめきを思い出すからね~。」とニコニコしながら、歯が浮くようなジョークを返すことにしています。だいたいま~るく収まります。

花たちは本当に一生懸命咲いています。道ばたのどんな厳しい環境でもその花なりに、精一杯生きています。だからこそ美しいのでしょう。だからこそ心惹かれ、心が癒されるのでしょう。元気を一杯もらい、心が和み改まります。そして、また頑張れるのです。

花たちは、エドワード・エベレット・ヘール氏が語った次の言葉の意味するところを、本当によく知っているのかも知れません。

 「私にはひとり分の力しかありませんが、
  ひとり分の力にはなれます。

  私にはすべてのことはできませんが、
  何かをすることはできます。

  すべてのことができないからといって、
  何かをすることまでやめてはいけません。」

今日もまた、通行人のオジーやオバーたちに悟られないように花たちと会話しよっと……。

皆さんも始めてみませんか。心癒され、幸せになること請け合いますよ。

(でも、誤解しないで下さい。私は変な人ではありません。
 ……おもしろい人ではあるかも知れませんが……。)

2006年3月13日 (月)

過去の失敗を顧みずに未来を見つめる

Koushi01 「温故知新」とは、皆さんもご承知のように論語(為政編)の中で孔子が師となる条件として、先人の思想や学問・古典を研究するように述べたものです。

私の大好きな言葉のひとつです。

すなわち歴史や思想、古典など昔の事柄を調べて研究し、そこから新しい知識や見解、そして知恵を得なさいという意味でしょう。

過去を学ぶことによって現在をよりよく生きることができるわけです。そういう意味で過去を顧みることはとても大切だと思います。

ただ、自らの過去のつまずきや失敗にとらわれて、本来の自分らしさを出せず、その内なる可能性をも活かせず、希望を持って前へ進めないとするなら、過去を顧みることはむしろよいこととは言えません。

アメリカの初代大統領ジョージ・ワシントンは次のように述べています。

「過去の過ちから役に立つ教訓を引き出すためと、高価な代償を払って得た利益を得るためでない限り、決して過去を顧みるな。」

失敗しない人などこの世に一人もいません。つまずきのない人生なんてこの世にひとつもないのです。大切なのは、どのような心構えを持ち、それにどう対処していくかだと思います。

「世界のホンダ」を築いた本田宗一郎氏(本田技研工業創業者)は次のように述べています。

「私の現在が成功というのなら、私の過去はみんな失敗が土台作りをしていることになる。私の仕事は失敗の連続であった。」

あの発明王のトーマス・エジソンも、

「私は失望などしない。なぜなら、どんな失敗でも次への前進の新たな一歩となるからだ。」

と語っています。

過去がどうであれ、今日という日は何の染みもない真白な新たな1ページ。
私たちの望みと思い次第でどのような色にも染めることができます。

道は必ず開けます!

ロングフェローの次の短い詩をかみしめながら、昨日の「コツコツ」のように、ゆっくりマイペースで着実に一歩ずつ「前」へ進んでいきましょう!

  過去を顧みるなかれ
  現在を頼め
  さらに雄々しく未来を迎えよ

2006年3月12日 (日)

コツコツ-たゆまない小さな努力の積み重ね

Inpachensu06_2 2カ月前、「ブログ」なるものがどのようなものなのか始めて知りました。

インターネットで色々なサイトをよく見たり調べたりしていたつもりなのですが……。
自分が、如何に時代の最先端からほど遠い毎日を送っていたのかもよく知りました。(笑)

時代に取り残されまいとする気持ちからではありませんが、先週からこのように苦手なはずの文章を綴るようになりました。

ネットで多くの方々のブログやメールマガジンを拝読する中で、その方々が日々のお忙しい中でよくも地道に続けていらっしゃるな~と本当に感心します。

中には何年にもわたって、毎日コツコツ地道にしかも非常に内容の濃い情報の発信を続けていらっしゃる方もいます。

物を書くことに慣れていない私にとって、それは本当に大きな驚きです。そして、そのような方々をとても尊敬いたします。

どのような分野であれ、私自身ができないことを上手にしかもいとも簡単にこなす人を尊敬します。なぜなら、そのようにできるようになる背景には人知れない地道な努力があるからです。

いまさらもちだすまでもないかもしれませんが、発明王トーマス・エジソンは次のように述べています。

「発明は99の努力と1つの幸運によって生まれる。」

40歳代で文化勲章を受章した、天才的数学者広中平祐氏は、

「私は天才ではない。ただうまずに努力することは私の取り柄である。コツコツと努力しても気にならないところが、私のよさかもしれない。」

と述べています。世に大きな功績を残した方々に共通する特質は、周りを気にせずマイペースで、忍耐・勤勉そしてたゆまぬ努力をコツコツ続けていくことです。

これは暖かい沖縄で育ったのんびりやの私にとっては大きなチャレンジです。ですが、私自身もこのブログにしろ、ビジネスにしろ、まずは楽しみながらコツコツ地道に続けていこうと思っております。

先人・先輩たちの範に倣って……。

ところで、ある先輩から「コツコツ」に関してとてもいい詩をプレゼントして頂きました。
皆さんにも紹介します。タイトルはズバリ「コツコツ」です。

       「コツコツ」

 コツコツやろう。
 他にすぐれた頭脳もない、才能もない、
  体力もない、財産もない。
  それでもいいではないか。
  自分だけがそうなのではない。
  生まれつきそういうものに恵まれているのは
  千人に一人、万人に一人。
  あとはみんなふつうの人。

  だからコツコツやろう。
  一日一歩でもいい、前へ進もう。
  そして、その一日一日を積み重ねていこう。
  一攫千金を夢みたり、きょう一日ぐらいはと怠け心が出るのも、
  ふつうの人間だから仕方がないけれど、
  そんな時でも最後はやっぱりコツコツに戻ろう。
  仕事はもちろんだが、一日10分の勉強でも、
  5分の運動でも、ともかくコツコツと続けていこう。

  動いているとは見えない時計の短針でさえ、
  一日に文字板をグルリふたまわり。
  一年たてば730周。
  毎日30分の読書が一年間に180時間を越え、
  月々1万円の貯金も8年あまりで100万円。

  チリも積もればというけれど、
  ふと振り返って、コツコツ積み重ねてきたその大きさに
  自分で驚くときがきっとやって来る。
  だからコツコツやろう、
  そんな日を心に描きながら。

「コツコツ」という言葉、なかなか悪くありません。
以前よりも味わい深く感じられて、好きになりました。

2006年3月11日 (土)

ユーモア&ジョーク-オジーと孫の会話

Ainshutain01 ユダヤ人が生んだ偉大な科学者アインシュタインは、同時にすぐれたコメディアンでもあったそうです。彼は、いつもお客を笑わせては喜びました。

ユダヤ人にとって、学者であり同時にコメディアンであることはよくあることのようです。むしろ彼らの頭脳は、ジョークによって鍛えられたと言えるかもしれません。

彼らの間でジョークはしばしば「知性の砥石(といし)」と呼ばれています。ユダヤ人の子供は成長するにつれて、両親から様々な「なぞなぞ」やジョークを与えられ、家庭の中で知性を鍛えられていきます。

アインシュタインは次のように述べています。

「私にとって最大の学校はジョークであった。世間が信じているルールだけを鵜呑みにしてはならない。そのルールに縛られていては、そのルールを覆す新しいものも生み出すことはできないからだ。」

ジョークは彼にとって、感性を鋭く磨き、連想力・創造力を高めるだけでなく、また、他人とのよりよい関係を築き、人生を前向きに生きる力にもなりました。そのような意味で、ジョークやユーモアは、人生のビタミン剤かもしれません。

そう言えば、おもしろいエピソードがあります。

身体に腫瘍ができて、手術をしなければならなくなった私の父に、心配した幼い孫が質問します。それに、心配させまいと答えたオジーと孫の会話です。

  孫:「おじいちゃん、しゅじゅつ、だいじょうぶ?
     おじいちゃんのおなかのなかには、
     なにかわるいものがあるの?」

オジー:「いや~悪いものはないさ~。
     お医者さんは宝物があるって言ってたよ」

  孫:「たからもの?
     じゃーおじいちゃんおかねもちになるの?」

オジー:「そうよ~、宝物さ~。
     それを切って取り出したら
     お金持ちになるかもしれないってよ~。
     だから、何にも心配ないさ~」

  孫:「おじいちゃんのからだすごいね~。
     たからものもっているんだもん」

オジー:「そうよ~。おじいちゃんの身体、
     鍛えてあるからすごいよ~」

  孫:「びょういんのせんせいに、
     おおきいたからものきってって
     おねがいしたら? 
     そしたらおじいちゃん
     おおがねもちになるでしょ。」

オジー:「そうだね。そうお願いしておくさ~」

  孫:「おかねもちになったら、
     おこづかいすこしちょうだいね」

オジー:「ああいいよ。
     病院のお金払って余ったらあげるからね」

  孫:「しゅじゅつがうまくいくように
     いっしょうけんめいいのっているからね。
     おじいちゃんがんばってよ」

オジー:「あんたが祈ったら、
     おじいちゃんはもう大丈夫さ~。
     ありがとうね~」

オジーのユーモアもすごいけれど、天然の孫は、その一段上をいっているかもしれません。

医師も心配した父の手術は無事成功し、医師の予想に反して父は驚くほどの回復を見せました。そして、手術後間もなく退院しました。今でも本当に元気です。

オジーやオバーたちの笑顔のしわは、周りの人々の心配(沖縄の方言で、心配=シワ)をユーモアやウィットで取り去るごとに増えていくのではないかと最近思っています。

笑顔のしわの数は、周りの人々に幸せを与えた数に比例しているのかも知れません。

  「ユーモアで 逆境乗り切る しわオジー
   ナンクルナイサ シワーサンドー」
  (なんとかなるさ~ 心配しないよ~)

2006年3月10日 (金)

母のリンゴ・ニンジン・愛情ジュース

Apple01 平成2年11月、父は直腸にできた腫瘍を取り除くための手術を受けることになりました。

結局人工肛門を作らなければならないというとても厳しい手術です。それだけ症状が重いということです。医師は、たとえ手術が成功しても5年はもたないと話していました。

でも母はその医師の言葉を受け入れませんでした。毎朝毎晩トートメー(仏壇)の前にひざまずき手を合わせて必死に祈りました。

そして、手術の前も手術の後も、毎日のように新鮮なリンゴとニンジンをジューサーで絞り、それを両手でくるんで、父の健康を高める薬となれと言わんばかりに、強い願いを込めて祈りました。

野菜嫌いな父も、母の強い意志に負けて飲まざるを得ませんでした。

手術前、握り拳ほどあった腫瘍は、手術で切除された際、とても小さくなっていることが確認されました。これにはさすがの医師も驚いておりました。もちろん私たちもびっくりです。

Curot01 手術後の経過もすこぶる順調で、父はまもなく退院しました。そして母のリンゴ・ニンジン・愛情ジュースはその後も毎日続きました。

人工肛門は、しばらくの間日常生活の中で幾ばくかのストレスを生み、父もそれを克服するのに難渋しました。しかしながら、今は全く元気です。

その後畑仕事も元気にこなせるほどに回復したのです。医師は当初5年はもたないと言っていました。でもあれからすでに15年。途中心臓のペースメーカーを埋め込む手術も行いましたが、それでも元気です。

ビタミンI(愛)?たっぷりの健康ジュースと祈りには、病気を沈める強力な力があると確信しております。

ビタミンI(愛)?と祈りの成分を抽出して、薬として製品化できたらノーベル賞もの、億万長者ものかもしれません……かな?

「大手術 オジーを癒すは 知恵婆の リンゴ・ニンジン 愛情ジュース」

2006年3月 9日 (木)

子供は育つ環境から学ぶ

Family01 私は恵まれて6人の子供たちがいます。子だくさんで知られる沖縄でも、8人家族は最近ではちょっと珍しい家族です。高3の長男を筆頭に、下は小2の娘、4男(難?)2女です。

毎日が本当に騒がしいすったもんだの日々です。

子供たちがまだまだ幼くて手がかかった頃、すなわち私たち夫婦が「よちよち歩きの親」を始め、子育てに悪戦苦闘していた頃、熟年を迎えたある尊敬する先輩夫婦から一編の詩をプレゼントしていただきました。

とても含蓄の深い詩で、新米夫婦の私たちにとって本当に参考になりました。

ロシー・ロー・ノウルティーの「子供は育つ環境から学ぶ」です。紹介します。

  中傷の中で育つ子供は、非難することを学ぶ。
  敵意の中で育つ子供は、争うことを学ぶ。
  あざけりの中で育つ子供は、恥じることを学ぶ。
  恥辱の中で育つ子供は、罪悪感を持つことを学ぶ。

  寛容の中で育つ子供は、忍耐することを学ぶ。
  励ましの中で育つ子供は、自信を持つことを学ぶ。
  賞賛の中で育つ子供は、感謝することを学ぶ。
  公正の中で育つ子供は、正義を行うことを学ぶ。
  安らぎの中で育つ子供は、信仰を持つことを学ぶ。
  賛同の中で育つ子供は、自分を愛することを学ぶ。
  容認と友情の中で育つ子供は、世の中に愛を見いだすことを学ぶ。

この詩は、それ以来私たち夫婦の子育ての指針になりました。
あれからやがて10年になりなんとする今でさえ、まだまだうまくできてはいませんが……。^^;

「もし人があるがままに扱うなら、その人はそのとおりになるだろう。しかし、その人があるべき姿、なりうる姿を思い浮かべてそのように扱うなら、扱われたとおりの人物になるだろう。」(ゲーテ)

子育ては悩みの尽きない一大事業です。しかし、同時に世の中で最もやりがいのある仕事かもしれません。

この「子育ての事業」に成功できれば、もしかしたらどんなビジネスにも成功できるかもしれません。最近そう思います……。^^;

上記のすばらしい提言をしっかり心に留めて、これからも頑張りたいと思います。

てぃんさぐぬ花-最も大きな親孝行

Sunagahiroshi01 私は、詩人須永博士さんの詩が大好きです。

須永さんの作品は、つらく悲しい人の痛みを自分の痛みとして感じて励ます温かさと優しさに溢れています。

同時に良き事柄に向かって前向きに立ち向かっていく強さを教え、またそれを与えてくれます。

そんな須永さんの作品の中でも、私は次の詩が大好きです。

  父ありて我が強さあり
  母ありて我が優しさあり
  父母の姿いつも忘れられず
  いつも我が人生の心の支えなり

            須永博士

戦前戦中前後の本当に厳しい中を必死に生き抜き、私たちを養い育んでくれた父母には、どれだけ感謝しても感謝し切れません。

どんな時でも、ありったけの親の情愛を注いで私たちを養い育んでくれた父や母。
子供たちの成長と幸福を一心に願い、すべてを捧げてきた両親へのご恩は、一生かけてもお返しできるものではないと感じています。

ただ、もしも唯一ご恩返しができるすべがあるとするならば、それはささやかながらも幸福な家庭を築き、両親から受けたすべての良きものと愛情を同じように自分の子供たち、ひいては周りの方々に注いでいくことだとも思っております。

もちろん言うは易く行うは難しですが……。
特に私のような凡人には本当に大きなチャレンジです。
しかしながら、自分でだめだと思わない限りなんとかなる……でしたよね。

沖縄には、人の道を指し示し、良き事柄へと人を誘う珠玉のような黄金言(クガニクトゥバ)と呼ばれるものがあります。
先人の深い洞察と知恵に基づいて語られた数々の格言です。

次の琉歌もその一つです。

         ちみさち     うや ゆしぐとぅ ちむ
 「てぃんさぐぬ花や 爪先に染みてぃ 親ぬ諭言や 肝に染みり」

「てぃんさぐぬ花」とはホウセンカのことです。
その花びらを指先ですりつぶし、出てきた淡いピンクの汁を爪につけて染めると、その色は決して落ちることがありません。

そのように、父親や母親の教えを決して消えることのないように心に染め、すなわち心に深く留めて、それを行いなさいという意味の歌です。

本当にすばらしい教えです。

私たちのことを本当に愛し大切に思ってくれている両親が、その子や孫たちの幸せを願って与える正しい教えや諭しを、真に心に留めて行い、その期待のままに幸せな人生を送ること、もしかしたらそれが物やお金に勝る最も大きな親孝行-ご恩返しかもしれません。

私ももう少し真面目に頑張らなければなりません……。^^;

2006年3月 8日 (水)

人は自分でだめだと思わない限り敗北しない

Dealcarnegie1_2 次のお二人の言葉は、私の大好きな座右の銘です。

「不可能だと思わない限り、人間は決して敗北しない。」(ディール・カーネギー)

「最大の名誉は決して倒れないことではない。倒れるたびに起きあがることである。」(孔子)

自分がつまずいたと感じたときや壁にぶつかったとき、とても励まされた言葉です。

最近これらの言葉の真正さを裏打ちするような話を読みました。
皆さんもよく知っているあのケンタッキーフライドチキンの創設者、カーネル・サンダースのお話しです。

フライドチキンでアメリカ人の食習慣まで変えてしまうような億万長者に登り詰めた彼でしたが、その過程は必ずしも順風満帆なものではありませんでした。

Kanesandasu01 彼もはじめは、フライドチキンの調理法に詳しい退役軍人に過ぎませんでした。
何の組織も持たず、小さなレストランを営んでいただけでした。
その店も立地条件が悪く、客足も少なくて破産寸前のありさまだったそうです。

年金を支給される年齢になったとき、彼はフライドチキンの調理法の技術を売ればお金になるのではないかと考えました。

まず考えたのが、レストラン経営者に調理法を売り、レストランの経営者からマージンを受け取ることでした。
しかしながらうまくいきませんでした。

それでも彼は決してめげずに、車の中で寝泊りしながらアメリカ中を回りスポンサーを捜しました。
絶えず発想を変え、どんなに断られてもドアを叩き続けたのです。

彼は、たとえ1000回断られてもなお、次のドアを叩こうと自分に言い聞かせました。
いつかどこかで必ず誰かが「イエス」と言ってくれるにちがいないと、心の底から信じていたのです。

1009回断られた後、奇跡が起きました!!
ついに、彼の申し出に「イエス」と答える人が現れ、奇跡のビジネスがはじまったのです!

彼は文字通り、億万長者となりました。
それは、「希望を失わず決してあきらめない限り必ずや成功を手にすることができる」との彼の強い信念のおかげです。

自分を信じ、決してあきらめないこと、そしてたとえつまずいたとしてもそのたびに起きあがる限り、私たちに敗北はないと私も信じています。

2006年3月 7日 (火)

「成功者の体験と教えから生き抜く力-知恵を得る」

ユダヤ人にとって、知恵と知識、喜びと希望を与え魂に安らぎをもたらす書物は、私たちが考えている以上に大切なものです。ある啓発の書にも次のようにあります。

「あなたがたは知恵の言葉を熱心に求め、互いに教え合いなさい。まことに、最良の書物から知恵の言葉を探し求め、研究によって、また信仰によって学問を求めなさい。」

ユダヤ人は、そのことの大切さを心に強く留めて、すべての両親がその模範によって子供たちに良き書物を読み、知性を磨き、知恵を得ることの大切さを教えています。彼らが引っ越しをする時、探す家の第一の条件は、まず学校から近いことだそうです。

全世界のユダヤ人の人口はわずか約1330万人。東京に住んでいる人口しかいません。しかしながら、アメリカにおいて医者や弁護士、教授の約30%がユダヤ人だそうです。また、世界でノーベル賞をもらう人の12%はユダヤ人だそうです。

彼らは子供の頃から2つの学校に通います。ひとつは普通の学校。そののち「トーラー」を学ぶためのもう1つが、ユダヤ人のための学校です。あまり遊ぶ時間はありませんが、みな学ぶことを楽しんでいます。そして、ユダヤ人の中には文盲すなわち字の読めない人は1人もいないのです。

徹底した教育の大切さを常に強調し、伝統にしてきたユダヤ人から学ぶものは多いと思います。

学ぶことは生きる知恵を得ることです。本当の学力とは、この厳しい現代を生き抜く力だと思います。それを得るために日々勤勉に学ぶことはとても大切だと思います。

ある方は次のように述べました。

「ひとりの成功者の体験と教えは、100冊の書物にも勝る」

全米ナンバーワンのマネーコーチともいわれるハーブ・エッカーも次のように言っています。

「実際に金持ちになった人の方法を学ぶことが、金持ちの仲間入りをする一番手っ取り早い方法だ。その人の内面と外面、両方の戦略をマネすればいい。金持ちとまるで同じ考え方をして、同じ行動をとったら、同じ結果が出ると期待するのは当然のことだろう」

個人的には、「金持ち」を「真に幸福な人」とした方が私にはしっくりいくのですが……。

ともかく、書物から学ぶことも非常に効果的な学習法ですが、成功者の成功談、成功の秘訣を学ぶことは、良い結果を出す、すなわち成功する最も効果的な方法と言えると思います。

スカイクエストコムでは、そのような世界一流の成功者の200以上のセミナーをオンラインで年間登録料3万円ほどで24時間いつでもどこでも視聴することができます!本当にすごいことです!

世界有数のピーク・パフォーマンス・コーチであるアンソニー・ロビンス氏をはじめ、世界的なベストセラーとなった『金持ち父さん貧乏父さん』の著者でも有名なロバート・キヨサキ氏、ビル・クリントン米元大統領、カスタマーサービスの神様ロン・カウフマン氏、販売のマスターであるブライアン・トレーシー氏など世界中のそうそうたる著名人や講演者の方々を招いての自己開発や、専門的トピック、またビジネスだけでなく家庭生活や私生活までをも充実させるセミナー等を非常に安価で視聴することができるのです。

文字通り、成功者から直接成功の法則・秘訣を学び、それを実践する中で必ずや成功を勝ち得、自らの夢を実現出来ることでしょう。そして、興味のある方はそれをビジネスとして広めることもできるのです。

詳しくはこちらです。これをビジネスとして取り組みたい方はこちらをご覧下さい。

学んで得る正しい良き事柄に用いる知識は知恵に変わります。そして知恵は真の学力、すなわちこの厳しい時代を果敢に生き抜く力となります。それは本当の成功と家族の幸福とを勝ち得る鍵だと思います。

2006年3月 6日 (月)

「あしながおばさん」

Letters1 先日の沖縄タイムス夕刊に、半世紀もの間名前を告げずに、困った人への現金を手紙を添えて長崎の警察へ送り続けた三人の女性についての記事が載りました。

1956年3月のある日、突然現金三百円入りの匿名の封書が届けられました。それ以来、送り主の分からない小さな善意が毎年続けられました。報道によってその輪が全国に広がり基金までできたそうです。

その記事には「50年を迎えた今年、卒業させてもらいます」という最後の手紙が届けられたことを伝えていますが、それと同時に彼女たちの意志がその娘たちに受け継がれているというとても心温まる内容になっていました。

見返りを求めない小さな善意の活動は日本の至る所で行われていますが、50年にわたって続けてこられたというのは本当に並大抵のことではありません。

おそらく原爆を含む恐ろしい戦争を体験され、他人の苦しみが痛いほど解るその婦人たちは、その優しい心ゆえ、困っている隣人を見過ごしにすることができないのでしょう。

拝金主義が世を風靡し、それを象徴するような事件が多く報道されるなか、「あしながおばさん」の真心込めた善行に、とても温かな思いで満たされました。

 まくとぅ ちゅ  ちむ あたた  し         わし     うちゆくぃーてぃ
 「誠する人の 肝ぬ温かみ 染みてぃ忘ららん 浮き世越えて」(琉歌)

(誠を尽くす人の心の温かさは、心に染みこの浮き世を越えて決して忘れることはできません。)

 ※「琉歌」とは奄美・沖縄・宮古・八重山諸島に伝承される
    叙情的短詩形歌謡の総称。
   短歌形式の琉歌は、8・8・8・6の30音からなる定型短詩です。

「与える者の子孫の幸福、天は忘れず」

Saigotakamori01 私の名前は「吉隆(よしたか)」ですが、それは父母の尊敬する幕末から明治にかけて活躍した西郷隆盛の名前から付けられたようです。

幼少の頃「小吉(しょうきち)」と呼ばれていた隆盛の「小吉」の「吉」と「隆盛」の「隆」をとって「吉隆(よしたか)」と名付けられました。

西郷隆盛の人柄や生きざまには、彼の座右の銘である「敬天愛人」すなわち「天を敬い人を愛する」という精神が如実に表れていて、父母の尊敬の的となったのだと思います。

実際の私はだいぶ名前負けをしていて父母には申し訳ないのですが、でもこのようなすばらしい名前をいただいたことに心から感謝しております。

特に母は、「天を敬い人を愛する」というその精神が大好きです。
母は、生涯を通じて決して大きなことを行ってきたわけではありませんが、まさにそれを自然に行いに示し続けてきたという点で、私は心から母を誇りに思っています。

戦争の修羅場をくぐり抜け、戦後父と結婚してやっと幸せを手にした母でしたが、私たちが幼い頃、原因不明の病気で数年にわたって寝込みました。

何度か死の淵をさまよいながらも、子供を残しては決して死ねないとの思いが強く、多くの医師にさじを投げられながら奇跡的に回復していきました。病弱な体とうまくつきあいつつ、起き上がり、家事もこなせるようにまでなりました。

ただ、終戦後の物に乏しい時代、七人の子供を抱えて貧しい苦しい日々が続きました。子供たちに食べさせるのに必死でした。

そのような中、元気になった母の元には多くの貧しい、病気や悩みを抱える方々が相談に訪れるようになりました。
死の病のどん底から這い上がってきた母の励ましと彼らのための祈りには、それらの方々の心だけでなく病まで癒す本当に不思議な力がありました。

でも、母はそれらの貧しい方々から金品を受け取ることは決してしませんでした。むしろどんなに貧しくても、さらに貧しい方々に持てるものを分かち、彼らを空手(素手)で帰すことをしませんでした。私は、そんな母にずっと尊敬の念を抱き続けてきました。この特質は、戦争を経験した沖縄の多くのおじいちゃんやおばあちゃんに共通する特質でもあります。

母にはひとつの信念がありました。
それは、「貧しい方々や生活に困っている方々に助けの手を伸べるなら、天は必ずや自分の子や孫、子孫に心を留め、恵みを豊かに注いで下さる」というものです。

そして常々「恩を知ることと感謝には人を動かす力がある」と語っていました。
ほとんどの医師がさじを投げた母の病を、天が癒して下さったと母は確信しています。
そしてその感謝の心が、母の奉仕の大きな原動力となっていることがよく分かります。

私たち子や孫は、本当に恵まれた毎日を送っています。
そしてそれは、母のそのような信念と行い、そして子や孫の幸福を願う、心込めた祈りに依るものが大きいと感じています。
しかし、なかなか真似はできません。

四十数年を経た今でも、当時の方々あるいはそのお子さまに当たる方々が母を訪れ、野菜や果物などの差し入れを感謝の心と共に持ってやって来ます。

私たちは物質的な意味でなく、そのような方々の感謝の気持ちで私たち自身も励まされ、心が満たされるのです。

 「貧しきに 持てる多くを 分かち合う 子孫の幸福 天は忘れず」

2006年3月 5日 (日)

「与える者は豊かになる」(ロバート・キヨサキ)

Robertkiyosaki1 スカイクエストコムのメイン講演者のおひとりであり、日本でもベストセラーとなった「金持ち父さん、貧乏父さん」の著者でもあるロバート・キヨサキ氏は、その本の中で次のように語っています。

「金持ち父さんが教えてくれた事で、私がこれまでモットーとしてきたことの一つは、出し惜しみをしないこと、与える事だ。
この本で読んだ他の事はみな忘れたとしても、絶対忘れないで欲しい事が一つある。

それは、何かが足りないとか何かが必要だと感じた時には、まず、それを人に与える事だ。
そうすれば後になって、二倍にも三倍にもなって返ってくる。
この事はお金、ほほえみ、愛情、友情などいろいろな事に当てはまる。

私はこれまでずっと、お金が足りなくなったり、何か助けが必要になったりした時には、いつも自分が欲しいと思っているものをまず人にあげるようにしてきた。
そんなふうにして何かをあげると、必ずそれが戻ってきた。」

これは、自らの私心のない実践を通して得られたキヨサキ氏の確信であり、本当の意味で豊かさを得、幸せになるための大切な秘訣だと私も思います。とても感銘を受けました。

マザー・テレサをはじめ、自らのすべてを捧げて他の人々の幸福のために立ち働いた多くの方々は、確かに心豊かな満ち足りた人生を送っています。

ただ、私のような凡人には、キヨサキ氏が教えるいわゆる「黄金律」を日々の生活の中で実際の行いに移していくことは並大抵のことではありません。

自分自身の、他人への優しい気持ちがまだまだ十分でないことと、心の中に見栄のようなものがあって、「助けの手を伸ばすときには、きちんとしたしかも大きなものを与えなければならない」という気持ちがブレーキとなっているのかも知れません。

しかしながら、次のほほえましい物語により、私の考え方が変わりつつあります。人を幸せにする優しい行いは、決して大きなことではなく、自分にできる小さくて簡単なことから始められるとの示唆を与えてくれたとても温かな物語です。

「四歳になる一人のやさしい女の子が、ある日自分が知っている字を一生懸命一枚の紙に書き、その紙で持っているお金を全部包んでおばあちゃんの家へ出かけていきました。

そしてそのプレゼントをあげると、また急いで家に帰りました。それはクリスマスの朝でした。

それから数十年が過ぎておばあちゃんは亡くなりました。
そこで家族のみんなが集まって、形見の品を調べるためにおばあちゃんのトランクを開けてみました。

長い人生にもかかわらず、おばあちゃんの持ち物は少ししかありませんでした。
もちろん高価な物は一つもありません。

でも、トランクのそこに紙包みが一つ入っていました。

薄汚れたその紙の上に、子供っぽい字でこう書いてありました。
『おばあちゃん、だいすき』
開けてみると中に入っていたのは三枚の銅貨でした……。」

おばあちゃんにとって、それは大切な大切な宝物だったのです。

ある啓発の書にも「小さな、簡単なことによって大いなることが成し遂げられる」と記されています。

私も、肩の力を抜いて、もう少し心込めた小さなほほえみや「ありがとう」の言葉かけのような「小さくて、簡単なこと」から始めようかな~と思っています。

「ひとりの父親は百人の教師に勝る」

アメリカのある牧場経営者が、自分の小さな息子たちそれぞれに子牛を与え、育てさせることにしました。子供たちは大きな黄色い叫び声を上げ、本当に大喜びします。自分自身の本物の牛を育てることができるのです。

子供たちは朝も早くから起き、一生懸命自分の牛の世話をします。ところが、全く要領を得ません。時々様子を伺っていた隣の友人が、ある日ついに見かねて父親に一言声をかけました。

お宅のお子さんたちは全く要領を得てはいませんね。あれじゃーだめですよ。」

するとその父親いわく、

「私は牛を飼っているのではなく息子たちを育てているのですよ。ご心配なく。」

私はその父親の言葉にとても考えさせられました。

「お腹のすいた人に一匹の魚をあげれば、それを食べた後その人はまたお腹がすく。しかし、魚の取り方を教えれば、その人は一生自分で食べられるようになる。」

とはよく聞く名言です。人を支援するに当たって、その人が真の自立へ向かって歩めるように助けることの大切さ―福祉の根本原則を説いたものです。

アメリカの偉大な指導者ジョセフ・スミスも次のように述べています。

「私は、人々に正しい原則を教え、人々に自らを治めさせる。」

本当にすばらしい教えだと感銘を受けました。


幼い頃、私の父は小さな畑を借りていて、一日の仕事を終えて後、毎日のように私たちを連れて畑仕事に精を出しました。

汗と泥にまみれ、疲れる雑草抜きや土興し等は、遊び盛りの私にとってとてもつらい仕事でした。特に他の友人たちが、みんなで楽しそうに遊んでいる時の畑仕事は、最もつらい仕事と感じられました。

そんな中での唯一の楽しみは、畑を耕す中で出てくる古銭や戦争当時の機関銃・短銃の弾を集めること(危険な弾は後で父に没収されましたが…笑)と、収穫したトマト、キュウリ、トウモロコシ等を思いっきりほおばることくらいでした。

あれから三十数年の月日が流れ、私も結婚し、六人の子供たちに恵まれました。その子供たちがちょうど当時の私と同じ年齢になった今、父と同じことをしている自分に気づきます。

猫の額ほどの菜園で、子供たちと共に土に親しみ、野菜を育てつつ、勤勉、忍耐、責任、倹約の大切さ、生き物への慈しみや自然への感謝、そして共に家族が協力して働くことの尊さを
教えているのです。

父は母と協力して、野菜を育てていたのではなく、私たちを育てていたのだと今分かります。
あのアメリカの牧場経営者のように……。

教職に就いていたわけではありませんが、父と母は、私にとって最高の教師でしたし、今も変わらぬ最高の教師です。

ジョージ・ハーバートソンの次の言葉は、私から父と母への心からの賛辞です。

 「一人の父(母)親は、百人の教師に勝る。」

そこで一首、

 「子や孫と 畑で野菜 育てつつ 人を育てる オジーは教師」

2006年3月 4日 (土)

父の85歳の生年祝い

先日、私の父の85歳の生年祝いを催しました。

たくさんの兄弟姉妹(おじやおば)たち、たくさんの子や孫たちに
囲まれて父はとても嬉しそうでした。

四十人を超える親族に囲まれて、子や孫たちの歌や踊り・演奏に、
終始父の目頭は熱くなっていました。

私は、この日のために、編詞・作曲した父に捧げる歌を準備しました。
父への尊敬と感謝を込めて以下のように歌いました。
タイトルは、「ただの父」です。

これは、私の父だけでなく、母をはじめ、父のように
愛する家族のために働くすべての方々への心からの賛辞です。

ブログ始めに当たって、みなさんにプレゼントします。

         「ただの父」

     ただの父 …だけど 一番立派な人

     ただの父は 疲れ切った足どりで
     日々の仕事から 小さな家に帰る
     お金も名誉も 持っては来ないけれど
     どんなに働いたかが よくわかる
     家族の喜ぶ声聞き 姿を見て 父の心は躍る
     父の帰りを その声を 皆が待ちわびてるから

     ただの父に 愛しい子供が七人
     数え切れないほどいる 父親の中のひとり
     だけど 日々の仕事に汗水流し
     生活の重荷 ひとり身に背負う
     それでも 不平のひとつ 弱音のひとつ 決して口にしない
     父の無事を 祈りつつ 家で待つ家族のため

     ただの父には 富も名誉も何もない
     数知れない群衆の中の ひとりでしかない
     けれど 毎日額に汗を流す
     眼の前に立ちはだかるものがあれば
     どんなにつらくとも どんなに苦しくとも
     黙って立ち向かう
     それらはすべて 他の何にも増して 愛する家族のため

     ただの父 だけどいつでも精魂込めて
     小さな子供たちのため 道を切り開く
     愛する母と共に 手をとり合って
     不屈の勇気もって 立ち向かう
     今は亡き祖父も そうしてくれたからと
     無言で 僕らを諭す
     時はめぐって 今僕らも 父が歩いた道歩むよ

     これが父にささげる 僕らの詩

     ただの父 …だけど 一番立派な人

人前で、涙など決してみせるような父ではありません。
でも、今にも落ちそうな涙を必死にこらえているのがよく分かりました。
あまり見つめると悪いので早々に視線をそらしましたが……。

最後の謝辞をたどたどしく述べる父の顔は、喜びとみんなへの感謝でくしゃくしゃでした。

父の父すなわち私の祖父の、父に対する口癖は、
「何事にも誠を尽くせ」だったそうです。

戦前、戦中、戦後の本当に厳しい中、家族を支えるために必死に生き抜き、地獄のような戦禍から這い上がってきた父や母たち。

戦争により将来の夢も希望もすべて打ち砕かれ、自暴自棄になりかけた父を支えた言葉、それが、祖父の「何事にも誠を尽くせ」でした。

終戦直後母と結婚し、7人の子供を抱えつつ、物のない時代を必死に働き、生き抜いてきた父、そして母の生きざまは、「家族への誠」そのものでした。

当時の極貧の生活からしたら、今の幸せはまさに夢のようかもしれません。

父の幸せそうな笑顔を見ながら、本当に苦しい厳しい時代を立派に生き抜き、私たちを育ててくれた父への感謝を込めて次のように琉歌を詠みました。

  まくとぅ ちゅぬ あとぅ         うむぐとぅ        ちゆ さか
  「誠ある人の 後やいちまでぃん 思事んかなてぃ 千代ぬ栄い」

(誠ある人は 後々にはいつまでも 願い事もかない 千代にわたって栄えるものだ)

新たな仕事を始めるに当たって、祖父の「何事にも誠を尽くせ」を私のモットーにしたいと思います。

今はどんなに苦しくても、あきらめないで頑張り続ければ、必ず夢は実現し幸せになれるのです。
これは、"Happy Life Realize"(ハッピー・ライフ・リアライズ)のモットーでもあります。

みなさん、一緒に頑張りましょう!

           ※ 「琉歌」とは奄美・沖縄・宮古・八重山諸島に伝承される
              叙情的短詩形歌謡の総称。 短歌形式の琉歌は、
             8・8・8・6の30音からなる定型短詩です。

はじめまして!よろしくお願いします。

はじめまして!

Happy Life Realize(ハッピー・ライフ・リアライズ)の安里と申します。
南国・常夏の島「沖縄」で生まれ育ったちょっぴり田舎者です。

時々出張などで沖縄を離れると、訪問する先々で「アンリさん、アンリさん」と呼ばれてしまいますが、本当は「あさと」と読みます。

「アンリ」の方がK1の「アンディー・フグ」のように強うそうなので…?(^_^;) そう呼ばれると光栄なのですが、とりあえず先祖代々「あさと」と呼ばれております。

知る人ぞ知る、あの沖縄民謡「安里屋ユンタ」の安里です。

現在、家内と6人の子供たちに恵まれ、毎日騒がしい日々を送っております。(^_^;)

好きなことは、家族と一緒に過ごすこと、読書、菜園の野菜たちや庭の花の世話をすること、体調を崩してからは実際にやるのは難しいのですが、スポーツは何でも好きです。

それに沖縄の澄んだ真っ青な空と海、濃い緑を眺めること。心癒されて最高ですよ!

あと、息子たちが大好きな釣りもたまに行きますが、あんまり釣れたためしがありません。
沖縄の海には、魚はとてもたくさんいるはずなんですが……
仕方がないので、魚は釣らずに海ばかり眺めています。^_^;

さて、今回ブロクへは全くの初挑戦です。
学生時代から理系頭の私にとって、作文を始め文章を作成することは大の苦手です。
でも、何事もチャレンジです。頑張りますので、よろしくお願いします。

毎日の生活の中で、

家族のために一生懸命に働いているお父さんやお母さん、
そんな両親を支える優しいお兄さんやお姉さん、
ひとり暮らしでも精一杯元気に頑張っている方、
厳しい現実に少し心弱くしている方、
心しぼみ希望が持てなくなりそうになっている方、
夢に向かって邁進している方、
かたや夢破れて疲れ、もう一歩も歩めそうにない方、

でもみんな一生懸命に生きています。

どんなに苦しくても厳しくてもつらくても、一生懸命に働き生きる姿は、本当にすばらしいと思います。

その姿は、周りの人々に勇気と希望、そして頑張る力を与えてくれます。

時にはつらく暗いこの人生、だからこそ大きな成長と本当の喜びが得られるのかもしれません。
でも、厳しい現実の中で誰かの温かい励ましや支えはとてもありがたく感じられます。

精一杯働き生きているひとりひとりが、少しでも心癒され、元気になって、また頑張る新たな力や自らの夢をかなえる力が得られるような、温かいホームページがあったらいいなあといつも思っていました。

いくつかのすばらしいホームページにも出逢いました。
自分も作れたらいいなあと思いました。

引っ込み思案な性格でなかなか第一歩が踏み出せないでいましたが、ついに意を決し、小さく始めることにしました。

毎日の生活の中で感動したこと、感じたこと、心温まる話、感動した言葉、仕事の中で学んだことなどを分かち合っていきたいと思っております。

どれだけお役に立てるか分かりませんが、細く長く続けていきたいと思っていますので、みなさんも応援して下さい。よろしくお願いします。 

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